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第二章 見えない殺人犯
第七話 一寸先は闇
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京王線沿いの線路横。
具体的には、百草園駅近く。
夜の郊外に相応しくない闇が人知れず横たわっていた。車の往来も人の足音すらない、電車のけたたましい走音以外が排除された世界。
そこに、奇妙なマネキンが落ちていた。いや、マネキンのように打ち捨てられた、人間があった。
草と砂利に塗れた肉袋が転がっている。前後満遍なく汚れていることから、楽しく跳ね回ったことは容易に想像できた。
死体は折れ曲がった四肢や血よりも、深淵のような穴を思わせる眼窩が何より悍ましかった。
数時間後、、夜明け前、巡回警備員が見つけた時の声は、最もこの夜を裂いていた。
~早朝 京王線沿い~
「アァ~・・・・・・眠ぃ」
「夜更かしでもしてた?」
「世界の不思議50選を寝落ちで聞いてた」
「眠れますそれ?」
僕たちは朝から警察の依頼で叩き起こされ、こうして京王線沿いを歩いている。線路沿いに捨てられたかのように遺棄された死体があると聞いている。しかもその遺体には眼がないというのだ。
そんな猟奇的な事件は行かざるを得ない。他の人間にそんな面白いことを解かれるなんて嫌だ。
「よう夜見、湊。待ってたぜ」
「西原、タバコ臭いぞ。そろそろ本数減らそうぜ」
「代わりにお香でも吸えってか? 除霊効果のある煙吸ってるデカって何だよ。奇抜すぎるだろ」
軽口もそこそこに、現場に入ると文字通り捨てられた人形のような見た目だ。予想していたのと少し違うのは、その遺体は女性のものだった。
膝上までの短いスカートに黒のトップス。靴は片方脱げてしまっているが、これも黒いパンプスだ。
顔は幼さの残る可愛めな顔相だが、それを感じさせないほどに、失われた眼球が異彩を放っていた。
「うわぁ、エゲェな」
「目は落ちてなかったんですか?」
「お前らが来る一時間前から捜索はしてるが、一向に見つからん。犯人が目を抉り取って、死体だけここに捨てたってとこだろ」
線路横の叢の中で捜査官たちが文字通り草の根をかき分けて証拠を探している。正直、そこを探しても何も出ないだろう。線路の下に敷き詰められている石が少しも飛び散っていない。つまり、その茂みに何かが転がり落ちている可能性は限りなく低い。
見つからないものを見落としている。天体観測(?)
「今すごくしょーもないこと考えたよね?」
「エスパー伊◯か君は」
「エスパーしか合ってないじゃん」
死体に近づいて、眼窩の中をライトで見てみる。周りに傷は一切なく、血液以外の体液も無い。しかし血が外に流れていることから、洗ったわけでもない。綺麗に眼球だけを潰すことなくくり抜いている。犯人は医学知識のある人間だろう。
「財布とか身分証明は?」
「何も取られてなかった。被害者は天城理沙子25歳。自宅は調布市で、今役所に確認を取らせてる」
「ふーん。手足が折れてる理由は?」
「人の手で折られた形跡なし。猛スピードで落下しないとここまで折れない。恐らく、犯人は走行中の電車の上に、橋の上とかから投げ入れて死体を遠くに運ばせたんだろう。そして途中で死体がずり落ちてこの様」
「賛成。京王線は時速105キロが上限だから、その速度で地面に落ちたらこんくらいはひしゃげるだろーね」
ひしゃげる、という言葉に朔弥が苦い顔で反応した。あまり良い響きの言葉ではないからだろう。嫌なイメージをしてしまったらしい。
「ひしゃげるって言わないで? 生々しいから」
「何言ってんだ朔弥。今目の前に生々しい死体があるだろーが。まだ鮮度があってぴちぴちだぞ?」
「生鮮食品と勘違いしてるこの人・・・」
ブラックにも程があるジョークを吐きながら、僕は目を瞑り集中した。
音の消失と耳鳴りが最大になった時、目を開ければ僕の顔を覗き見るかのように、被害者の女性「天城理沙子」の霊がいた。
「ウワッ、びっくりしたなぁもう!」
「何でグー◯ーの声真似?」
『・・・・・・そこに、誰かいるの?』
「あ?」
天城は、僕を見ているのではなかった。あくまで気配を感じているだけであって、その目で視認しているのではなかった。
そもそも、彼女には目がなかった。目が無い状態で現れたということは、死ぬ前に既に目を抉り取られていたことの証左である。
生きたまま目を抉られる。想像を絶する恐怖と痛みなのは言うまでもない。
唯一霊に触れられる夜見は、宙を手探りする彼女の手を掴んだ。
『あ! 誰かいるのですね?』
「おう、探偵の夜見と湊だ。まぁ、こういった事件専門だ」
「はじめまして、天城さん」
朔弥は声の距離と僕が手を掴んでいる場所から、天城の場所を推測して話している。天城も朔弥の方を向いて綺麗な会釈をした。目が無いせいで怖いの方が勝ってはいるが、悪霊化していないだけマシだろう。
「トラウマ掘り返すようで悪いんだけど、最期の記憶ってある?」
『最期・・・・・・・・・』
「犯人の顔は見たんですか?」
『いいえ、犯人はマスクをしていました。とても恐ろしかった。長い黒髪、飛び出るくらい見開いた目、裂けたような笑み・・・』
「こっわ、どんなマスクやねん」
朔弥は天城の証言をもとに特徴に当てはまるマスクを探してみた。
すると、ちょうど特徴に当てはまるマスクが画像で出てきた。かつてソーシャルメディアで流行った、存在しない都市伝説「Momoチャレンジ」のマスクだった。
「犯人は何でこんなマスクをしてたんだろう。もっと良いものとか見やすいものあったと思うんだけど」
朔弥が顎に手を当てて考えている横で、僕はあることに引っ掛かりを覚えた。
犯人は何故、生きている時に目を抉ったのだろう?
