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性格と環境
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「何だか、不思議な方向に話が進んでしまいましたね」
礼拝堂へ向かう途中、珍しくインシグニア嬢の方から話し掛けてきた。教皇猊下は神官を連れて、我々の前方を歩いているので、少し小声だ。
「そうですねえ。ボールス卿なら、私の話に耳を傾けてくれると思ったんですけど……」
まさかボールス卿に裏切られるとは思わなかった。
「その、浅学で申し訳ないのですが、そのボールス枢機卿と言う方は、それ程発言力をお持ちの方なのですか? あの教皇猊下が、意見を翻したところなど、見た事がなかったので」
インシグニア嬢的には、大聖堂には歌奏の為に来ているだけだろうし、将来尼官になる訳でもないから、内情にはそれ程詳しくないのだろう。ここで歌うのは、情報収集と言うより、大聖堂へ恩を売っていると見て良さそうだ。
「先程も聖女云々で言いましたけど、教皇だからと言って、自由に強権を振るえる訳じゃないんですよ。教皇の下には枢機卿と言う、議会の議員とか、領主貴族みたいな立場の者が相当数いるんです。聖女認定なんて一大事となれば、それを教皇だけでは決められません。議会で議員の票が大事なように、枢機卿の支持を得ないと、決められないんです」
「成程? つまりボールス卿と言うのは枢機卿の中でも、他の枢機卿の方々からの支持が厚く、教皇猊下も気を使わざる得ないお方なのですね」
やはりインシグニア嬢は聡い。俺が少し話した内容だけで、事態を理解したようだ。
「ええ、まあ。何せボールス卿は、先々代の教皇でしたから」
「ええっ!?」
インシグニア嬢が思わず大きな声を上げたので、前を行く教皇猊下たちが振り返ったが、俺は何でもないとアピールする為に、愛想笑いをするに留める。これに、半眼を向けながらも、俺の相手をするのは面倒だと思ったのだろう。教皇猊下たちはドスドスと再び前を歩き始めた。
「それは、教皇猊下も気を使いますね」
「ええ。このデウサリウス教は、十年毎にコンクラーベと言われる教皇選挙をするんですけど、その投票権を持つのは枢機卿だけですから。ここでボールス卿の機嫌を損ねれば、ボールス卿派閥からの票の獲得に相当なダメージを受けるので、教皇猊下としても、指示には従わないといけない訳です」
今回の『契約召喚の儀』での歌奏は決定事項なのだから、行わなければならないが、これ以降の教会の行事にインシグニア嬢を駆り出すのは、ボールス卿の一声で白紙とされた。まあ、それだけでもありがたい。そもそも教会側は俺の意見など突っ撥ねると思っていたので、白紙となったのは僥倖だ。今回はインシグニア嬢に付き合おう。
「教会の内情にお詳しいのですね」
他国にも聖堂や教会を持つデウサリウス教は、王国からしたら不可侵な部分が多い。信徒の数が王国民の数を超えるからだ。それを敵に回すのは得策ではないので、教会がこう言ってきたのだから、アダマンティア王国としても、その意向には出来るだけ従う関係が出来上がってしまっている。
「まあ、自領の城宮に居場所がなかったので、良く聖堂に出入りしているうちに、自然と詳しくなっちゃっただけですよ。ボールス卿には、文官の働き口が見付からなかったら、教会で神官になりなさい。とは昔から言われていましたね」
グリフォンデン領の領婿になる事が仮決定してしまったので、その道はなくなったかな?
「ああ、それで」
「ん?」
インシグニア嬢的には何やら納得したものがあったようだが、俺は何に納得したのかが分からず、首を傾げる。
「いえ、フェイルーラ様って、これまで出会ってきたどの貴族の方々とも雰囲気が違っていたので、何故なのかずっと不思議だったのですが、教会で過ごしていた時間が長かったと聞いて、何となく納得出来ました」
ふむ。自分では分からないが、神官っぽい雰囲気でも放っているのだろうか? 前を行く教皇猊下を見て、あんな感じなのか? と眉間にシワが寄るが、ボールス卿を思い出し、確かにあの方からの影響は多いと思い返す。あの方に近付けたかと言えば、まだまだだが。
「今まで会った方の中で一番似ておられるのは、セガン陛下でしょうか?」
「はあ……?」
王配のセガン陛下と?
