僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね

舞々

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EPISODE3 新しい生活

新しい生活①

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「蒼ちゃん、俺学校行ってくるね」
「ん、んん……」
「テーブルの上におにぎり作っておいたから、食べられるようなら食べて」
「……怜音君?」
「行ってきます」
 優しく前髪を掻き上げられて額に口付けられる。その瞬間、トクンと心臓が跳ね上がる。胸が甘く締め付けられた。
 突然怜音がアパートにやって来てから、もうすぐ一週間が過ぎようとしている。はじめの頃は、怜音と生活を共にすることに対して強い抵抗があったけれど、そんな蒼汰の不安とは裏腹に、穏やかな生活が続いていた。
 もうずっと前から一緒に住んでいたのではないか……という錯覚さえしてしまうくらい、怜音と過ごす時間は心地がいい。
 

 蒼汰は失恋して以来、昼夜関係のない生活を送っていた。早朝に目が覚めることがあれば、夕方までずっと眠っていることもある。
 起きていても、特に何もすることなんてないから、スマホを眺めていたり、漫画を読んだり。だけど何をしていても心が動かされることなんてなかった。
 蒼汰はもともと裕福な家庭で育ったから、お金に苦労したことはない。だから、こんな堕落した生活は自分だから許されることだ……なんてことはわかっている。全く自立できていない自分に、心底嫌気がさしてくる。
 ただ茫然と、一日が過ぎていって……虚しさだけが募っていった。


 蒼汰が目を覚ましたのは、太陽の日差しが降り注ぐ正午過ぎ。あぁ、またこんな時間まで寝てしまった……と自己嫌悪に陥る瞬間。
 テーブルに視線を移すと、大きな三角形のおにぎりが置かれていた。
「あ、怜音君が作ってくれたおにぎりだ」
 今まで劣悪な食生活を送っていた蒼汰には、手作りのおにぎりが温かなものに感じられる。こんな自分のことを気にかけてくれる怜音の優しさに、鼻の奥がツンッとなった。
「いただきます」
 蒼汰は両手を合わせてから大きなおにぎりに噛り付く。
「美味しい」
 嬉しくて涙が出そうになった。
「怜音君、まだ帰って来ないのかな……」
 もう何回も時計を見てみるが、時計の針はなかなか動いてはくれない。やっぱり独りぼっちは寂しくて、心が張り裂けそうになる。
 加えて、燻り続けるヒートの熱が煩わしくて、泣きたくなった。


「あ、怜音君の匂いがする……」
 長いことベッドに蹲っていた蒼汰が飛び起きる。ふんわりと怜音のフェロモンの香りがしたような気がして、クンクンと鼻を鳴らせば……勘違いではなく、怜音の香りがした。
「近くに怜音君がいる」
 嬉しくて玄関まで走って行った蒼汰の足が、扉の前でピタッと止まる。やはり、この扉の向こう側にいくことには抵抗があった。
「怜音君、会いたい。会いたいよぉ」
 小さく呟きながら、グズグズと床にしゃがみ込む。
 ずっと待ち侘びた怜音がすぐ近くにいるというのに、怜音の元に駆け付けることさえできない自分が情けない。
「こんなに会いたいのに……」
 蒼汰は膝を抱えて、体を縮こませる。
 少しずつ近付いてくる[[rb:怜音 > α]]の香りに、体がどんどん疼き出すのを感じた。


「蒼ちゃん、ただいま。今から夕飯作るから起きて」
「ん……?」
「蒼ちゃん、なんで[[rb:玄関 > こんなところ]]にいるの? 寒いから早く部屋に行こう」
「怜音君……帰ってきたの?」
「うん、帰って来たよ。蒼ちゃん、お腹空いたでしょ? それに抑制剤も処方してもらってきたから」
「……抑制剤……?」
「うん。ご飯食べ終わったら抑制剤飲もう? ヒートが治まるから、体も楽になるよ」
 自分の体をそっと揺らす怜音。カーテンの隙間から日差しが差し込んでいないから、きっともう日が暮れた時間なのだろう。
 怜音から、フェロモンに交じって、ふわっと外の香りがした。


