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約束事

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「……様? フェイルーラ様?」

 インシグニア嬢のシルクのような滑らかな声で目を覚ます。おお、ここが天国か。……んん? 何か忘れているような? でもインシグニア嬢の声が気持ち良くて、まだこのままでいたい……。

「あの、もうすぐ王城に着きますけど?」

 インシグニア嬢から発せられた『王城』と言うワードに、ハッとなって飛び起きる。バッと上半身を起こせば、そこが車の中だと分かった。

「あれ? え? 俺寝てたんですか?」

 高級車の中は席が向かい合わせとなっており、俺の前の侍女二人が柔らかく苦笑していた。器用だな。いや、それよりも、上半身を起こしたと言う事は、横に倒れて寝ていたと言う事になる。恐る恐るインシグニア嬢の方を向くと、その肩にはハンカチが添えられていた。そのハンカチが濡れている。俺が素早く手で口元を拭うと、手が涎で濡れる。

 ぐわああああッ!! 大失態だ!! 一昨日会ったばかりの令嬢の肩を枕代わりに気持ち良く寝ていたとか恥ずかし過ぎる。俺は思わず両手で顔を覆った。

「仕方なかったかと。ここ三日、フェイルーラ様は本当にお忙しかったですから」

 インシグニア嬢は優しく諭してくれるが、それが逆に心に突き刺さる。インシグニア嬢だってほぼ同様の仕事量を熟しているのだ。それなのに、俺は呑気に居眠りなんて。自分の不出来に泣きそうだ。

「あ、あ、えと、あの……」

 何とか謝罪だけでも。と声を発そうとしたところで、後部座席のドアが運転手によって開けられた。王城に着いたのだ。時間切れである。

「こ、この埋め合わせは必ず……」

 何とかそれだけ口にして、俺はインシグニア嬢に続いて車から出た。

「ようこそおいで下さいました、インシグニア様」

 王城に幾つかあるのだろう出入り口の一つで俺たち、いや、インシグニア嬢を出迎えたのは、王城務めの者が着る制服を着た三十前後の男性と、少女? 白髪ながら毛先が薄紫の、まるで花を被ったような髪型の、黄緑の瞳をした少女? 令嬢? だ。制服が王立魔法学校のものなので、恐らくは王立魔法学校の学生だろう。まあ、入学式の打ち合わせなんだから、学校側からも担当者が出張るか。

 二人ともインシグニア嬢の後ろにいる俺に奇異な視線を向けている。それはそうだろう。まるでインシグニア嬢の後ろに隠れるような立ち位置で、両手で顔を隠しているのだから。

「ここで話す事でもないので、会議室に移動しましょう」

 俺に気を使ってか、俺が使い物にならないと判断してか、インシグニア嬢がそのように担当者二人に声を掛けると、ハッとなりインシグニア嬢の言に賛同して、インシグニア嬢の先導をするように、王城内を歩き始める。その後を付いていく侍女二人と俺。うう、ここが本日最後の山場なのに、冷静に交渉出来る気がしない。

 ✕✕✕✕✕

 大聖堂とは打って変わり、俺たちが通された会議室は、何の飾り気もなく、長テーブルと椅子があるだけで、壁も漆喰で塗られた、本当に会議するだけの部屋だった。

 俺とインシグニア嬢が椅子に座り、担当二人が対面に座る。侍女二人は俺たちの後ろに立つ形だ。二人も先程の大聖堂で疲れているだろうから、座らせてあげたいが、侍女としては、仕える者と同列に並ぶのは憚られるか。

「済みません、色々事情が変わりまして、日程の便宜を図って頂いて」

「いえいえ、これくらいの事、何の問題もありませんよ」

 王城の担当者がそんな返答をする。学校側の令嬢も頷いているが、インシグニア嬢担当は暇なのか?

「インシグニア様も、グリフォンデン領次期領主となられる事となりましたから、色々日程調整も大変でしょう。こちらは、今期の授業ももうすぐ終わり、皆、スケジュールも空いていますから、そちらの日程に合わせます」

 令嬢が、インシグニア嬢へと言うよりも、俺に対して説明してくれた。成程?

「入学式は、王城の楽団が歌奏をするのではなく、先輩方が歌奏をなされるのですか?」

 担当者二人が変な顔をする。いや、両手で顔を隠している奴に横から声を掛けられたら、誰だって変な顔になるか。

「ええ。入学式で音楽倶楽部が歌奏をするのは、ここ三十年近くに渡る、我が校の伝統ですので」

 戸惑いながらだが、令嬢が答えてくれた。ほ~ん?

