8 / 10
第二章 見えない殺人犯
第七話 一寸先は闇
しおりを挟む
京王線沿いの線路横。
具体的には、百草園駅近く。
夜の郊外に相応しくない闇が人知れず横たわっていた。車の往来も人の足音すらない、電車のけたたましい走音以外が排除された世界。
そこに、奇妙なマネキンが落ちていた。いや、マネキンのように打ち捨てられた、人間があった。
草と砂利に塗れた肉袋が転がっている。前後満遍なく汚れていることから、楽しく跳ね回ったことは容易に想像できた。
死体は折れ曲がった四肢や血よりも、深淵のような穴を思わせる眼窩が何より悍ましかった。
数時間後、、夜明け前、巡回警備員が見つけた時の声は、最もこの夜を裂いていた。
~早朝 京王線沿い~
「アァ~・・・・・・眠ぃ」
「夜更かしでもしてた?」
「世界の不思議50選を寝落ちで聞いてた」
「眠れますそれ?」
僕たちは朝から警察の依頼で叩き起こされ、こうして京王線沿いを歩いている。線路沿いに捨てられたかのように遺棄された死体があると聞いている。しかもその遺体には眼がないというのだ。
そんな猟奇的な事件は行かざるを得ない。他の人間にそんな面白いことを解かれるなんて嫌だ。
「よう夜見、湊。待ってたぜ」
「西原、タバコ臭いぞ。そろそろ本数減らそうぜ」
「代わりにお香でも吸えってか? 除霊効果のある煙吸ってるデカって何だよ。奇抜すぎるだろ」
軽口もそこそこに、現場に入ると文字通り捨てられた人形のような見た目だ。予想していたのと少し違うのは、その遺体は女性のものだった。
膝上までの短いスカートに黒のトップス。靴は片方脱げてしまっているが、これも黒いパンプスだ。
顔は幼さの残る可愛めな顔相だが、それを感じさせないほどに、失われた眼球が異彩を放っていた。
「うわぁ、エゲェな」
「目は落ちてなかったんですか?」
「お前らが来る一時間前から捜索はしてるが、一向に見つからん。犯人が目を抉り取って、死体だけここに捨てたってとこだろ」
線路横の叢の中で捜査官たちが文字通り草の根をかき分けて証拠を探している。正直、そこを探しても何も出ないだろう。線路の下に敷き詰められている石が少しも飛び散っていない。つまり、その茂みに何かが転がり落ちている可能性は限りなく低い。
見つからないものを見落としている。天体観測(?)
「今すごくしょーもないこと考えたよね?」
「エスパー伊◯か君は」
「エスパーしか合ってないじゃん」
死体に近づいて、眼窩の中をライトで見てみる。周りに傷は一切なく、血液以外の体液も無い。しかし血が外に流れていることから、洗ったわけでもない。綺麗に眼球だけを潰すことなくくり抜いている。犯人は医学知識のある人間だろう。
「財布とか身分証明は?」
「何も取られてなかった。被害者は天城理沙子25歳。自宅は調布市で、今役所に確認を取らせてる」
「ふーん。手足が折れてる理由は?」
「人の手で折られた形跡なし。猛スピードで落下しないとここまで折れない。恐らく、犯人は走行中の電車の上に、橋の上とかから投げ入れて死体を遠くに運ばせたんだろう。そして途中で死体がずり落ちてこの様」
「賛成。京王線は時速105キロが上限だから、その速度で地面に落ちたらこんくらいはひしゃげるだろーね」
ひしゃげる、という言葉に朔弥が苦い顔で反応した。あまり良い響きの言葉ではないからだろう。嫌なイメージをしてしまったらしい。
「ひしゃげるって言わないで? 生々しいから」
「何言ってんだ朔弥。今目の前に生々しい死体があるだろーが。まだ鮮度があってぴちぴちだぞ?」
「生鮮食品と勘違いしてるこの人・・・」
ブラックにも程があるジョークを吐きながら、僕は目を瞑り集中した。
音の消失と耳鳴りが最大になった時、目を開ければ僕の顔を覗き見るかのように、被害者の女性「天城理沙子」の霊がいた。
「ウワッ、びっくりしたなぁもう!」
「何でグー◯ーの声真似?」
『・・・・・・そこに、誰かいるの?』
「あ?」
天城は、僕を見ているのではなかった。あくまで気配を感じているだけであって、その目で視認しているのではなかった。
そもそも、彼女には目がなかった。目が無い状態で現れたということは、死ぬ前に既に目を抉り取られていたことの証左である。
生きたまま目を抉られる。想像を絶する恐怖と痛みなのは言うまでもない。
唯一霊に触れられる夜見は、宙を手探りする彼女の手を掴んだ。
『あ! 誰かいるのですね?』
「おう、探偵の夜見と湊だ。まぁ、こういった事件専門だ」
「はじめまして、天城さん」
朔弥は声の距離と僕が手を掴んでいる場所から、天城の場所を推測して話している。天城も朔弥の方を向いて綺麗な会釈をした。目が無いせいで怖いの方が勝ってはいるが、悪霊化していないだけマシだろう。
「トラウマ掘り返すようで悪いんだけど、最期の記憶ってある?」
『最期・・・・・・・・・』
「犯人の顔は見たんですか?」
『いいえ、犯人はマスクをしていました。とても恐ろしかった。長い黒髪、飛び出るくらい見開いた目、裂けたような笑み・・・』
「こっわ、どんなマスクやねん」
朔弥は天城の証言をもとに特徴に当てはまるマスクを探してみた。
すると、ちょうど特徴に当てはまるマスクが画像で出てきた。かつてソーシャルメディアで流行った、存在しない都市伝説「Momoチャレンジ」のマスクだった。
「犯人は何でこんなマスクをしてたんだろう。もっと良いものとか見やすいものあったと思うんだけど」
朔弥が顎に手を当てて考えている横で、僕はあることに引っ掛かりを覚えた。
犯人は何故、生きている時に目を抉ったのだろう?