「怜音君、一人で寂しかった。寂しかったよぉ」
 蒼汰は無我夢中で怜音に抱きつく。外は寒いのだろうか。帰って来たばかりの怜音の体は冷たかった。
「一人は怖い……誰か一緒にいてくれないと、消えてしまいたくなる……」
「蒼ちゃん、何があったの?」
 怜音に優しく問われる。蒼汰はたくさんの涙を浮かべた瞳で怜音を見上げた。心配そうな顔をしている怜音。胸がギュッと締め付けられる。


 恋人に捨てられたときに、これからは一人だけで生きていこうと決めた。カーテンを閉めて、自分だけの殻に閉じこもって……。それなのに、怜音はそんな蒼汰だけの世界にいとも簡単に入り込んできた。
 それまでは一人でも大丈夫だったのに、怜音という温もりを知ってしまった途端、今まで以上に蒼汰は弱くなってしまった。
 誰かに甘える、ということを思い出してしまったから。
 どんどん地へと堕ちていく……そんな恐怖すら感じていた。


「なんでこんな風に引き籠ってしまったのか……その原因が俺は知りたい。蒼ちゃん、俺に全部話してよ?」
「怜音君……」
「お願い、蒼ちゃん」
 すがるような視線で顔を覗き込まれてしまえば、これ以上は逃げることなんてできない。蒼汰は深く息を吸ってから、恐る恐る口を開いた。
「怜音君がここにくる少し前に、将来番になろうって約束していた恋人と別れたんだ。向こうには、俺以外の番がいて……。それでも俺と一緒にいたいって言われたけど、俺はそれが許せなかった」
「蒼ちゃん、番になろうって約束してた人が、俺以外にもいたの?」
「ごめん、ごめんね……怜音君……だって、まさかあんな小さい頃の約束を覚えててくれていたなんて、思わなかったから……」
 蒼汰の瞳にたくさんの涙が溜まると、溜息を吐きながらも怜音が涙を拭ってくれる。でもその顔が、ひどく辛そうに見えた。


「俺と離れてる間、蒼ちゃんにそんな相手がいたなんて、すげぇヤキモチが妬ける。蒼ちゃん、俺ね、めちゃくちゃ嫉妬深いんだ。独占欲だって強いし。蒼ちゃんは俺だけのものなのに……」
「ごめん……」
「そいつとは体の関係あったの?」
「……うん……」
「もう最悪、許せねぇよ」
 まるで唸るように呟く怜音に、蒼汰は無我夢中で体を寄せる。まだ冷めやらないヒートにバラバラになってしまった心。心と体が「寂しい」と悲鳴をあげていた。


「俺も、許すように善処するけど、もうその男と会ったり連絡をとったりはしないでね」
「……うん、わかった……」
「約束だからね」
「うん」
 強く自分を抱き締めてくれる怜音の腕に、蒼汰は自分の体を委ねたのだった。
 お願い、離れていかないで……そう怜音に言いたかったけれど、そんな都合のいいことなんて言えるはずがない。 
 蒼汰は唇を噛み締めて、怜音の胸に顔を埋めた。


「ごめんね、怜音君。迷惑ばかりかけて」
「大丈夫だよ。……でも、少しだけ時間をちょうだい。俺も心の整理をしたいから」
「うん」
 怜音はいつも優しく頭を撫でてくれる。蒼汰は、いつからかそれを心地よく感じるようになっていた。
「……俺はなんて駄目な人間なんだろう……」
 同じ年だというのに、しっかり者の怜音を見ていると、更に自分が情けなくなってくる。
 ヒートのせいか、怠くて体も思うように動かない。ネットで売っている粗悪品を飲み続けたせいで、かえって症状を拗らせてしまったのかもしれない。
「もう、消えてしまいたい」
 涙が溢れそうになったから、慌てて手の甲で涙を拭ったのだった。


 
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