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一刻も早く帰りたい
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「お待ち下さい陛下」
話も終わったし、さて帰ろうと扉の方へ身体を向けたところで、男性の声が謁見の間に響く。ええ~、まだ何かあるの? と辟易しながら声のした方へ身体を向けると、そこにいたのは最初からガイシア陛下の横に立っていた男性だ。制服に身を包んでいるが、鍛え上げられた身体で、制服がパンパンになっている。
「誰?」
もう脳が疲れて働かなくなっていた俺は、思わず素直な感想が口から転び出てしまった。
「女王陛下直属の近衛騎士団長である、タフレングス卿です」
思わず漏らした俺の疑問に、インシグニア嬢が答えてくれた。王と王位継承者の一員と認められた者には、近衛騎士が付く事が、法律で義務付けられている。ジェンタール兄上が、スフィアン王太子の近衛騎士をしているのと同じだ。逆に王配であるセガン陛下には近衛騎士は付かない。セガン陛下の周囲を固めているのは、セガン陛下が選んだ側近か、ガイシア陛下が選んだ騎士だ。
などと、疲れた脳で思い出しながら、近衛騎士団長さんの方を観察すると、歳は三十代と言ったところか。パンプアップされた身体に、赤茶色の髪、黒い瞳をしている。装飾ゴテゴテの剣を腰に提げているが、見掛け倒しではないのだろう。
「陛下の御前で、膝を突く事もせず、我を通して帰ろうなどと言う不届き者を、そのまま帰しては、今後王家が侮られます。この者にはその不敬に対して、相応の対応をなさるべきかと」
厳しい視線でガイシア陛下に進言する近衛騎士団長の………、え~と、何だっけ? ああ、頭が働かない。だがこれはこの場の者たちの総意に近かったようで、皆が今にも「そうだそうだ!」と言いそうな顔となる。
「えっと、田舎者なんで良く分からないんですけど、陛下に向かって膝を突けば、貴方は満足なんですか?」
もう疲れたし、お腹も減ったし、さっさと帰りたいのだ。いちいち細かい事を蒸し返さないで欲しい。
「私個人の充足の問題ではない。国王陛下を前に膝を突かぬ無礼者を許しては、今後の国家運営において、陛下が侮られ、その威光を十二分に発揮出来ない事態となりかねんと言っているのだ」
「はあ……」
「何だその態度は!」
俺が思わず嘆息したのが気に障ったのだろう。騎士団長の何とかさんがくわっと目を開く。怒りでこちらに殺気まで飛ばしてくるけど、まあ、騎士だし、激情家と二枚舌のどちらが多いかと考えれば、激情家の方が多いだろう。
「国王陛下の前で膝を突くのは最低限の礼儀だと、ええ~と……」
「タフレングス卿です」
インシグニア嬢が助け舟を出してくれた。
「タフレングス卿は仰る訳ですね?」
「そうだ!」
「じゃあ、お前も含めたこの場の全員膝を突け!」
『!?』
これに驚くこの場の全員。膝を突くのが最低限の礼儀だと言うなら、この場の者たちは全員膝を突いて頭を下げていないとおかしい。
「貴様ッ……!」
「最低限の礼儀も出来ていない奴に、最低限の礼儀をしろ。と指示されても従う訳ないだろ」
俺の正論に顔を真っ赤にする何とかさん。
「私には陛下をお守りする任務があるのだ。いざと言う時の為に座ってなどいられる訳ないだろ!」
「こっちも王の武威を歌奏者であられるインシグニア嬢に向けられたのだが? それなのにただ座って彼女が苦しんでいるのを耐えていろと?」
「……ぐっ、貴様……!」
睨んだところで、ここで起きた出来事は翻らない。
「もう止めよ、タフレングス。お主が策を講じて賢竜に頭を下げさせようとしたところで、口喧嘩であやつには勝てぬ。賢竜が言った通りだ。余の方が先にインシグニア嬢へ王の武威を放った事実は翻らんし、これは余がセガンの為を思って設けた場だ。セガンが許しているのに、我がそこへ口を挟むのは、そちらこそ王威による暴力よ。それに、最初以外にも賢竜には何度か王の武威を放ったが、あやつめ、ピンピンしておる。あやつに王威で膝を突けさせる事は出来ぬ」
