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意外な人脈

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 島国であるニドゥークは知らないが、この大陸では、どの国でもしてはならない禁止事項と言うものがある。それが武威の扱える者が味方の歌奏者に対して武威を放つ事だ。特に王ともなれば、それは国家の行く末を左右する程の重大事であり、絶対に犯していけない禁忌だ。

 何故王が歌奏者に向けて武威を放ってはいけないのか。その歴史は古く、神話にも記されている程の大昔からの禁忌として描かれている。

 それは戦争に起因する。そも、戦争と歌奏と言うものは切っても切り離せない存在だ。歌奏者は、その昔、魔歌の使い手と言われていた。その歌は戦争において戦意高揚の役目を果たし、味方を鼓舞し、敵を意気消沈させる。遥か彼方の国では、都市で籠城戦を構えた敵相手に、四方から囲み、その国の歌を歌う事で、その国の兵たちの意気を削ぎ、戦争終結に導いたと言う言い伝えもあるくらいだ。

 それだけ魔歌の使い手と言うのは、戦場で重宝される。重宝されるのは戦場だけではない。俺の父上もそうだが、武威の使い手にも、それを制御し切れない者と言うのがいる。そんな者を慰撫いぶするのも、魔歌の使い手の仕事である。

 そんな貴重で稀有な相手に向かって武威を放てば、今のインシグニア嬢のように、手は震え、声も掠れてその本領が発揮出来なくなるのは自明の理だ。そして、そんな馬鹿な事をして敗戦国としてアダマンティア王国に取り込まれたのが我が領、ヴァストドラゴンなのだ。

「デウサリウス教の教義でも、歌奏者に対して、武威を振るう事は固く禁じられています。敬虔なるデウサリウス教信徒であられるであろうガイシア陛下が、国王として、信徒として、それを知らないで済まされる話ではありませんよね?」

 ごくりと女王陛下が喉を鳴らしたのがここまで聞こえてきた。側壁には騎士と大臣が勢揃いしているのだ。これだけの衆人環視の下、ここで王の武威を放った事をなかった事には出来ないだろう。

「…………よ、余は、そのようなつもりはな……」

「済まなかった、フェイルーラ君」

 ガイシア陛下が何かを言い終わる前に、セガン陛下がこちらへ謝罪した。その事への驚きに、ガイシア陛下だけでなく、この場の全員の衆目がセガン陛下に集まる。

「やはりお優しいですね、セガン陛下は。ですが、二つ、陛下の行動には間違いがあります」

『!!』

 常日頃であれば、口を開く事もないのであろう王配であるセガン陛下が謝罪したと言うのに、まだ文句を口にするのか? そんな憎しみの視線がインシグニア嬢を除く全員から俺に注がれる。が、間違いは間違いだ。訂正させて頂く。

「セガン陛下。まず第一に、謝るべき相手は私ではなく、インシグニア嬢へ、です。それに、王配陛下は何も悪くありません。インシグニア嬢へ謝罪すべきは、ガイシア陛下本人でなければならない」

 俺の説明に、周囲からの圧が更に高まる。さっき武威は放つな。と言ったばかりなのに。武威でなく、殺気なら問題ないとでも思っているのか?

「そうだね。その通りだ。ガイシア」

 セガン陛下に諭されるよう優しく声を掛けられたガイシア陛下は、こちらを苦々しく見詰めながら、何とか口を開く。

「インシグニア嬢、貴女を害するつもりはなかった。だが、結果として余の武威が貴女を巻き込んだ事、ここに正式に謝罪する」

 大陸随一のアダマンティア王国の女王が、四大貴族次期領主とは言え、少女に謝罪した事に謁見の間がざわつく。王とその配偶者が謝罪をすると言うのは、それだけあり得ない事だと俺でも分かる。

「インシグニア嬢?」

 これに何の反応もしないインシグニア嬢。俺が首を傾げながらインシグニア嬢の顔を覗き込むと、インシグニア嬢はハッと我に返った。

「…………あ、はい。女王陛下の謝罪は勿論受け入れます。立場のある身でありながら、己の非を認め、謝罪して下さると言う正しき行い、流石はこの国の頂点に立つお方と感服致しました」

 まあ、インシグニア嬢が謝罪を受け入れたのなら、俺がこの件に関してこれ以上踏み込む事はない。ちらりとセガン陛下の方へ視線を向けると、にこりと笑顔を返された。やはりこれで手打ちにして、返してはくれないようだ。優しいうえにしたたかなお方だ。

「では、王の武威に関しては、これでお終いとして、入学式の歌奏の話に、本格的に入りましょうか? セガン陛下もそれをお望みのようですし」

「う、うむ」

 王の武威の圧は既に霧散しており、謁見の間に漂うのは何とも言えない困惑した雰囲気だ。それが少し面白く、思わず変な笑みがこぼれてしまった。

「何が可笑しい?」

 それを敏く見付けたガイシア陛下から、ムスッとした顔を向けられてしまった。

「いえ、他意はありません。多分、この謁見の間が、こんな雰囲気に包まれる事など、これまでなかったのだろうと考えたら、少し面白くなってしまいまして」

 俺が正直に感想を答えると、ガイシア陛下が全身から力を抜くように深く長い溜息を漏らす。

「ああ、確かにそうだな。王城では、ここを死刑執行の場。などと揶揄する者もいるくらいだからな。このような何とも言えぬ空気が漂うなど、頭になかったわ」

「そうでしたか? この謁見の間に入ってきた時から、セガン陛下は笑顔でしたが?」

 俺の言に眉根を寄せて、ガイシア陛下が隣りのセガン陛下へ視線を送ると、肩を竦めるセガン陛下。

「済まない。フェイルーラ君が、余りにも自信満々に、この場を切り抜けると事前に聞いていたから、どのようにするのか楽しみだったんだ。それと、フェイルーラ君」

「はい?」

「君に謝ったのは間違いじゃない。ガイシアは僕に対しては絶対王の武威を放たないから、まさかインシグニア嬢にまで王の武威を放っていたとは感じ取れなかったんだ。それを止められなかった事。やはり謝罪させてくれないかな」