「音楽倶楽部ってなんですか?」

 分からない単語が出てきたので、両手で顔を隠しながら、俺は器用に隣りのインシグニア嬢へ耳打ちする。

「王立魔法学校では、ただ学業に勤しむだけでなく、同じ思想を持つ有志が集まり、寮の垣根を越えて倶楽部を作って、授業後に研究に勤しむ事を奨励しているんです。音楽倶楽部だけでなく、精霊研究倶楽部や、魔法陣研究倶楽部、料理倶楽部など、その倶楽部は多岐に渡ります」

 成程、理解。

「あの、音楽倶楽部が入学式で歌奏するのが伝統なら、何故、新入学生であるインシグニア嬢が歌奏する事になるのでしょう?」

 音楽倶楽部があるなら、音楽倶楽部だけで歌奏しろよ。

「入学式をより素晴らしいものにする為です」

 王城の担当者が、当然とばかりにそのように口にした。確かに、インシグニア嬢の歌奏があれば、入学式は更に素晴らしいものになるだろう事に疑いはない。が、

「インシグニア嬢も今年の入学生なのですが?」

「これは王配であられるセガン陛下の命です」

 当然その名を出してくるよな。二人の担当者の顔色を窺うと、王城の担当者はどこか偉そうで、学校側の令嬢は、どこか済まなそうにしている。多分、アウレア嬢から、俺たちが今回ここに来た理由を知らされているからだろう。それでも、こちら側に付かないのは、王配の命令だからか、インシグニア嬢の歌奏に惚れ込んでか、俺の発言力などないも等しいと俺を下に見てか。

 俺はこの、頭ごなしに『命令』してこられると、どうにも腹に据えかねる。特に、このように自分よりも権力のある者の威を借りて、それが自分の権力と勘違いしている者の『命令』には抵抗感が強い。それも俺本人に対してではなく、身内認定している仲間に対してだと、その思いがより一層強くなる。まあ、ボールス卿の威を借りた俺が言えた義理ではないが。

 ついさっきまで恥ずかしさで火照っていた顔が、すーっと冷めていくのを感じて、両手を顔から取り払いながら、口を開く。

「済みませんが、今回の話はなかった事にして下さい。インシグニア嬢も、次期領主として、色々しなければならないタスクが一気に増えて、セレモニーに割く時間がなくなりましたので。では、インシグニア嬢、帰りましょうか」

 俺が席を立ち上がると、インシグニア嬢も立ち上がり、出口に向かうと、侍女の一人がドアを開けてくれた。

「ちょっ、ちょっと待ちなさい! 王命に背くつもりか!」

 慌てた担当者が、腰を浮かせてこちらを制止しようと声を張る。これには仕方なく足を止めて振り返る。

「『王命』ではなく、『王配の命』ですよね?」

「それはそうだが、『王命』と『王配の命』は同義だ!」

 いや、王配が命令しても、女王が「それはなし」と言えば、その命令は却下されるはずだ。『王配の命』と『王命』は同列ではない。

「そもそも『王命』と『王配の命』が同列だとしても、その『命令』に『絶対』従わなければならない訳じゃないですし」

「ふざけるな!」

 教皇猊下もだけど、こっちも顔が真っ赤だな。王都の偉いさんは顔を真っ赤にするのが習わしなのだろうか?

「いや、ふざけていませんけど?」

「『王命』は『絶対』だ! インシグニアが入学式で歌奏を披露するのは決定事項だ!」

 顔を真っ赤にして、テーブルを拳で叩きながら、王城担当者が苛立ちを顕わにする。それにしても、

「まず、インシグニア『嬢』です。呼び捨ては頂けない。それに、ふざけているのはそちらでは?」

「んな!? 私がふざけていると言うのか!!」

 先程よりも大きな声で喚くものだから、インシグニア嬢がびっくりして、俺の服を掴む。うんうん。大声出す人って怖いよねえ。

「貴方は『王命』が『絶対』だと仰りますけど、アダマンティア王国憲法、第三条、王命は他の全ての権限より上位に位置し、これを速やかに実行しなければならない。の事を例として出しておられるようですが……」

「分かっているなら従え!!」

 お前は王様じゃないだろ。

「でも、第三条には特記事項として、それが実行不可能であると判断された場合、この命令の権限は失われる。これは国王のみならず、その配偶者、親族の命令にも適用される。と憲法が保証しています。今回はその特記事項に触れると判断したので、お断りさせて頂きます」

 俺がそう言えば、先程までの真っ赤な顔はどこへやら、顔を真っ青にする王城担当者。血圧が心配になってくるな。そんなへにゃへにゃになりながらも、口だけはパクパクと何か言おうと動かす担当者。

「それに、そもそも『王配の命』だと仰られましたが、ちゃんと契約が交わされた公文書として残っているんですよね? 王配であらせられるセガン陛下が、入学式でインシグニア嬢の歌奏を聴きたいと仰られたから。だけで、それを『王配の命』と謳っておられる訳ないですよね?」

 これに対して悔しさを滲ませた顔で、何度もテーブルを叩く王城担当者。え? 本当に公文書でなく、口約束なの? 暫くテーブルを叩き付け続け、少し感情が整理出来たのか、王城担当者は俺を指差す。手が真っ赤だな。

「フェイルーラとか言ったな? この事は、セガン陛下にも報告するからな! 自分の身の振り方を考えておけ!」

 それだけ発すると、王城担当者は大股で侍女さんが開けてくれたドアを潜ってどこかへ行ってしまった。何なのあいつ?

「取り敢えず、入学式で歌奏はしなくても良さそうですね」

「はい」

「うう、残念です」

 一人取り残された学校側の担当者の令嬢は、がっくりと肩を落とすのだった。
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