僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね

舞々

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EPISODE2 懐かしい感覚

懐かしい感覚②

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 怜音が作ってくれたシチューは美味しくて、体がポカポカしてくるのを感じる。こうやって誰かと食事をしたのだって、本当に久しぶりだ。


「先にお風呂入っておいで? もしかして、お風呂にもあまり入ってなかったとか?」
「あ、ごめん。もしかして臭かった?」
「全然。蒼ちゃんからは甘いフェロモンの香りしかしないよ」
「え?」
 怜音の言葉に蒼汰はハッと顔を上げる。蒼汰は、自分がヒートしていることを、うっかり忘れてしまっていたのだ。
 一人でいるときは、とにかく体調が悪くて憂鬱だった。ずっと体の奥に燻っている熱さから、解放されることなんてなかったから。
 でも、こうやって怜音に大切にされているうちに、無意識ではあるけれどΩの本能が満たされていたのかもしれない。


 ――やっぱり、αってすごい……。
 つい、怜音の優しさに絆されそうになってしまう。


「蒼ちゃん、抑制剤飲んでる?」
「前に病院でもらった薬は飲み終わっちゃって……。今はネットで買える抑制剤を飲んでる。でもあんまり効かなくて、弱いヒートがダラダラと続いてる感じがするんだ」
「ネットで売ってる抑制剤なんて信用できないよ! 粗悪品だったらどうすんの? それなら、明日知り合いの医者から抑制剤処方してもらってくるよ」
「え? でも……」
「だって、俺がヒートを鎮めるわけにはいかないもん」
 その言葉に、蒼汰の顔に一瞬で熱が籠る。
 ヒートを鎮めるってことは、自分が怜音に抱かれるということだ。そう思えば鼓動がどんどん速くなるのを感じた。
「ふふっ。大丈夫だよ。突然襲ったりなんかしないよ。蒼ちゃんに会いに来る前に、俺だってちゃんとブロッカー飲んでるし。それに、蒼ちゃんが俺と番になってもいいって思えるまで、俺は待つから」
「怜音君……」
「じゃあ、風呂に入ってきて。俺は食器片付けちゃうね」
 蒼汰は怜音に背中を押されるように、浴室へと向かったのだった。


 ちゃんとした食事に、温かなお風呂。
 本当にこんな生活は久しぶりだ。風呂から上がればキッチンは綺麗に片付けられているし、洗濯機だって回っている。この洗濯機が動いているのなんて、いつぶりだろうか。


「蒼ちゃん。こっち来て。髪乾かしてあげるから」
「あ、うん」
 嬉しそうに手招きをする怜音の傍へと行けば、優しく手を引かれ、怜音の足と足の間に座らされた。
「じゃあ、ドライヤーかけるからね」
 このドライヤーだって久しぶりに見た。ドライヤーから吹いてくる温かな風と、髪に触れる怜音の手が気持ちよくてつい眠くなってきてしまう。
「眠かったら寝ていいよ」
「うーん……」
「ふふっ、蒼ちゃん可愛い」
 低くて優しい怜音の声が心地いい。


 恋人にフラれた日からぐっすり眠れなくなってしまったから、こんな風に眠くなるのなんて、本当に久しぶりだ。起きていれば考えなくてもいいことばかりを考えて、更に憂鬱になっていく。
 明るい日差しが怖くて、ずっとカーテンを閉めた薄暗い部屋の中で生きてきた。
 そんな蒼汰の全身から、自然と力が抜けていく。両方の肩がダランと下がり、体がポカポカと温かい。


「怜音君、来てくれてありがとう」
「どういたしまして」
「本当にありがとう」
 頬に柔らかなものが触れた感覚がしたから、そっと目を開く。そこには、優しく微笑む怜音がいた。
「大丈夫だよ。これからは俺がいつも蒼ちゃんの傍にいる」
「うん」
「おやすみ、蒼ちゃん」
「あったかい……おやすみ、怜音君……」
 怜音の優しい声を聞きながら、蒼汰は意識を手放した。


◇◆◇◆


 その日、蒼汰は夢を見た。
 そこは地元で有名な銀杏並木。秋の柔らかな日差しが差し込む遊歩道はきらきらと輝いて見える。
 真っ白な雲が浮かぶ真っ青な空に、髪を優しく揺らす爽やかな秋風。あんなに暑かった夏が、嘘のように感じられた。
 この銀杏並木は、蒼汰の通学路だった。まだ小さな体に大きなランドセルを背負い、学校に通った小学校時代。
 蒼汰の隣にいたのは怜音だった。体の小さい蒼汰を気遣ってか、怜音はいつも手を繋いでくれる。それが嬉しかったけど、少しだけ照れくさかった。


「ねぇ、蒼ちゃん。この前の第二次性の結果はなんだった?」
「俺はね、Ωだったよ。怜音君は?」
「俺はαだった」
「へぇ、凄いなぁ。αなんてかっこいい!」
 素直に怜音を褒めれば、鼻の頭を掻きながら照れくさそうに笑う。そんな姿がとてもかっこよく見えた。
 怜音は頭もいいし、運動神経だって抜群だ。友達だって多い。蒼汰にとって、怜音は憧れの存在だった。


「ねぇ蒼ちゃん」
「なぁに?」
「俺たちが二十歳になったら結婚しよう?」
「え? 結婚?」
「うん。男同士でも‪α‬とΩなら結婚できるんだよ。だから、蒼ちゃん。俺と番になって?」‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬
「……番……」


 顔を真っ赤にしながら必死な顔で自分を見つめてくる怜音。切れ長の目にはたくさんの涙が浮かんでいて……今にも泣き出してしまいそうだ。
 銀杏から差し込む木漏れ日で、怜音の色素の薄い髪がキラキラと光る。遊歩道を吹き抜ける秋風が、火照った頬を冷やしてくれた。


「俺は、蒼ちゃんと番になりたい」
「怜音君……」
「俺たちが二十歳になるときに、必ず迎えに行くから待ってて」
 繋いだ手に更に力が込められて、蒼汰はドキドキしてしまった。
「わかった。俺も怜音君と番になりたい」
「本当に?」
「本当だよ。大人になったら結婚しようね」
「やったぁ!」
 二人で無邪気に微笑んだ。


 そんな遥か昔の記憶……。あまりにもキラキラと輝いているものだから、無意識に心の奥底に封じ込めてしまった気がする。
 あれから少しして、怜音は母親の実家へと引っ越してしまった。あの当時、まだ幼かった二人はスマホなんて勿論持っておらず、そのまま疎遠になってしまったのだ。


「あぁ、懐かしい夢を見たなぁ」
 突然思い起こされた記憶に胸が熱くなる。
 蒼汰が目を覚ますと、すぐ隣には穏やかな寝息をたてて眠る怜音がいる。
 不完全なヒートと言えど、フェロモンが溢れ出す自分に手を出すこともなく、狭いベッドにくっついて眠っている怜音に驚いてしまった。
 どこまでも真面目なこの男に、胸が熱くなる。


「あの時の約束を覚えていてくれたんだね」
 今目の前にいる怜音は、あの頃の面影を残しているとは言え、本当にイケメンに成長してしまった。
 そんな怜音が自分を訪ねてきてくれたことが信じられなくて……涙が溢れ出しそうになる。
「ありがとう、怜音君」
 すやすやと気持ち良さそうに眠る怜音の髪を、優しく撫でて、その腕の中に体を寄せる。
 再び睡魔に襲われた蒼汰は、怜音の温もりを感じながら、そっと目を閉じた。
 

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