歴史上、被害者の特定部分を切り取って持ち帰る例は多々あった。阿部定事件のように、性的な部位を切り取る実例の方が目立つが、この犯人はそうではなく、目だけを取っている。
目を集めたい性癖なのか。そう考えたが違和感がある。だったら、被害者の目をよく見るようなマスクを選ぶだろう。朔弥の言った通りだ。
何故、何故、何故・・・。思考の泥沼という、探偵には心地よい深みにハマっていきかけたところで、西原の声がした。
「夜見、湊。下り方面にある高幡不動駅で昨夜、不審な男を目撃したって情報が入った。一緒に行くぞ」
西原に言われて、僕たち三人は移動を始めた。天城は目が見えないので僕が手を引っ張って誘導していく。霊に重さという概念はないので、彼女を連れて行くのは容易だった。
久しぶりに霊の手を握ったが、暖かさも冷たさもない。その場の空気を掴んでいる、と言うのが正しい表現だった。
西原の背中を見ている間も、僕の脳ではずっと、犯人が怖いマスクをしていた理由が渦巻いていた。
具体的には、百草園駅近く。
夜の郊外に相応しくない闇が人知れず横たわっていた。車の往来も人の足音すらない、電車のけたたましい走音以外が排除された世界。
そこに、奇妙なマネキンが落ちていた。いや、マネキンのように打ち捨てられた、人間があった。
草と砂利に塗れた肉袋が転がっている。前後満遍なく汚れていることから、楽しく跳ね回ったことは容易に想像できた。
死体は折れ曲がった四肢や血よりも、深淵のような穴を思わせる眼窩が何より悍ましかった。
数時間後、、夜明け前、巡回警備員が見つけた時の声は、最もこの夜を裂いていた。
~早朝 京王線沿い~
「アァ~・・・・・・眠ぃ」
「夜更かしでもしてた?」
「世界の不思議50選を寝落ちで聞いてた」
「眠れますそれ?」
僕たちは朝から警察の依頼で叩き起こされ、こうして京王線沿いを歩いている。線路沿いに捨てられたかのように遺棄された死体があると聞いている。しかもその遺体には眼がないというのだ。
そんな猟奇的な事件は行かざるを得ない。他の人間にそんな面白いことを解かれるなんて嫌だ。
「よう夜見、湊。待ってたぜ」
「西原、タバコ臭いぞ。そろそろ本数減らそうぜ」
「代わりにお香でも吸えってか? 除霊効果のある煙吸ってるデカって何だよ。奇抜すぎるだろ」
軽口もそこそこに、現場に入ると文字通り捨てられた人形のような見た目だ。予想していたのと少し違うのは、その遺体は女性のものだった。
膝上までの短いスカートに黒のトップス。靴は片方脱げてしまっているが、これも黒いパンプスだ。
顔は幼さの残る可愛めな顔相だが、それを感じさせないほどに、失われた眼球が異彩を放っていた。
「うわぁ、エゲェな」
「目は落ちてなかったんですか?」
「お前らが来る一時間前から捜索はしてるが、一向に見つからん。犯人が目を抉り取って、死体だけここに捨てたってとこだろ」
線路横の叢の中で捜査官たちが文字通り草の根をかき分けて証拠を探している。正直、そこを探しても何も出ないだろう。線路の下に敷き詰められている石が少しも飛び散っていない。つまり、その茂みに何かが転がり落ちている可能性は限りなく低い。
見つからないものを見落としている。天体観測(?)