ガイシア陛下も、もうこの場は解散させたいのだろう。やれやれと何とかさんに向かって手をひらひらさせる。
「しかし……」
「そこで食い下がるのかよ。女王陛下が「もう止めよ」と言った事を、大臣でも助言者でもない騎士団長さんが、その意を翻させようとするのは、越権行為なんじゃないの?」
俺の言葉にハッとなる何とかさんだったが、それ以上に俺への怒りが抑えきれないのか、殺気を放ちながら、悪魔の形相でこちらを睨んでくる。俺はそれに対して、インシグニア嬢の前に片手を広げる。
「はいはい、分かった分かった。陛下に向かって膝を突けば良いんだろう?」
俺は本当にさっさとこの場から立ち去りたい気持ちだけで、ガイシア陛下、セガン陛下に向かって、膝を突いて礼をする。
「これで満足だね?」
俺はさっさと礼を終えると立ち上がった。
「ではガイシア陛下、セガン陛下、今度は入学式で、宜しいでしょうか?」
「僕は練習にも顔を出すと思うから、そこで会うかもね」
そう言えば、セガン陛下が責任者なんだったな。
「入学式の歌奏の方には私は協力しないので、やはり、私は入学式で再会する事になるかと」
「ええ~、そうなのかい? 大聖堂には協力するのに?」
「ボールス卿に言われてしまっては」
「確かにね~」
などと軽口をセガン陛下と交わすが、ガイシア陛下の横の何とかさんは物凄い形相のままだ。俺と言う存在そのものが許せないような憎しみを感じる。はあ。
「セガン陛下」
「何かな?」
「こんな事をここで口にするのは憚られるのですが、私は今、大聖堂での練習、ここでの対話、それに空腹と相俟って、とても機嫌が悪いようです」
「……う~ん。それは申し訳ないけど、彼はガイシアの部下だからねえ」
「余は止めるように言ったであろう」
そうなんだよねえ。それなのに、憎しみをぶつけられても困る。これは完全に遺恨として残り、後々尾を引く事になるのが確定しそうだ。多分、ジェンタール兄上なんかが特に被害を被ると思う。それは頂けない。
「入学式での歌奏に関して、私も参加するのは吝かではないのですが、それをするなら、ここで一つ余興で以ってそれを決める。と言うのはどうでしょう?」
「余興?」
セガン陛下だけでなく、ガイシア陛下も首を傾げる。
「ええ。ガイシア陛下の横の~……」
「タフレングス卿です」
「タフ何とかさんと私が一騎打ちをして、私が勝ったら、セガン陛下のお望み通り、入学式の歌奏に協力します。その代わり、これにガイシア陛下は一切口出ししない」
これに目を見開くセガン陛下とは対照的に、ガイシア陛下は頬杖を突いてこちらの様子を窺うように目を細める。
「それで? タフレングスが勝ったらどうなる?」
ガイシア陛下の横で、タフ何とかさんは、こいつ馬鹿だ。と鼻で笑うようにこちらを見下していた。
「入学式の歌奏に関して、ガイシア陛下の命に従います。それに、ウェルソンが領で作曲した曲のうち、私が持つものは全てガイシア陛下へ献上致します」
「破格だな。それは勝つ自信のある者の発言だ」
更に目を細めるガイシア陛下。
「確かに、普通に一騎打ちをすれば、そこのええ~、何とかさんに私は勝てないのは自明の理です。だからこその余興です。ハンデを頂きたい」
「ハンデか」
ガイシア陛下が、ちらりと横の何とかさんに視線を向けると、深く頷く何とかさん。これを是と認識したガイシア陛下が、またこちらへ視線を戻す。
「どれだけのハンデだ?」
「初手を私に譲って頂きたい」
「…………それだけか?」
「はい。何とかさんには、ただ私の前に立ち、私の初撃を受けて下されば、私の勝ちは確定です」
「ほう?」
ガイシア陛下は口角を上げて面白がり、何とかさんはこれまでで一番の殺気をこちらへ放ってくる。だから、ここにはインシグニア嬢がいるんだよ。と俺はそれに対して睨み返した。
バチバチに互いに視線を交錯させる俺と何とかさんを、面白い。と思ったらしいガイシア陛下が、反対側のセガン陛下へ視線を向ける。セガン陛下は少し困惑顔だが、『ウェルソンの新曲』と言うのは余程心掻き乱すものなのだろう。優しいセガン陛下も、渋い顔となりながらも首肯した。
「あい分かった。では、この場にて、二人の一騎打ちを認める!」
