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父と息子の一方通行

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『…………』


「どうなんだ?」


 呼ばれてすぐにやって来た二人の侍女は、アグニウス卿が事態の説明をするなり、顔を伏せて沈黙を保っていたが、もう一度尋ねられると、今度は俺へ助けを求めて視線を向けてきた。なので、責任は俺が取る。とばかりに強く頷き返す。


「…………フェイルーラ様の仰られた事に間違いありません」


 侍女の一人が、それが事実であると伝える。その声は震えており、手はきつく握られていた。そこから、彼女たちとしてもインシグニア嬢の置かれていた状況が、とてももどかしかった事が窺えた。


 これに驚き固まるアグニウス卿とエルサ殿。場が重い沈黙に包まれる。


「……恐らく、グロブス殿下がグリフォンデン寮に入寮されても、これが繰り返される事になるかと」


 俺の発言に、苛立ちを隠しきれなくなったアグニウス卿が執務机を強く叩く。


「側室の子であったと言っても、第二婚約者だぞ! このグリフォンデン領の領主となれる程の才気のある子だ! それをバックミュージック扱いだと!? ふざけるな!」


 愛されているなあ、インシグニア嬢。……ちょっと羨ましいかな。


「では、インシグニア嬢の入る寮を変えると言う私の意見は……」


「うむ。一考はしよう。が、だからと言って、みすみすヴァストドラゴン寮に入寮させる事はこちらの沽券に関わる」


 まあ、第二王子の第一婚約者をフィアーナから奪ったとは言え、次期領主のインシグニア嬢をヴァストドラゴン寮に入寮させれば、また変な噂が立つか。どこまでが両家の仕組んだ事なのか。インシグニア嬢がヴァストドラゴン寮に入寮すれば、ヴァストドラゴン家が裏で糸を引いているとか、グリフォンデン家はヴァストドラゴン家の言いなりだとか。


「では、インシグニア嬢の寮は、タイフーンタイクン寮か、ギガントシブリングス寮で。私はどちらでも構いません」


 俺の発言に、呆れたように嘆息するアグニウス卿。


「フェイルーラ君は、何と言うか、斜め上を行くな?」


「そう、ですか?」


 自覚はないかな。


「しかし……」


 腕を組んで悩み始めるアグニウス卿。暫し考え、エルサ殿へちらりと視線を向ける。それに対してエルサ殿も難しい顔だ。


「エルサはギガントシブリングス家から輿入れしてきたんだ」


「そうなのですか?」


 じゃあ、ギガントシブリングス寮で決まりかな。と思うも、アグニウス卿もエルサ殿も難しい顔を崩さない。何やら腹に抱えているのだろう。


 ギガントシブリングス家は王国の北にあり、その発祥をアダマンティア王国と敵対していた国に発する。もうその敵対国はなくなっているのだが、ギガントシブリングス家は、親族が多く、王族や他領、どこにでもギガントシブリングス家の影がちらつくと言われる程に、現在のアダマンティア王国においてその権勢は大きい。


 グリフォンデン家としたら、そこへ王立魔法学校へ通う一時期とは言え、インシグニア嬢を入寮させるのは、ギガントシブリングス寮から王国の中枢へ手駒を送る機会を増やす事になる。国家内での権力バランスを考えると、難しい顔にもなるか?


「それなら、タイフーンタイクン寮ですか?」


「……まあ、うむ」


 タイフーンタイクン家とグリフォンデン家は、アダマンティア王国建国よりの王家の廷臣だ。王家王族よりの信頼も厚い。


 因みに我がヴァストドラゴン家もギガントシブリングス家同様に、かつてアダマンティア王国に潰された国の王家だった。だからか、父上も変にプライドが高く、他家へ高圧的なのも頷ける。ジェンタール兄上はそうでもないが、アドラ姉上やフィアーナと言った女性陣は周囲への当たりが強い。フィアーナなんてきっと今頃、王城で侍女や女中たちに当たり散らしている事だろう。


「スフィアン王太子の第一婚約者は、タイフーンタイクン家の者だ。それに君やインシグニアやフレミアの世代のギガントシブリングス寮とタイフーンタイクン寮の者は、魔力量の多い者が多いと聞き及んでいる」


「ですか」


 夕餐の時も思ったが、流石古参と言うか、グリフォンデン家は情報に長けている印象があるな。インシグニア嬢の話は別として。


 グリフォンデン家からしたら、ギガントシブリングス家にも、タイフーンタイクン家にも、これ以上国内の政治で派閥を大きくして貰いたくないのだろう。それは我がヴァストドラゴン家も含まれるだろうけれど。


「分かりました。では、済みませんがアグニウス卿、テレフォンをお貸し頂いても宜しいでしょうか?」


「うん? …………良かろう」


 インシグニア嬢の話が本当だった事から、俺への印象も、グリフォンデン家へ害意はない。と認めて貰えたのかな。などと思いながら、受話器を耳に当てつつテレフォンを掛ける。


『誰かね?』


「ああ、父上。何やら俺にお話があるようで?」


 俺が声高らかにそんな事を口にしたものだから、ざわつく執務室内。これに人差し指を口元に当てて、静かにするよう注意を促す。


『貴様、勝手な行動をしおって!』


「勝手、と言われましても、こちらも驚きましたよ。兄上の話では、一方的にフレミア嬢とエスペーシの婚約を解消したとか?」


『そもそも奴らの息子が弱かっのが悪いのだ! フレミア嬢が我が領に輿入れすれば、ヴァストドラゴン領はフレミア嬢とその侍女ら、傘下との婚約、結婚で、子の世代、孫の世代で更に良い人材を輩出出来るはずだった! お前がグリフォンデン家に輿入れしても、エスペーシと結婚したいと言う良家は引く手数多だった! そんな事も分からんのか!?」


