SPIRITS TIMES ARMS

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剣にして盾

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 はあ、いけないいけない。私は自分の派閥の子たちを送り出しながら心の中で反省する。自分の興味のある分野だったから、下手な口出しをしてしまった。でも、フェイルーラ様が下に見られるのは、何故か看過出来なかったのだ。何なら、声を大にして喧伝したいくらいだった。アウレア嬢たちの気持ちが今ならちょっと分かる。彼女たちも私に対して、このような感情を抱いているのかも知れない。

 ここ何日かで理解したが、フェイルーラ様はジュウベエ君が言っていたように義理人情で動く人だ。自分は不当な扱いを受けても平然としているのに、身内、この場合は派閥の人間が不当な対応を受けたり、正当な評価を受けないのをとても嫌う人だ。これを義に厚い、人情深いと言うのだろう。

 何なら、身内だけでなく、昨日のチョコレート店の店長や店員、楽器店の店長、今日会った王立魔法学校の門兵や事務員に対しても、フェイルーラ様は他の貴族と違って、上から物を言うのではなく、対等なコミニュケーションをする人だ。

 だからこそ、この方を私は正当に評価したい。それはフェイルーラ様の芯に触れた人なら誰でも思う事のようで、この方の派閥の方々は当然敬っているし、ジュウベエ君や私の侍女二人、教皇猊下も、聖歌隊の方たちも、ガイシア女王陛下も、セガン王配陛下も、フェイルーラ様のその実力と義理人情に厚い人柄を評価している。多分私の父上母上も。

 逆に何故フェイルーラ様はここまで評価が低かったのだろうか? 彼の周囲への対応を見れば、自ずとその人柄は理解出来、実力にしても魔力量が少ないだけで、派閥の面々を五年連続で王立魔法学校に全員入学させている事から、その頭の切れが分かるはずだ。何より、フェイルーラ様の歌奏を一度でも耳にすれば、それがどれだけ素晴らしいものか心が理解するはず。

 たまにフェイルーラ様の口から語られる、『文官志望』と言う言葉が、フェイルーラ様の本来の実力を見誤らせているのかも知れない。これが意識的なのか、無意識的なのかは今はまだ判断出来ないが。

「インシグニア!」

 思い耽っていたところに、聞き慣れた大声がホールに響き、ビクッとなって思わずフェイルーラ様の服を掴んでしまった。しかしフェイルーラ様はそれに対して嫌がる素振りを微塵も見せず、声の方へ対して私の前にその楽器や武器の使い込みで角張った手を広げ、私を庇ってくれた。

「何でしょうか? グロブス殿下」

 フェイルーラ様の声には警戒と諦観の色が乗っていた。トラブルを起こすな。と門兵に言われたのに、トラブルの方からやって来るのだから、胃が痛くなる話だ。

 フェイルーラ様に話し掛けられたグロブス殿下は、高慢の一文字で表せるような尊大な態度でこちらを睥睨している。

「忘れた訳ではないだろうな!!」

 今までと変わらない大きな声。この方の婚約者だった頃は、人の上に立ち指示を出す身分なのだから、大声になるのも当然なのだろう。と思っていた。他の貴族の方々も声の大きな方ばかりだったから。けれど、フェイルーラ様はそんな大声を張り上げない。必要であればする事もあるけれど、普段から大声を張り上げるなんて事はしない。優しく包み込むような光射す月のような声だ。

「何の事でしょう?」

 フェイルーラ様は首を傾げるが、私はそれが何を示しているか分かっている。

「週に一回、私の為に曲を奏でると言う約束だ!」

「は?」

 理解出来ないのだろう。フェイルーラ様としては珍しく、口から疑問符が漏れ、その視線が私に向けられる。

「婚約者時代、私は週に一回グロブス殿下の為に曲を奏でる事で、他様々な王族の婚約者としての応対を免除して頂いていたので」

 これだけ言えば首肯で返すフェイルーラ様。理解の早い方なので、それがグロブス殿下とフィアーナ嬢との逢瀬の時のバックミュージックであると理解し、更には、空いた時間で社交場に顔を出し、情報収集していた事にもその知見は及んでいる事だろう。