歴史上、被害者の特定部分を切り取って持ち帰る例は多々あった。阿部定事件のように、性的な部位を切り取る実例の方が目立つが、この犯人はそうではなく、目だけを取っている。
目を集めたい性癖なのか。そう考えたが違和感がある。だったら、被害者の目をよく見るようなマスクを選ぶだろう。朔弥の言った通りだ。
何故、何故、何故・・・。思考の泥沼という、探偵には心地よい深みにハマっていきかけたところで、西原の声がした。
「夜見、湊。下り方面にある高幡不動駅で昨夜、不審な男を目撃したって情報が入った。一緒に行くぞ」
西原に言われて、僕たち三人は移動を始めた。天城は目が見えないので僕が手を引っ張って誘導していく。霊に重さという概念はないので、彼女を連れて行くのは容易だった。
久しぶりに霊の手を握ったが、暖かさも冷たさもない。その場の空気を掴んでいる、と言うのが正しい表現だった。
西原の背中を見ている間も、僕の脳ではずっと、犯人が怖いマスクをしていた理由が渦巻いていた。
具体的には、百草園駅近く。
夜の郊外に相応しくない闇が人知れず横たわっていた。車の往来も人の足音すらない、電車のけたたましい走音以外が排除された世界。
そこに、奇妙なマネキンが落ちていた。いや、マネキンのように打ち捨てられた、人間があった。
草と砂利に塗れた肉袋が転がっている。前後満遍なく汚れていることから、楽しく跳ね回ったことは容易に想像できた。
死体は折れ曲がった四肢や血よりも、深淵のような穴を思わせる眼窩が何より悍ましかった。
数時間後、、夜明け前、巡回警備員が見つけた時の声は、最もこの夜を裂いていた。
~早朝 京王線沿い~
「アァ~・・・・・・眠ぃ」
「夜更かしでもしてた?」
「世界の不思議50選を寝落ちで聞いてた」
「眠れますそれ?」
僕たちは朝から警察の依頼で叩き起こされ、こうして京王線沿いを歩いている。線路沿いに捨てられたかのように遺棄された死体があると聞いている。しかもその遺体には眼がないというのだ。
そんな猟奇的な事件は行かざるを得ない。他の人間にそんな面白いことを解かれるなんて嫌だ。
「よう夜見、湊。待ってたぜ」
「西原、タバコ臭いぞ。そろそろ本数減らそうぜ」
「代わりにお香でも吸えってか? 除霊効果のある煙吸ってるデカって何だよ。奇抜すぎるだろ」
軽口もそこそこに、現場に入ると文字通り捨てられた人形のような見た目だ。予想していたのと少し違うのは、その遺体は女性のものだった。
膝上までの短いスカートに黒のトップス。靴は片方脱げてしまっているが、これも黒いパンプスだ。
顔は幼さの残る可愛めな顔相だが、それを感じさせないほどに、失われた眼球が異彩を放っていた。
「うわぁ、エゲェな」
「目は落ちてなかったんですか?」
「お前らが来る一時間前から捜索はしてるが、一向に見つからん。犯人が目を抉り取って、死体だけここに捨てたってとこだろ」
線路横の叢の中で捜査官たちが文字通り草の根をかき分けて証拠を探している。正直、そこを探しても何も出ないだろう。線路の下に敷き詰められている石が少しも飛び散っていない。つまり、その茂みに何かが転がり落ちている可能性は限りなく低い。
見つからないものを見落としている。天体観測(?)