 耳がキーンとするので、テレフォン越しに大声出さないで欲しい。


「ハイ、ソウデスネ」


『それが、フレミア嬢ではなく、フィアーナの後塵を拝していたインシグニアなる小娘との婚約など』


「インシグニア嬢は素晴らしい女性ですよ」


『貴様如きではそう見えるのだろうよ! その娘が領主となったところで、魔力量の少ない貴様に発言権はなく、その小娘も周囲の文官どもの操り人形となるのが関の山だ! お飾りが一人から二人に増えただけだ! 没落が決まった領主家など、使いようがない!』


 父上がテレフォンを通して叫んでいるせいで、受話器越しに薄っすら父上の声が部屋に広がり、今、この執務室で俺は針のむしろなんですけど?


「では、逆転の一手を打つのはどうでしょう?」


『逆転の一手だと!?』


 これを聞いて、漸く少しだけ父上の怒声が息を潜めた。


「はい。もう兄上より伝わっておられると思いますが、父上からしたら、第二王子グロブス殿下の第一婚約者の座が、フィアーナからフレミア嬢に変わってしまったのは痛恨だったかと」


『ああ』


「ですので、エスペーシをグリフォンデン寮へ入寮させるのです」


『何を言っているのだ貴様は?』


 受話器越しにも、何を言っているのか理解出来ないってのが伝わってくるな。ここにいる皆さんもそうだけど。


『エスペーシを差し向け、グロブス殿下とフレミア嬢との婚約を解消させるのです。エスペーシとフレミア嬢が仲睦まじい様は、父上もこれまで見てきたでしょう? フレミア嬢だって、今回の婚約逆転劇を快く思っていないでしょう。そこへ、真実の愛でもってエスペーシにフレミア嬢を取り戻させるのです。やっぱりグロブス殿下よりもエスペーシこそ自分には相応しいと」


『しかし、そうなるとグリフォンデン寮へ塩を送る事となるが?』


「そうでしょうか? エスペーシがどの寮へ入寮したところで、ヴァストドラゴン家の人間である事は揺るぎません。グリフォンデン寮へ入寮したところで、エスペーシが活躍し、グリフォンデン寮の凄さを知らしめれば、それは、いえ、それでこそ、グリフォンデン寮の活躍とは周囲は思わず、エスペーシ・ヴァストドラゴンが凄いのだ。と周囲に見せ付ける事になるでしょう」


『…………』


 長考。頭の中で計算機でも叩いているのかな?


『エスペーシがグリフォンデン寮に入寮するまでもなく、グリフォンデン寮の勝利は確定だ。グロブス殿下にフレミア嬢、それにインシグニアなる小娘がいれば、他寮はそうそう太刀打ち出来ず、そこへエスペーシが入ったところで、手柄とはならないのではないか?』


「そうですね。そうなるなら」


『そう、ならないと?』


「インシグニア嬢と語らいましたが、これが案外と馬が合いまして、彼女の方から、ヴァストドラゴン寮へ入寮したい。と打診があったのです」


『ほう?』


 声に嬉しさが漏れていますよ、父上。


「つまり作戦はこうです。エスペーシとインシグニア嬢を交換して入寮させる。そしてエスペーシがグリフォンデン寮で活躍し、フレミア嬢から真実の愛を勝ち取る。そうすれば、王族からは多少煙たがられるでしょうが、他領からの評価は爆上がり。結果、ヴァストドラゴン家は政治の場で派閥を増やす事となり、発言力も上がる。発言力が上がれば、良い人材の確保も容易くなる。ヴァストドラゴン領や派閥に良い人材が増える。……どうでしょう?」


『………』


 場の静寂に、ゴクリ。と俺の喉がなる。


『悪くない。貴様のその小さな脳みそも、たまには使えるようだな?』


 ふうううう。良かった。魚が餌に食い付いた。


「では、この作戦で行っても?」


『うむ。こちらはそのように取り計らうのはやぶさかではないが、グリフォンデン家は、インシグニアを手放すのか?』


「それは父上からグリフォンデン家へ打診してください。ご自分が招いた事態です。軽く・・で良いので詫びを入れて、エスペーシに、最後のチャンスを欲しいと、アグニウス卿と話してくだされば、俺が少し話した所感ですが、アグニウス卿はお嬢様方の幸せを強く望んでおられる方なので、同意してくれるかと」


『…………分かった。グリフォンデン家には私から声を掛ける』


 本当だよ。父上が意味分からない一手を打ったが為に、こんな事態になったんだから。


「では父上、おやすみなさい」


 そう最後に伝え、俺は受話器を置いた。


「ふう……」


 深く息を吐き出しながらアグニウス卿へ視線を向けると、ニヤニヤしている。何のニヤけ顔?


「済みません、お嬢様方をカードに交渉するような出過ぎた事をしてしまい……」


「いや、構わんよ。しかし、本当に曲者だねフェイルーラ君は。それでこそ、インシグニアを任せられる」


 アグニウス卿からの好感度は下がらなかったようで一安心かな?


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