✕✕✕✕✕
大聖堂の礼拝堂は、流石の荘厳さだった。壁面は上部が全てステンドグラスで飾られ、天井にも精緻な絵画が描かれており、大聖堂を支える柱の至るところに意匠の凝ったランプが何百と吊り下がっている。
そんな礼拝堂の最奥には、五十人程の神官尼官が集まっていた。これが聖歌隊なのだろう。半分は楽器を持ち、半分は手ぶらなので、手ぶらの方は合唱隊かな?
「のっぴきならない事情が出来た。オルガン担当の者よ。ここにいるフェイルーラにオルガン担当を明け渡してくれ」
これにはオルガン担当の神官だけでなく、聖歌隊全員がざわつく。
「はあ。それから、このフェイルーラが姑息な手を使ってな。マエストロとして今回の『契約召喚の儀』の全体指揮を執る。そのつもりで皆もこの者の指示に従うように」
そんな言葉が教皇猊下から出ては、聖歌隊全員が疑惑の視線で俺を見てくる。俺も別にマエストロになるつもりはなかったんだけどねえ。オルガン弾くとも思っていなかったし。全てはボールス卿のせいだ。
が、紹介されたら挨拶しなければならない。俺は値踏みするような視線に晒されながら、自己紹介をする。
「初めまして。今、信徒からの神聖なる寄進で贅沢三昧している教皇猊下より紹介されました、フェイルーラ・ヴァストドラゴンです。マエストロなどと自分を呼ぶのは烏滸がましいと分かっておりますが、教会で使われる楽器は一通り弾けますので、何かしら変なところがありましたら、こちらから口を出す事もあるかも知れません。まあ? 王都の大聖堂で聖歌隊をなされている方々ですから、私のようなどこぞの一信徒に口出しされるようなレベルの低い歌や演奏などなされないでしょうけれど? 仲良くしていきましよう」
俺が自己紹介したら、皆が敵を見るような顔で険しい視線を向けてきた。王都の大聖堂で働く神官尼官がして良い顔じゃないね。インシグニア嬢の侍女二人はスンとしているが。インシグニア嬢本人は口角が上がっているので、何やら楽しげに見える。豪胆だ。
礼拝堂へ向かう途中、珍しくインシグニア嬢の方から話し掛けてきた。教皇猊下は神官を連れて、我々の前方を歩いているので、少し小声だ。
「そうですねえ。ボールス卿なら、私の話に耳を傾けてくれると思ったんですけど……」
まさかボールス卿に裏切られるとは思わなかった。
「その、浅学で申し訳ないのですが、そのボールス枢機卿と言う方は、それ程発言力をお持ちの方なのですか? あの教皇猊下が、意見を翻したところなど、見た事がなかったので」
インシグニア嬢的には、大聖堂には歌奏の為に来ているだけだろうし、将来尼官になる訳でもないから、内情にはそれ程詳しくないのだろう。ここで歌うのは、情報収集と言うより、大聖堂へ恩を売っていると見て良さそうだ。
「先程も聖女云々で言いましたけど、教皇だからと言って、自由に強権を振るえる訳じゃないんですよ。教皇の下には枢機卿と言う、議会の議員とか、領主貴族みたいな立場の者が相当数いるんです。聖女認定なんて一大事となれば、それを教皇だけでは決められません。議会で議員の票が大事なように、枢機卿の支持を得ないと、決められないんです」
「成程? つまりボールス卿と言うのは枢機卿の中でも、他の枢機卿の方々からの支持が厚く、教皇猊下も気を使わざる得ないお方なのですね」
やはりインシグニア嬢は聡い。俺が少し話した内容だけで、事態を理解したようだ。
「ええ、まあ。何せボールス卿は、先々代の教皇でしたから」
「ええっ!?」
インシグニア嬢が思わず大きな声を上げたので、前を行く教皇猊下たちが振り返ったが、俺は何でもないとアピールする為に、愛想笑いをするに留める。これに、半眼を向けながらも、俺の相手をするのは面倒だと思ったのだろう。教皇猊下たちはドスドスと再び前を歩き始めた。
「それは、教皇猊下も気を使いますね」
「ええ。このデウサリウス教は、十年毎にコンクラーベと言われる教皇選挙をするんですけど、その投票権を持つのは枢機卿だけですから。ここでボールス卿の機嫌を損ねれば、ボールス卿派閥からの票の獲得に相当なダメージを受けるので、教皇猊下としても、指示には従わないといけない訳です」
今回の『契約召喚の儀』での歌奏は決定事項なのだから、行わなければならないが、これ以降の教会の行事にインシグニア嬢を駆り出すのは、ボールス卿の一声で白紙とされた。まあ、それだけでもありがたい。そもそも教会側は俺の意見など突っ撥ねると思っていたので、白紙となったのは僥倖だ。今回はインシグニア嬢に付き合おう。
「教会の内情にお詳しいのですね」
他国にも聖堂や教会を持つデウサリウス教は、王国からしたら不可侵な部分が多い。信徒の数が王国民の数を超えるからだ。それを敵に回すのは得策ではないので、教会がこう言ってきたのだから、アダマンティア王国としても、その意向には出来るだけ従う関係が出来上がってしまっている。
「まあ、自領の城宮に居場所がなかったので、良く聖堂に出入りしているうちに、自然と詳しくなっちゃっただけですよ。ボールス卿には、文官の働き口が見付からなかったら、教会で神官になりなさい。とは昔から言われていましたね」
グリフォンデン領の領婿になる事が仮決定してしまったので、その道はなくなったかな?