「今すごくしょーもないこと考えたよね?」
「エスパー伊◯か君は」
「エスパーしか合ってないじゃん」
死体に近づいて、眼窩の中をライトで見てみる。周りに傷は一切なく、血液以外の体液も無い。しかし血が外に流れていることから、洗ったわけでもない。綺麗に眼球だけを潰すことなくくり抜いている。犯人は医学知識のある人間だろう。
「財布とか身分証明は?」
「何も取られてなかった。被害者は天城理沙子25歳。自宅は調布市で、今役所に確認を取らせてる」
「ふーん。手足が折れてる理由は?」
「人の手で折られた形跡なし。猛スピードで落下しないとここまで折れない。恐らく、犯人は走行中の電車の上に、橋の上とかから投げ入れて死体を遠くに運ばせたんだろう。そして途中で死体がずり落ちてこの様」
「賛成。京王線は時速105キロが上限だから、その速度で地面に落ちたらこんくらいはひしゃげるだろーね」
ひしゃげる、という言葉に朔弥が苦い顔で反応した。あまり良い響きの言葉ではないからだろう。嫌なイメージをしてしまったらしい。
「ひしゃげるって言わないで? 生々しいから」
「何言ってんだ朔弥。今目の前に生々しい死体があるだろーが。まだ鮮度があってぴちぴちだぞ?」
「生鮮食品と勘違いしてるこの人・・・」
ブラックにも程があるジョークを吐きながら、僕は目を瞑り集中した。
音の消失と耳鳴りが最大になった時、目を開ければ僕の顔を覗き見るかのように、被害者の女性「天城理沙子」の霊がいた。
「ウワッ、びっくりしたなぁもう!」
「何でグー◯ーの声真似?」
『・・・・・・そこに、誰かいるの?』
「あ?」
天城は、僕を見ているのではなかった。あくまで気配を感じているだけであって、その目で視認しているのではなかった。
そもそも、彼女には目がなかった。目が無い状態で現れたということは、死ぬ前に既に目を抉り取られていたことの証左である。
生きたまま目を抉られる。想像を絶する恐怖と痛みなのは言うまでもない。
唯一霊に触れられる夜見は、宙を手探りする彼女の手を掴んだ。
『あ! 誰かいるのですね?』
「おう、探偵の夜見と湊だ。まぁ、こういった事件専門だ」
「はじめまして、天城さん」
朔弥は声の距離と僕が手を掴んでいる場所から、天城の場所を推測して話している。天城も朔弥の方を向いて綺麗な会釈をした。目が無いせいで怖いの方が勝ってはいるが、悪霊化していないだけマシだろう。
「トラウマ掘り返すようで悪いんだけど、最期の記憶ってある?」
『最期・・・・・・・・・』
「犯人の顔は見たんですか?」
『いいえ、犯人はマスクをしていました。とても恐ろしかった。長い黒髪、飛び出るくらい見開いた目、裂けたような笑み・・・』
「こっわ、どんなマスクやねん」
朔弥は天城の証言をもとに特徴に当てはまるマスクを探してみた。
すると、ちょうど特徴に当てはまるマスクが画像で出てきた。かつてソーシャルメディアで流行った、存在しない都市伝説「Momoチャレンジ」のマスクだった。
「犯人は何でこんなマスクをしてたんだろう。もっと良いものとか見やすいものあったと思うんだけど」
朔弥が顎に手を当てて考えている横で、僕はあることに引っ掛かりを覚えた。
犯人は何故、生きている時に目を抉ったのだろう?
歴史上、被害者の特定部分を切り取って持ち帰る例は多々あった。阿部定事件のように、性的な部位を切り取る実例の方が目立つが、この犯人はそうではなく、目だけを取っている。
目を集めたい性癖なのか。そう考えたが違和感がある。だったら、被害者の目をよく見るようなマスクを選ぶだろう。朔弥の言った通りだ。
何故、何故、何故・・・。思考の泥沼という、探偵には心地よい深みにハマっていきかけたところで、西原の声がした。
「夜見、湊。下り方面にある高幡不動駅で昨夜、不審な男を目撃したって情報が入った。一緒に行くぞ」
西原に言われて、僕たち三人は移動を始めた。天城は目が見えないので僕が手を引っ張って誘導していく。霊に重さという概念はないので、彼女を連れて行くのは容易だった。
久しぶりに霊の手を握ったが、暖かさも冷たさもない。その場の空気を掴んでいる、と言うのが正しい表現だった。
西原の背中を見ている間も、僕の脳ではずっと、犯人が怖いマスクをしていた理由が渦巻いていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する
黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。
だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。
どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど??
ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に──
家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。
何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。
しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。
友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。
ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。
表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、
©2020黄札
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/5:『ひとのえ』の章を追加。2025/12/12の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/4:『こうしゅうといれ』の章を追加。2025/12/11の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/3:『かがみのむこう』の章を追加。2025/12/10の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/2:『へびくび』の章を追加。2025/12/9の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
M性に目覚めた若かりしころの思い出
kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。
一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる