SPIRITS TIMES ARMS

西順

文字の大きさ
32 / 103

上下関係は気にするらしい

しおりを挟む
「お会い出来て光栄です、マルカッサン教皇猊下」


 俺は左手を胸に当てて礼をする。


「いや、こちらこそ、『歌姫』の未来の婿殿にお会い出来て嬉しく思います」


 結局、ゴネた大聖堂側が折れ、俺は教皇猊下にお目通し出来る事となった。俺がゴネた結果。とも言う。


 教皇と挨拶を交わす。態度こそ朗らかだが、その目が笑っていない事は一目瞭然だ。しかもこちらは立っての挨拶だが、向こうはソファでふんぞり返っている。後ろに二人の見目麗しい神官を従え、運動不足と贅沢な食事のせいで出来上がったであろう丸い身体が、どっしりとソファに沈み込んでいた。


 しかし、控え室もそうだったが、この教皇の執務室も豪華だ。基本的に執務室なんてのはその名の通り事務仕事をする場所なのだから、ゴテゴテに飾り付ける事などしないのだが、この部屋は金銀魔石を使った装飾品が至るところに置かれており、控え室よりも豪華だ。


「では、猊下にも挨拶出来ましたので、失礼させて頂きます」


 俺がそう口にすれば、教皇猊下の態度も先程よりは険が取れた。早々に俺が退出するのが嬉しいのだろう。まあ、ただ挨拶するだけなら後日にしろ。と顔に書いてあるが。


「では、行きましょうか、インシグニア嬢」


「はい」


「んなっ!? ちょっと待ちなさい!」


 俺がインシグニア嬢とともに退出しようとすると、慌ててこれを引き止める教皇猊下。


「何か?」


「何か? ではない。インシグニア嬢は今日、ここに『契約召喚の儀』で歌奏する曲の打ち合わせに来たのだ。君が帰るのは構わないが、インシグニア嬢を連れ帰るな」


 慌てて身体をバタバタさせているが、ソファがふかふかだからだろう。バタバタするばかりで立ち上がるのにも苦労していそうなのが、俺からは滑稽に映る。


「ああ。そう言えば、そうでしたね。あんまりにも控え室で長く待たされていたものだから、てっきり訪問した理由は話した後だと勘違いしていました。『契約召喚の儀』でインシグニア嬢は歌奏をしません。では」


「ちょッ! ちょちょちょちょちょちょっと待ちなさい! 何を勝手に、決定事項のように自分の用件だけ述べて帰ろうとしているのだ!」


「あ、理由が聞きたかったんですか。インシグニア嬢が今期の王立魔法学校の入学生だからです。では」


「では。ではない! 勝手に約束を反故にするなと言っているのだ! 馬鹿なのか君は!」


 馬鹿を演じてはいるが、だからと言って四大貴族の息子を馬鹿呼ばわりとは、教皇猊下(笑)はどれだけ自分が偉いと勘違いしているんだ?


「う~ん、そう言われましても~、だって~、新入学生の為の『契約召喚の儀』じゃないですか~? それなのに~、何で同じ入学生の~、インシグニア嬢が~、大聖堂で~、歌奏しないと~、いけないんですか~? 酷い仕打ちなので~、お断りしま~す。では」


「だから、では。ではない!! ふざけているなら、君だけ退出しなさい!! ここは子供の遊び場ではないのだ!!」


 おお、おお、人間ってあそこまで顔が真っ赤になるんだな。


「そうですね。私たちはまだ未成年。正式なセレモニーを飾るには不適切ですよね。インシグニア嬢、では退出しましょう」


「違う違う違う!! そうではない!! インシグニアだけ、ここに置いていけと言っているんだ!!」


 丸い身体がソファで暴れて、まるで子供が駄々をこねているかのようだ。後ろの神官たちもそんな教皇猊下の姿にオロオロしている。


「インシグニア? 家族でもないご令嬢を教皇猊下ともあろうお方が呼び捨てですか?」


「お前には関係ないだろう!!」


 関係大ありだが? こちとらインシグニア嬢の婚約者なのだが?