「今すごくしょーもないこと考えたよね?」
「エスパー伊◯か君は」
「エスパーしか合ってないじゃん」
死体に近づいて、眼窩の中をライトで見てみる。周りに傷は一切なく、血液以外の体液も無い。しかし血が外に流れていることから、洗ったわけでもない。綺麗に眼球だけを潰すことなくくり抜いている。犯人は医学知識のある人間だろう。
「財布とか身分証明は?」
「何も取られてなかった。被害者は天城理沙子25歳。自宅は調布市で、今役所に確認を取らせてる」
「ふーん。手足が折れてる理由は?」
「人の手で折られた形跡なし。猛スピードで落下しないとここまで折れない。恐らく、犯人は走行中の電車の上に、橋の上とかから投げ入れて死体を遠くに運ばせたんだろう。そして途中で死体がずり落ちてこの様」
「賛成。京王線は時速105キロが上限だから、その速度で地面に落ちたらこんくらいはひしゃげるだろーね」
ひしゃげる、という言葉に朔弥が苦い顔で反応した。あまり良い響きの言葉ではないからだろう。嫌なイメージをしてしまったらしい。
「ひしゃげるって言わないで? 生々しいから」
「何言ってんだ朔弥。今目の前に生々しい死体があるだろーが。まだ鮮度があってぴちぴちだぞ?」
「生鮮食品と勘違いしてるこの人・・・」
ブラックにも程があるジョークを吐きながら、僕は目を瞑り集中した。
音の消失と耳鳴りが最大になった時、目を開ければ僕の顔を覗き見るかのように、被害者の女性「天城理沙子」の霊がいた。
「ウワッ、びっくりしたなぁもう!」
「何でグー◯ーの声真似?」
『・・・・・・そこに、誰かいるの?』
「あ?」
天城は、僕を見ているのではなかった。あくまで気配を感じているだけであって、その目で視認しているのではなかった。
そもそも、彼女には目がなかった。目が無い状態で現れたということは、死ぬ前に既に目を抉り取られていたことの証左である。
生きたまま目を抉られる。想像を絶する恐怖と痛みなのは言うまでもない。
唯一霊に触れられる夜見は、宙を手探りする彼女の手を掴んだ。
『あ! 誰かいるのですね?』
「おう、探偵の夜見と湊だ。まぁ、こういった事件専門だ」
「はじめまして、天城さん」
朔弥は声の距離と僕が手を掴んでいる場所から、天城の場所を推測して話している。天城も朔弥の方を向いて綺麗な会釈をした。目が無いせいで怖いの方が勝ってはいるが、悪霊化していないだけマシだろう。
「トラウマ掘り返すようで悪いんだけど、最期の記憶ってある?」
『最期・・・・・・・・・』
「犯人の顔は見たんですか?」
『いいえ、犯人はマスクをしていました。とても恐ろしかった。長い黒髪、飛び出るくらい見開いた目、裂けたような笑み・・・』
「こっわ、どんなマスクやねん」
朔弥は天城の証言をもとに特徴に当てはまるマスクを探してみた。
すると、ちょうど特徴に当てはまるマスクが画像で出てきた。かつてソーシャルメディアで流行った、存在しない都市伝説「Momoチャレンジ」のマスクだった。
「犯人は何でこんなマスクをしてたんだろう。もっと良いものとか見やすいものあったと思うんだけど」
朔弥が顎に手を当てて考えている横で、僕はあることに引っ掛かりを覚えた。
犯人は何故、生きている時に目を抉ったのだろう?
歴史上、被害者の特定部分を切り取って持ち帰る例は多々あった。阿部定事件のように、性的な部位を切り取る実例の方が目立つが、この犯人はそうではなく、目だけを取っている。
目を集めたい性癖なのか。そう考えたが違和感がある。だったら、被害者の目をよく見るようなマスクを選ぶだろう。朔弥の言った通りだ。
何故、何故、何故・・・。思考の泥沼という、探偵には心地よい深みにハマっていきかけたところで、西原の声がした。
「夜見、湊。下り方面にある高幡不動駅で昨夜、不審な男を目撃したって情報が入った。一緒に行くぞ」
西原に言われて、僕たち三人は移動を始めた。天城は目が見えないので僕が手を引っ張って誘導していく。霊に重さという概念はないので、彼女を連れて行くのは容易だった。
久しぶりに霊の手を握ったが、暖かさも冷たさもない。その場の空気を掴んでいる、と言うのが正しい表現だった。
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