SPIRITS TIMES ARMS

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あいつ

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「フェイルーラ様は、マエストロ・ウェルソンのお弟子さんだったのですか?」

 前髪が隠れた顔で、俺の表情を覗き込んでくるインシグニア嬢。これに、俺は眉根を寄せて渋い顔となってしまう。

「ウェルソンがマエストロと呼ばれていたのは本当だったようですね。あの性格なので、自称かと思っていました」

 これには両陛下や大臣の一部からも首肯が得られた。どうやらウェルソンの為人《ひととなり》を知っているようだ。まあ、両陛下はウェルソンと同世代のはずだし、知っていても不思議じゃないか。対してインシグニア嬢は興奮冷めやらぬ様子だ。

「それはそうですよ! だって大聖堂で歌奏する『夜明け、始まりの陽射し』も、マエストロ・ウェルソンの作曲ですから」

「それは、まあ、ウェルソンから聞いていたので知っていましたけれど…………、はっ!!」

 俺が謁見の間全体に響く程の大声を発したので、この場の全員がビクリと跳ねるように驚く。

「領の聖堂のオルガンは三段だったのに、何であの曲に関して、五段のオルガンの楽譜まで覚えさせられたのか今理解した! あいつ! 俺が領主貴族の息子だから、王都の王立魔法学校に通うのを見越して、大聖堂のオルガンを弾くと踏んで覚えさせたな!」

 ぐぐっ、あいつの掌の上で転がされていたと思ったら、余計に腹が立ってきた!

「はっはっはっ! 一杯食わされたな、フェイルーラよ。しかしあやつ、魔法学校を自主退学してどこへ行ったかと思ったら、ボールス様のところにいたのか」

 ガイシア陛下がニヤニヤしつつも呆れている。あの様子だと、魔法学校時代、ウェルソンに手を焼いていたようだ。

「ボールス卿が教皇の座から退くにあたり、王都から離れるからと、神官に志願して、追従してきたと言っていました」

 俺の説明に、更に呆れて嘆息をこぼす両陛下。

「探されていたのですか?」

 質問に対して渋い顔となるガイシア陛下。

「当時は音楽業界最大の損失と言われていた」

「あれが?」

「あれが、だ。フェイルーラもあやつの性格はともかく、音楽の才は認めているだろう?」

 ガイシア陛下と二人して眉を顰めてしまう。そうなのだ。ウェルソンの音楽の才は確かなものなのだ。なので、王都ではマエストロと呼ばれていた。と聞いた時も、半分くらいは、そうかも知れない。と俺も思ったものだ。

「でも、ウェルソン君が弟子を取るとはねえ」

 セガン陛下の方は、そっちに興味があったらしい。

「そんなに変ですか?」

「魔法学校時代も、彼に師事したい者は老若男女問わず多かったけれど、誰も彼から教えを請えた者はいなかったねえ」

 これには首を傾げる。誠実なセガン陛下の言葉だから本当なのだろうが、俺から見たウェルソンとは掛け離れている。

「そうですか……。でも私は三歳の頃から、聖堂でウェルソンに怒鳴られて泣きながら様々な楽器や歌の練習をさせられてきたので、魔法学校時代に誰にも教えなかったと言うのはちょっと私の想像と違いますね」

 これににざわつく謁見の間。それだけ、ウェルソンが誰かに歌奏を教えると言う事は稀だったようだ。

「フェイルーラ君はそれ程音楽の才に恵まれていたのかい?」

 尋ねるセガン陛下の瞳が獲物を見るような目となる。音楽がお好きらしいからな。マエストロが見込んだとなると興味を引かれたのだろう。が、そんな大層な理由ではない。

「いえ。私にウェルソン程の才はありません。ウェルソンが私に音楽を教えたのも、ボールス卿が、私の境遇を慮っての事ですので」

「境遇を慮って?」

 セガン陛下はそこが引っ掛かったらしい。

「ここにいる全ての人が思っているでしょうが、私の魔力は、騎士貴族と比しても低い。ですが、ヴァストドラゴン家は元王族でありながら、武闘派な家系なので、午前中は武術や魔法の訓練に充てられるんです。それが嫌で、私は家を抜け出して、聖堂に逃れていたのです。そんな私の境遇を可哀想とお思いになられたのでしょう。何かしてあげよう。とお考えになられたボールス卿が、ウェルソンに私に音楽を教えるように指示を出したのが始まりです」

 これに深く頷いたのはガイシア陛下だ。

「あの方はとても慈悲深いお方だからな。そうしたのも頷ける」

 が、セガン陛下はこれに首を傾げた。

「ガイシア、それはおかしいよ。いや、ボールス卿の指示で、ウェルソン君がフェイルーラ君に音楽を教える流れになったのは理解出来るけれど、ウェルソン君は、音楽に対してだけは誠実な人間だ。魔法学校時代に、ボールス卿からの仲介で、教えて貰えないかな? とウェルソン君に取り入った者もいたけれど、その誰も、ウェルソン君の前で歌奏を一度披露しただけで門前払いに遭っている。やはりこれはフェイルーラ君の音楽の資質が優れていた証左だよ」