「兎に角! インシグニアの……」


「インシグニア『嬢』です」


「……ぐぐっ、インシグニア『嬢』の歌は神より遣わされしものだ! 神聖なる『契約召喚の儀』で歌う義務がある!」


 義務ときましたか。


「はあ。そう言われましても。インシグニア嬢の歌奏が素晴らしいのは理解していますが……」


「ならば何故儀式で歌う事を止めさせようとするのだ!」


「え? 私の話を聞いておられなかったのですか? インシグニア嬢が新入学生だからですが? 何で祝われる側が、祝わないといけないんですか?」


 自分に都合が悪い事は聞き流すタイプだな。何かさっきも相手したなあ。ジュウベエ君とかジュウベエ君とか。


「だから、インシグニアの……」


「インシグニア『嬢』です」


「インシグニア『嬢』の歌は神より遣わされしものだと……」


「デウサリウス神が、自らそう仰られたのですか?」


 俺がそう口にすれば、教皇猊下も押し黙る。インシグニア嬢の歌を神より遣わされしものと称したのは、デウサリウス神の神託ではなく、教皇猊下個人だからだ。


「正式にデウサリウス神より、インシグニア嬢の歌奏が、デウサリウス神より遣わしたものだと証明されましたら、またご指名下さい。では」


「待ちなさい!!」


 うざい。何が何でもインシグニア嬢に歌わせたいらしい。俺が辟易しながら教皇猊下を振り返ると、後ろの神官二人が真っ青な顔をしている。どう言う事? ちらりとインシグニア嬢を横目で見ても、微かに震えていた。あ、これもしかして教皇猊下が殺気でも放っているのか? そう思えば、室内の魔力濃度が濃くなった気がする。


 父上の竜の武威に慣れているせいで、今、教皇猊下がどれだけの殺気をこちらに放っているのか分からない。まあ、分かったところで、教皇と言う役職の人物が、殺気を放って良い訳ないが。取り敢えず、インシグニア嬢を落ち着かせる為に、僭越ながらその手を握らせて貰う。これで少しでも落ち着いてくれたら良いが。


「では、インシグニア『嬢』を聖女認定しよう」


 今度の教皇猊下の言葉はここまでの言葉遣いと違い、重く低い響きがあった。だから何だって話なんだけど。自分が本気で、真剣な素振りでもアピールしているつもりかな?


「馬鹿にしています?」


「んなっ!? 馬鹿にしているのはどっちだ!! 聖女だぞ! 聖女!!」


「え? だって、聖人聖女認定するには、教皇猊下の認定だけでなく、枢機卿の半数以上の賛成がないと認められないじゃないですか。それもテレフォンではなく、正式にここ大聖堂に集まって決める一大行事のはず。それを一ヶ月後の『契約召喚の儀』までに世界中に散らばる枢機卿を集めて、聖女認定まで持っていける訳がない」


 俺が真っ当な反論をすると、俺以外の全員が目を見開いて驚いている。何これ?


「お詳しいのですね?」


 インシグニア嬢は、聖人や聖女がどのように認定されるのか知らなかったようだが、向こうの三人が知っていないのはおかしい。仮にもデウサリウス神の神官なのだから。あれ?


「今の発言って、こちらを騙す意図があったんじゃ? 教皇猊下ともあろうお方が、未成年の少女相手にかたろうとされたのですか?」


 聖職の人間が、信徒に嘘を? それも教皇が? 自然と俺の目付きが険しくなるのが、自分でも分かる。


「ち、違う……!」


「何が違うと言うのです?」


「インシグニアを……」


「インシグニア『嬢』」


「インシグニア『嬢』を聖女認定する件は、確かに教会内で出ているのだ。後は枢機卿の賛成を勝ち取るだけで……」


「それを世間では騙りと言うのですが? 幾ら世俗から離れているからと言って、言い逃れにしても厳しいですね」


 きっとインシグニア嬢を聖女になんて話も、この大聖堂内で噂話として上っている程度だろう。はあ、もっと誠実なら、こちらにも譲歩する用意もあったが、この教皇猊下の下でインシグニア嬢を働かせるのは俺的に無理だ。とは言え、あの丸いの、俺の話では聞き入れないだろう。


「済みません。口が過ぎました」


「おお! 分かったかね!」


 俺がそう口にすれば、自身の騙りがバレて汗だらだらだった教皇猊下の顔も明るくなる。が、俺はまだインシグニア嬢を『契約召喚の儀』で歌奏させる気はない。


「一信徒の話など、聞き入れて貰えない事が理解出来ました。済みませんが、テレフォンをお貸し頂いても宜しいですか?」


「…………何をするつもりかね?」


 教皇猊下の目が座る。警戒しているなあ。


「いえ、信徒の話に耳を貸さないなら、もっと上の立場の方からなら、聞き入れて貰えるかと思っただけです」


「ははは。好きにすれば良い」


 どうやら教皇猊下からしたら、馬鹿な信徒よりも、神官を相手にする方が与し易しと考えたらしい。神官に執務机からテレフォン本体を持ってこさせて、テーブルに置く。


 俺の付き合いのあるデウサリウス教の神官で、一番位の高い人物など一人しかいない。テレフォンでヴァストドラゴン領の領都ドラゴンネストにある聖堂へ繋ぐ。


「あ、ボールス卿ですか? フェイルーラですけど」


 俺がテレフォン先の相手の名を口にしただけで、教皇猊下も二人の神官もギョッとする。まあ、まさか教皇猊下も枢機卿の名前が出てくるとは思わなかっただろう。しかもボールス枢機卿の名が。