ガイシア陛下の命が下り、俺と何とかさんとの一騎打ちが決まったのだった。
話も終わったし、さて帰ろうと扉の方へ身体を向けたところで、男性の声が謁見の間に響く。ええ~、まだ何かあるの? と辟易しながら声のした方へ身体を向けると、そこにいたのは最初からガイシア陛下の横に立っていた男性だ。制服に身を包んでいるが、鍛え上げられた身体で、制服がパンパンになっている。
「誰?」
もう脳が疲れて働かなくなっていた俺は、思わず素直な感想が口から転び出てしまった。
「女王陛下直属の近衛騎士団長である、タフレングス卿です」
思わず漏らした俺の疑問に、インシグニア嬢が答えてくれた。王と王位継承者の一員と認められた者には、近衛騎士が付く事が、法律で義務付けられている。ジェンタール兄上が、スフィアン王太子の近衛騎士をしているのと同じだ。逆に王配であるセガン陛下には近衛騎士は付かない。セガン陛下の周囲を固めているのは、セガン陛下が選んだ側近か、ガイシア陛下が選んだ騎士だ。
などと、疲れた脳で思い出しながら、近衛騎士団長さんの方を観察すると、歳は三十代と言ったところか。パンプアップされた身体に、赤茶色の髪、黒い瞳をしている。装飾ゴテゴテの剣を腰に提げているが、見掛け倒しではないのだろう。
「陛下の御前で、膝を突く事もせず、我を通して帰ろうなどと言う不届き者を、そのまま帰しては、今後王家が侮られます。この者にはその不敬に対して、相応の対応をなさるべきかと」
厳しい視線でガイシア陛下に進言する近衛騎士団長の………、え~と、何だっけ? ああ、頭が働かない。だがこれはこの場の者たちの総意に近かったようで、皆が今にも「そうだそうだ!」と言いそうな顔となる。
「えっと、田舎者なんで良く分からないんですけど、陛下に向かって膝を突けば、貴方は満足なんですか?」
もう疲れたし、お腹も減ったし、さっさと帰りたいのだ。いちいち細かい事を蒸し返さないで欲しい。
「私個人の充足の問題ではない。国王陛下を前に膝を突かぬ無礼者を許しては、今後の国家運営において、陛下が侮られ、その威光を十二分に発揮出来ない事態となりかねんと言っているのだ」
「はあ……」
「何だその態度は!」
俺が思わず嘆息したのが気に障ったのだろう。騎士団長の何とかさんがくわっと目を開く。怒りでこちらに殺気まで飛ばしてくるけど、まあ、騎士だし、激情家と二枚舌のどちらが多いかと考えれば、激情家の方が多いだろう。
「国王陛下の前で膝を突くのは最低限の礼儀だと、ええ~と……」
「タフレングス卿です」
インシグニア嬢が助け舟を出してくれた。
「タフレングス卿は仰る訳ですね?」
「そうだ!」
「じゃあ、お前も含めたこの場の全員膝を突け!」
『!?』
これに驚くこの場の全員。膝を突くのが最低限の礼儀だと言うなら、この場の者たちは全員膝を突いて頭を下げていないとおかしい。
「貴様ッ……!」
「最低限の礼儀も出来ていない奴に、最低限の礼儀をしろ。と指示されても従う訳ないだろ」
俺の正論に顔を真っ赤にする何とかさん。
「私には陛下をお守りする任務があるのだ。いざと言う時の為に座ってなどいられる訳ないだろ!」
「こっちも王の武威を歌奏者であられるインシグニア嬢に向けられたのだが? それなのにただ座って彼女が苦しんでいるのを耐えていろと?」
「……ぐっ、貴様……!」
睨んだところで、ここで起きた出来事は翻らない。
「もう止めよ、タフレングス。お主が策を講じて賢竜に頭を下げさせようとしたところで、口喧嘩であやつには勝てぬ。賢竜が言った通りだ。余の方が先にインシグニア嬢へ王の武威を放った事実は翻らんし、これは余がセガンの為を思って設けた場だ。セガンが許しているのに、我がそこへ口を挟むのは、そちらこそ王威による暴力よ。それに、最初以外にも賢竜には何度か王の武威を放ったが、あやつめ、ピンピンしておる。あやつに王威で膝を突けさせる事は出来ぬ」
ガイシア陛下も、もうこの場は解散させたいのだろう。やれやれと何とかさんに向かって手をひらひらさせる。
「しかし……」
「そこで食い下がるのかよ。女王陛下が「もう止めよ」と言った事を、大臣でも助言者でもない騎士団長さんが、その意を翻させようとするのは、越権行為なんじゃないの?」