 セガン陛下の発言に、納得するガイシア陛下や他の皆々。それにインシグニア嬢。だが、俺としては嬉しくない。ウェルソンとの日々を振り返り、それを一言で表すなら『理不尽』だ。

 あいつはいつも指揮棒を持っていて、少しでも失敗すれば、それで叩かれるのだ。ウェルソンとの日々は地獄の日々だった。

「何で出来ないんだ!!」

「こうだと教えただろう!!」

 まだ幼かった子供にとって、楽器は大きく、扱いが難しい。声にしても、歯の生え変わりなどあり、正しく発音するのも大変だった。そんな俺を鞭でビシバシ叩くウェルソン。しかも神官だったので、音楽の授業が終わる頃には回復魔法で癒すものだから、ボールス枢機卿も気付かない。思い出しても腹が立つ。あいつは人格破綻者だ。

「……はあ」

 俺が思わず嘆息をこぼすと、ウェルソンの性格を知る両陛下から、憐れみの視線を向けられる。

「頑張ったんだね」

 セガン陛下に労いの言葉を掛けられ、思わず泣きそうになるのと、ウェルソンへの怒りで感情がぐちゃぐちゃになる。

「ああ、まあ。十歳くらいで多少はマシになりましたから」

「十歳で、あやつの横暴から脱却したのか!? あやつ聖誕祭で交響曲の指揮をすると言うので、その練習風景を覗いた事があったが、間違えた奴に指揮棒を投げ付けたり、何なら平手打ちをしているのを見た事があるぞ?」

 驚くガイシア陛下。隣りのインシグニア嬢は、その風景を想像してか、俺の服の袖を、これまでよりも強く掴む。

「ああ、ええ、半々ですかね。私が十歳になった頃に、ウェルソンが司教となったので、第一周遊旅団の旅団長をしている私の母が、回復役として連れ回すようになったので」

「はっはっはっ。成程な。流石のあやつも、あの方には逆らえなかったか」

「ええ。でも先々で、何故か歌奏者候補を見付け出してきて、私に彼らに練習を付けるように命じられました」

「あはは。自分で面倒を見るのは嫌でも、それなりに歌奏が出来る者を見付けたら、フェイルーラ君行きになっていた訳か」

 セガン陛下の顔が引き攣っている。

「ええ。しかも、行く先々で民謡やら童謡やらを作曲するものだから、その管理や編纂などもやらされて……」

『ウェルソンの新曲!!??』

 またも謁見の間が大声に包まれる。まあ、偉大なマエストロの新曲となれば、聴いてみたいと思うのかも知れない。

「簡単な曲ですよ。民謡や童謡ですから」

「それでも聴きたいよ!」

 セガン陛下は本当に音楽が好きらしく、今すぐ聴きたい、と目が輝いている。でも、本当に町や村で歌うような曲なんだよなあ。ああ、

「そう言えば、神官になったからですかね、『七曜』と言う交響曲も作曲していました」

『ウェルソンの交響曲!!??』

 食い付きが良いなあ。それだけウェルソンが王都で愛されていたのだろう。…………あいつが?

 謁見の間は、女王も、王配も、大臣も、騎士も、それにインシグニア嬢も、ウェルソンが新たに描いた交響曲を聴きたい! と皆がそわそわしている。何かもう、これを交渉材料にするだけで、インシグニア嬢の入学式での歌奏はなしに出来そうだ。何だかなあ。今までのあれこれが茶番と化したな。

「ウェルソンの交響曲やら民謡、童謡はまたの機会として」

「ええ!?」

 セガン陛下が頬に両手を当てて絶望している。そのせいでガイシア陛下がまた王の武威を俺に当ててくる。

「ウェルソンの曲です。これらは交渉材料ではなく、純粋に楽しめる場で楽しむのが宜しいかと」

「な、成程」

 セガン陛下が、首がもげるんじゃないかと心配になる程、うんうん頷いている。これはどこかで披露しないといけない奴だな。

「兎も角、インシグニア嬢の、入学式の歌奏以外のセレモニーでの歌奏に関しては、白紙とさせて頂きたい。理由は、既にセガン陛下にお伝えした通りです」

 俺の説明にガイシア陛下がスッとセガン陛下の方を見遣ると、深く頷くセガン陛下。これにガイシア陛下は腕を組んで一度逡巡してから、こちらを真っ直ぐに見詰めてくる。

「入学式に関しては、良いのか?」

「大聖堂と差を付けるのは、王国の威信に関わるでしょう? それに元々、これらを白紙に求めているのは、私であり、インシグニア嬢ご自身は、どちらもお受けする気概でしたので」

「……成程な。ふ~む。インシグニア嬢も次期領主となるのだし、それを鑑みれば、音楽だけに時間を割く訳にはいかぬか。それでも入学式で歌奏してくれると言うなら、その後の事は白紙としよう」

「女王陛下の寛大なる措置に感謝を」

「ふん。良く回る口だな、賢竜。そのさかしい頭で、インシグニア嬢と次期グリフォンデン領を盛り立てていく事を望む」

『はい』

 はあ。何とか切り抜けられたな。
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