 ああ、ガイシア陛下はセガン陛下をとても大事にしていると聞き及んでいた。なら当然セガン陛下へ王の武威の圧が届かないように調節していたのだろう。納得だ。

「う~ん、ここでセガン陛下の謝罪を受け入れると、雪崩式に入学式で歌奏する流れになりそうなので、貸し一つとなりませんかね?」

 などと俺が口にすれば、今度は俺一人に対して、王の武威を放ってくるガイシア陛下。ちゃんと一人だけに向けて放つ事も出来るらしい。まあ、父上の竜の武威とそれ程変わらないから、スルーだけど。

「ふふ。僕から貸しをもぎ取ろうとするなんて、やるねえ。まあ、今回の問題に関して言えば、貸しと言う事にしておこう」

 セガン陛下がそのように言えば、ガイシア陛下だけでなく、謁見の間がこれまで以上にざわめく。これもあり得ない事なんだろうなあ。が、俺とセガン陛下だけはニコニコだ。

「じゃあ、どのようにこの場でガイシアから入学式の歌奏を止めさせるか、改めて特等席から見物させて貰うよ? それとも今の貸しを使うのかな?」

 セガン陛下が玉座に座り直したところで、俺は胸に左手を当てて一礼する。確かに、今勝ち取った貸しを使えば、ガイシア陛下は入学式でインシグニア嬢に歌奏をさせないだろう。がそれは最終手段かな。まずは、

「では、誰かテレフォンを持ってきて頂けませんか? 母上に連絡したいので」

 これに壮大にずっこける両陛下。

「そ、それは卑怯だろ! 絶対断れないじゃないか!」

「それは話し合いじゃない! 言葉の暴力! ガイシアの王の武威と変わらないよ!」

 何とか体勢を立て直しながら、俺を罵る両陛下。何でそうなるのか分からないからだろう。インシグニア嬢が俺の服の袖を引っ張る。

「私の母は現王族の傍系で、王立魔法学校時代、父や両陛下を従えた、派閥のボスをしていたんです」

 これに納得するインシグニア嬢。

「先程廊下で話した時にも思ったけれど、フェイルーラ君は、いきなり最大火力で攻撃してくるよね?」

 玉座に座り直したセガン陛下がそう口にする。

「この魔力量ですから、相手に勝つには、一撃で仕留めないといけないので」

 これに納得するも、頭を抱える両陛下。余程母上に出張られるのが嫌らしい。

「インシグニア嬢、確か今日は大聖堂で合同練習だったよね? 大聖堂でもそんな感じだったのかい?」

 セガン陛下が尋ねると、インシグニア嬢はこくりと頷く。

「はい。えと、ボールス枢機卿様にテレフォンしておられました」

 これにまたも頭を抱える両陛下。訳が分からずまた俺の服の袖を引っ張るインシグニア嬢。

「あの時も言いましたけれど、デウサリウス教は十年に一度、コンクラーベと言う教皇選挙をするのですが、丁度両陛下が学生時代の教皇がボールス枢機卿だったんです」

 これにインシグニア嬢も納得する。

「ふむ。テレフォン相手はボールス卿の方が良いですか?」

『止めて下さい』

 両陛下が揃ってこちらへ頭を下げた。謁見の間が凄いざわつきなので、きっと物凄い光景なのだろうけれど、初めて来た俺にはピンと来ない。

「はあ。それでは大聖堂の方も、『契約召喚の儀』での歌奏は取り止めになったのかな?」

 セガン陛下の問いに、首を横に振るインシグニア嬢。

「いえ。決定事項なのだから今回に限り履行せよ。との指示が下されました」

「そうなのかい?」

 これを聞いて胡散臭い目で俺を睨むガイシア陛下。大聖堂では歌奏するのに、入学式では歌奏を取り止めるつもりかと、その目が言外に物語っている。

「はい。ただし、フェイルーラ様をマエストロとして同行させる。と言う条件付きでしたが」

「フェイルーラ君を、マエストロとして? フェイルーラ君はそんなに音楽に造詣が深いのかい?」

「それはもう! フェイルーラ様が奏でたオルガンの音色と言ったら……。それにフェイルーラ様は魔力操作がお得意なので、大聖堂のランプもそれは煌びやかで」

 恍惚と語るインシグニア嬢からの報告に、セガン陛下の好奇な視線がこちらへ移る。

「領では良く聖堂に通っていたので、そこで音楽に明るかったウェルソン司教から、一通りの楽器やら歌やらを教わりましたから」

『ええええ!!!!??』

 これには両殿下や周囲の騎士大臣たちだけでなく、横のインシグニア嬢からも、驚きの絶叫が木霊したのだった。
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