「ああ、それで」
「ん?」
インシグニア嬢的には何やら納得したものがあったようだが、俺は何に納得したのかが分からず、首を傾げる。
「いえ、フェイルーラ様って、これまで出会ってきたどの貴族の方々とも雰囲気が違っていたので、何故なのかずっと不思議だったのですが、教会で過ごしていた時間が長かったと聞いて、何となく納得出来ました」
ふむ。自分では分からないが、神官っぽい雰囲気でも放っているのだろうか? 前を行く教皇猊下を見て、あんな感じなのか? と眉間にシワが寄るが、ボールス卿を思い出し、確かにあの方からの影響は多いと思い返す。あの方に近付けたかと言えば、まだまだだが。
「今まで会った方の中で一番似ておられるのは、セガン陛下でしょうか?」
「はあ……?」
王配のセガン陛下と?
✕✕✕✕✕
大聖堂の礼拝堂は、流石の荘厳さだった。壁面は上部が全てステンドグラスで飾られ、天井にも精緻な絵画が描かれており、大聖堂を支える柱の至るところに意匠の凝ったランプが何百と吊り下がっている。
そんな礼拝堂の最奥には、五十人程の神官尼官が集まっていた。これが聖歌隊なのだろう。半分は楽器を持ち、半分は手ぶらなので、手ぶらの方は合唱隊かな?
「のっぴきならない事情が出来た。オルガン担当の者よ。ここにいるフェイルーラにオルガン担当を明け渡してくれ」
これにはオルガン担当の神官だけでなく、聖歌隊全員がざわつく。
「はあ。それから、このフェイルーラが姑息な手を使ってな。マエストロとして今回の『契約召喚の儀』の全体指揮を執る。そのつもりで皆もこの者の指示に従うように」
そんな言葉が教皇猊下から出ては、聖歌隊全員が疑惑の視線で俺を見てくる。俺も別にマエストロになるつもりはなかったんだけどねえ。オルガン弾くとも思っていなかったし。全てはボールス卿のせいだ。
が、紹介されたら挨拶しなければならない。俺は値踏みするような視線に晒されながら、自己紹介をする。
「初めまして。今、信徒からの神聖なる寄進で贅沢三昧している教皇猊下より紹介されました、フェイルーラ・ヴァストドラゴンです。マエストロなどと自分を呼ぶのは烏滸がましいと分かっておりますが、教会で使われる楽器は一通り弾けますので、何かしら変なところがありましたら、こちらから口を出す事もあるかも知れません。まあ? 王都の大聖堂で聖歌隊をなされている方々ですから、私のようなどこぞの一信徒に口出しされるようなレベルの低い歌や演奏などなされないでしょうけれど? 仲良くしていきましよう」
俺が自己紹介したら、皆が敵を見るような顔で険しい視線を向けてきた。王都の大聖堂で働く神官尼官がして良い顔じゃないね。インシグニア嬢の侍女二人はスンとしているが。インシグニア嬢本人は口角が上がっているので、何やら楽しげに見える。豪胆だ。
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