「えっと、今更何を言っているんですか?」

 とぼけたようなフェイルーラ様の返しに、思わず吹き出しそうになってその服に顔を埋める。

「な!? 何だと!?」

「インシグニア嬢は、今はもう貴方の婚約者でも、グリフォンデン寮の人間でもありません。何故敵地で貴方の為に曲を奏でなければならないのですか?」

 本当にその通り。

「はあ!? 王族に寄与出来る名誉だぞ! 奏でて当然だろう! それともグリフォンデン家は約束を違えるのか!?」

「ではその約束が書かれた契約書なり書面の提出をお願いします」

「んな!? そんなものある訳ないだろ!!」

 当然ない。だって書面で残したら、後で事態が急変した時に困るから、こちらがわざと残さなかったからだ。そして確かに事態は急変した。

「では、インシグニア嬢がグロブス殿下の婚約者ではなくなった時点で、その約束は無効ですね。同じグリフォンデン領から第一婚約者となったフレミア嬢にでも頼んで下さい」

「ふざけているのか、貴様ッ!!!!」

 あまりにも大きなその声に、フェイルーラ様と私は思わず両手で耳を塞ぐ。

「ふざけていませんが?」

 フェイルーラ様からしたら大真面目だ。身内が不当な対応を受けないよう、彼はその身を盾とし、正当な評価を得られるように、その身を剣とする。それがフェイルーラ・ヴァストドラゴンと言う方なのだ。だから、

「はっ! ああ、そうかよ! だったらここで契約だ! インシグニアに、マエストロの弟子とか言うお前も加えて、俺の前で曲を奏でる名誉をやろう!」

「お断りします」

 そう、フェイルーラ様は私が不当な対応を受ける事を絶対に許さない。それから守る為ならば自ら鉄壁の盾となられる。

「んな!? ふざけんな!」

「だからふざけていませんって。インシグニア嬢は、急遽グリフォンデン領次期領主の座に就いたのですよ? となれば、この王立魔法学校での勉学は他の貴族よりも更に多くを学ばなければなりません。たとえ週一でも、敵寮で曲を奏でている無駄な時間なんてないんですよ」

 フェイルーラ様が合理的理由を口にしても、納得出来ないグロブス殿下は、更に怒りを込めてこちらを睨んでくる。

「はあ。王の武威をぶつけられたところで、こちらの方針が変わるものではないので」

「ほう? 今のが王の武威なのか?」

 これに喜ぶジュウベエ君。どうやらただ睨んでいたのではなく、王の武威をぶつけられていたらしい。フェイルーラ様の手の後ろに隠れていた私には分からなかった事だ。謁見の間でガイシア陛下から王の武威をぶつけられた時は、フェイルーラ様の手に遮られながらも、その殺気は伝わってきたけれど、今はそれも感じないので、グロブス殿下の王の武威は、ガイシア陛下の王の武威と比べれば威力はそこまでないのが分かる。

「んなっ!? 俺は王族だぞ! こうべを垂れてひざまずき、奉仕するのが当然だろうが!」

 何を言っているんだか。

「何を言っているんですか?」

 どうやらフェイルーラ様も同意見だったようだ。いや、普通はそうなのだろう。フェイルーラ様は眉間を揉みながら首を左右に振っている。

「ジュウベエ君、この学校の理念を覚えているかい?」

「『研鑽』だろ?」

 何でピンポイントでそれだけ覚えているの?

「はあ。それに、『平等』と『尊重』も、だよ。今現在この学校内にいて、グロブス殿下のあの態度が、『平等』や『尊重』を表していると思うかい?」

「ああ、確かに。あの自分以外を下に見る態度は、『平等』と『尊重』からは掛け離れているな」

 確かに、グロブス殿下の態度は、あの無自覚に高慢なジュウベエ君でさえ、この学校の理念に相応しくない態度だと分かるものだ。

「貴様……! そんな魔力量で良くもそんな傲岸不遜な態度が取れるものだな!」

 傲岸不遜なのはそちらでは?

「どうせインシグニアと同じで音楽しか才能がない癖に……! ヴァストドラゴン寮として降参するなら今のうちだぞ! 俺がいるうちはグリフォンデン寮がこの学校の頂点に君臨するんだからな! 屈伏させて泣きながら曲を奏でさせてやる!」

「そうですか。それは入学後が楽しみですね。学業の場において、王家の威光がどれ程のものか、期待していますよ」

「ッ! 貴様!!!!」

 うっ、今ちょっとピリッとした。これは一触即発かも知れない。グロブス殿下に対して、私が知る限りではここまで敵対的な態度を崩さなかった人はいなかった。でもフェイルーラ様は絶対にここで屈する方ではない。これは私の為なのだから。なら、

「グロブス殿下」

 そんな一触即発な状況の中、私はフェイルーラ様の後ろからグロブス殿下へ声を掛ける。

「ふ。インシグニアの方が賢いようだな」

 どうやらグロブス殿下は何か勘違いをしているようだ。

「ここに宣言します。私、インシグニア・グリフォンデンは、今後、たとえ王族からの申し出であっても、それが私、そして私の目の届く範囲にある者たちを貶める場合、歌奏する事を拒否すると」

「…………は?」

 私の宣言に、始めは理解出来ないと言う顔をしていたグロブス殿下だったが、次第に顔を怒りで赤くさせながら、私に罵声を浴びせようとその口を開いた時だった。

「何かあったのかい?」

 エレベーターから現れたのは、セガン陛下だった。
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