俺の言葉にハッとなる何とかさんだったが、それ以上に俺への怒りが抑えきれないのか、殺気を放ちながら、悪魔の形相でこちらを睨んでくる。俺はそれに対して、インシグニア嬢の前に片手を広げる。
「はいはい、分かった分かった。陛下に向かって膝を突けば良いんだろう?」
俺は本当にさっさとこの場から立ち去りたい気持ちだけで、ガイシア陛下、セガン陛下に向かって、膝を突いて礼をする。
「これで満足だね?」
俺はさっさと礼を終えると立ち上がった。
「ではガイシア陛下、セガン陛下、今度は入学式で、宜しいでしょうか?」
「僕は練習にも顔を出すと思うから、そこで会うかもね」
そう言えば、セガン陛下が責任者なんだったな。
「入学式の歌奏の方には私は協力しないので、やはり、私は入学式で再会する事になるかと」
「ええ~、そうなのかい? 大聖堂には協力するのに?」
「ボールス卿に言われてしまっては」
「確かにね~」
などと軽口をセガン陛下と交わすが、ガイシア陛下の横の何とかさんは物凄い形相のままだ。俺と言う存在そのものが許せないような憎しみを感じる。はあ。
「セガン陛下」
「何かな?」
「こんな事をここで口にするのは憚られるのですが、私は今、大聖堂での練習、ここでの対話、それに空腹と相俟って、とても機嫌が悪いようです」
「……う~ん。それは申し訳ないけど、彼はガイシアの部下だからねえ」
「余は止めるように言ったであろう」
そうなんだよねえ。それなのに、憎しみをぶつけられても困る。これは完全に遺恨として残り、後々尾を引く事になるのが確定しそうだ。多分、ジェンタール兄上なんかが特に被害を被ると思う。それは頂けない。
「入学式での歌奏に関して、私も参加するのは吝かではないのですが、それをするなら、ここで一つ余興で以ってそれを決める。と言うのはどうでしょう?」
「余興?」
セガン陛下だけでなく、ガイシア陛下も首を傾げる。
「ええ。ガイシア陛下の横の~……」
「タフレングス卿です」
「タフ何とかさんと私が一騎打ちをして、私が勝ったら、セガン陛下のお望み通り、入学式の歌奏に協力します。その代わり、これにガイシア陛下は一切口出ししない」
これに目を見開くセガン陛下とは対照的に、ガイシア陛下は頬杖を突いてこちらの様子を窺うように目を細める。
「それで? タフレングスが勝ったらどうなる?」
ガイシア陛下の横で、タフ何とかさんは、こいつ馬鹿だ。と鼻で笑うようにこちらを見下していた。
「入学式の歌奏に関して、ガイシア陛下の命に従います。それに、ウェルソンが領で作曲した曲のうち、私が持つものは全てガイシア陛下へ献上致します」
「破格だな。それは勝つ自信のある者の発言だ」
更に目を細めるガイシア陛下。
「確かに、普通に一騎打ちをすれば、そこのええ~、何とかさんに私は勝てないのは自明の理です。だからこその余興です。ハンデを頂きたい」
「ハンデか」
ガイシア陛下が、ちらりと横の何とかさんに視線を向けると、深く頷く何とかさん。これを是と認識したガイシア陛下が、またこちらへ視線を戻す。
「どれだけのハンデだ?」
「初手を私に譲って頂きたい」
「…………それだけか?」
「はい。何とかさんには、ただ私の前に立ち、私の初撃を受けて下されば、私の勝ちは確定です」
「ほう?」
ガイシア陛下は口角を上げて面白がり、何とかさんはこれまでで一番の殺気をこちらへ放ってくる。だから、ここにはインシグニア嬢がいるんだよ。と俺はそれに対して睨み返した。
バチバチに互いに視線を交錯させる俺と何とかさんを、面白い。と思ったらしいガイシア陛下が、反対側のセガン陛下へ視線を向ける。セガン陛下は少し困惑顔だが、『ウェルソンの新曲』と言うのは余程心掻き乱すものなのだろう。優しいセガン陛下も、渋い顔となりながらも首肯した。
「あい分かった。では、この場にて、二人の一騎打ちを認める!」
ガイシア陛下の命が下り、俺と何とかさんとの一騎打ちが決まったのだった。
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