 俺は埒が明かない話し合い? に終止符を打つべく、ボールス枢機卿にこれまでの経緯を説明したのだが、


「え? 決定事項なのだから、今回は従え? いや、でもですね、インシグニア嬢の負担が……、え? なら俺が支えろ? ……はい。はい。分かりました。まあ、それなら……」


 俺が渋い顔となるのと対照的に、明るくなる教皇陣営。まさかこんな事になるとは。俺は一度受話器から顔を離して、インシグニア嬢に確認する。


「あの、大聖堂のオルガンを私が弾くなら、って言われたんですけど、インシグニア嬢はそれでオーケーですか?」


「是非!」


 オーケーらしい。何か声が弾んでいるし。オーケーならって事で、またテレフォンに戻る。


「インシグニア嬢もオーケーらしいので、俺がオルガン弾くのもやぶさかではないのですが、大聖堂……、いや、教皇猊下が何と言ってくるか……」


 側のソファに身体を預ける教皇猊下は不満顔だ。まあ、いきなりどこの馬の骨とも分からん奴に、神聖な儀式を掻き乱されたくはないよなあ。


「え? はい。分かりました。猊下、ボールス卿が話があると」


「うえっ!?」


 まさかそんな展開になるとは思っていなかっただろう教皇猊下が、慌てて俺から受話器を奪い取る。


「はい。マルカッサンです! いえ、いえ、お世話になっております! はい。はい。え? インシグニア嬢をセレモニーに出すのは今回限りにしろ? いや、今後も行事が……、いえ! はい! はい! 分かりました! ……え? こいつを、いえ! フェイルーラ君をマエストロ扱いですか? いえ、問題ありません!!」


 問題ないんだ。そしてボールス卿の教皇猊下への最後の言葉は、「コンクラーベを楽しみに待っていなさい」で締め括られた。


 何か、変な方向に話が進んでしまったなあ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

黄金の魔導書使い  -でも、騒動は来ないで欲しいー

志位斗 茂家波
ファンタジー
‥‥‥魔導書(グリモワール)。それは、不思議な儀式によって、人はその書物を手に入れ、そして体の中に取り込むのである。 そんな魔導書の中に、とんでもない力を持つものが、ある時出現し、そしてある少年の手に渡った。 ‥‥うん、出来ればさ、まだまともなのが欲しかった。けれども強すぎる力故に、狙ってくる奴とかが出てきて本当に大変なんだけど!?責任者出てこぉぉぉぃ!! これは、その魔導書を手に入れたが故に、のんびりしたいのに何かしらの騒動に巻き込まれる、ある意味哀れな最強の少年の物語である。 「小説家になろう」様でも投稿しています。作者名は同じです。基本的にストーリー重視ですが、誤字指摘などがあるなら受け付けます。

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

ボンクラ王子の側近を任されました

里見知美
ファンタジー
「任されてくれるな?」  王宮にある宰相の執務室で、俺は頭を下げたまま脂汗を流していた。  人の良い弟である現国王を煽てあげ国の頂点へと導き出し、王国騎士団も魔術師団も視線一つで操ると噂の恐ろしい影の実力者。  そんな人に呼び出され開口一番、シンファエル殿下の側近になれと言われた。  義妹が婚約破棄を叩きつけた相手である。  王子16歳、俺26歳。側近てのは、年の近い家格のしっかりしたヤツがなるんじゃねえの?

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】

ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
おなじみ異世界に転生した主人公の物語。 転生はデフォです。 でもなぜか神様に見込まれて魔法とか魔力とか失ってしまったリウ君の物語。 リウ君は幼児ですが魔力がないので馬鹿にされます。でも周りの大人たちにもいい人はいて、愛されて成長していきます。 しかしリウ君の暮らす村の近くには『タタリ』という恐ろしいものを封じた祠があたのです。 この話は第一部ということでそこまでは完結しています。 第一部ではリウ君は自力で成長し、戦う力を得ます。 そして… リウ君のかっこいい活躍を見てください。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...