僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね

舞々

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EPISODE5 新しい第一歩

新しい第一歩①

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 あれからも、元彼からの連絡は続いていた。
 相変わらず「会いたい」「もう一度やり直したい」といった内容のメールだ。それが彼の本心じゃないなんてわかってはいる。でも、そんなメールが少しだけ気になってしまう蒼汰がいた。
「もう終わったことだから」
 そう何度も自分に言い聞かせる。あの人は、自分の玩具が一つなくなったことが面白くないだけなのだから。


 ただ、はっきりと「もう連絡をしてこないでほしい」と彼を突っぱねることが、蒼汰にはできないでいた。これが未練というものだろうか……蒼汰にはこの感情の正体がわからなかった。
 もう元彼と連絡をとらない、と怜音と約束をした。その約束を果たせていないことが心苦しくて。蒼汰の胸は締め付けられた。


 つい先程から、蒼汰のスマホが着信を知らせている。
 ――付き合ってたときにも、電話なんて滅多にしてきたことなんてないくせに、なんでこんなときに限って……。
 電話をかけてきているのは元彼だ。よりによって、怜音と一緒のときに電話をしてくるなんて。もし、未だに元彼と連絡を取り合っているなんて知ったら、怜音はどんな反応をするだろうか。
 考えただけで、冷や汗が出てくる。


「蒼ちゃん、ずっとスマホが鳴ってんじゃん。誰から電話?  出なくていいの?」
「あ、えっと……別に出なくて大丈夫だよ……」
「ふーん……」
 今までキッチンで食器を洗っていた怜音がリビングにやって来る。その顔は明らかに何かを怪しんでいるように見えて……自然と鼓動が速くなっていった。
 ヤバイ、上手くごまかさないと……そう思えば思うほど、挙動不審になっていく。


「もう一回聞くけど、蒼ちゃん、誰からの電話?」
「え? あの……」
 普段と違う怜音の声色に体がビクンと跳ね上がる。眉間に皺を寄せて蒼汰を見つめる怜音。その険しい表情に、何も言えなくなってしまった。
 ――怜音君、もしかして気付いてる?
 こんな怖い顔をした怜音を、蒼汰は見たことがなかった。怜音はいつも蒼汰のことを大切にしてくれるし、優しく話しかけてくれる。
 明らかに普段とは異なる怜音の雰囲気に、思わず息を呑んだ。


「電話の相手は誰?」
「あの、えっと……」
「もしかして元彼、とか……?」
 その言葉にヒュッと喉が鳴る。蒼汰は何も言えずに、すがるような視線で怜音を見上げた。
「やっぱり……まだ完全にきれてたわけじゃないんだね」
「怜音君、ごめん……」
「ごめんじゃないよ。とりあえずスマホ貸して」
「でも……」
「いいから貸して」


 怜音の凍りつくような視線に背筋を悪寒が走り抜ける。どうしていいかがわからずに、蒼汰はそっとスマホを差し出す。
 蒼汰からスマホを受け取ると、怜音は躊躇いもなく画面をタップした。
 そのスマホからは「もしもし、蒼汰? やっと出てくれた」という元彼の安堵した声が聞こえてくる。
 これから一体何が起こるのだろうか? そう考えただけで蒼汰は泣きたくなってしまった。
 今更ながら、元彼とこんな曖昧な関係を続けていた自分に腹が立ってくる。


「もしもし?」
「は? お前誰だ? 蒼汰じゃないだろう?」
 電話に出た相手が蒼汰ではないことに気が付いたのだろう。打って変わって、今度は電話の向こう側から不機嫌な元彼の声が聞こえてくる。


「ちょっと聞きたいんだけど……あんた、もしかして蒼ちゃんの元彼?」
「突然なんだよ。お前こそ誰だよ?」
「俺は、蒼ちゃんの運命の番だ」
「……運命の番、だって?」
「そうだ」
「はッ、お前なに馬鹿なことを言ってんだよ」
 凄みをきかせる元彼の声にも、怜音は全く怯む様子なんてない。むしろ、元彼のほうが警戒しているかのように感じられた。


「だからもう蒼ちゃんにちょっかいを出すなよ。あんたらはもう終わった関係なんだろう?」
「なんだと? 俺らはまだ終わってなんかねぇよ。蒼汰だって、まだ俺のことが好きなはずだ」
「お前のことがまだ好き?」
「そうだよ。結局あいつには俺しかいないんだよ。俺が素っ気なくしたから拗ねてるだけだろう?」
「はぁ?」
 その言葉で、怜音の切れ長の瞳に怒りが宿る。そんな二人のやり取りを聞いているのが怖くて、蒼汰は唇を噛み締めて俯いた。
「てかさ、蒼ちゃんは俺のもんだから、もう手を出さないでもらえるかな?」
「おい、お前ナメてんのか? そんなんで簡単に手を引くわけねぇだろうが?」
「ナメてなんかねぇよ。死ぬほど真剣だ。蒼ちゃんは俺の初恋の相手なんだから」


 初恋……怜音のその言葉に、蒼汰の心が震える。


「それに、お前が蒼ちゃんを裏切ったことが原因で、蒼ちゃんはすげぇ傷ついたんだ。俺は、蒼ちゃんを傷つける奴は何人たりとも許さねぇよ」
 握り締めた怜音の拳が震えている。余程怒っているのだろう。自分のために、こんなにも怒りを露わにする怜音の姿を見て、蒼汰の目頭が熱くなった。
「たった一人のΩさえ大事にできない男に、蒼ちゃんは渡せない」
「お前、ふざけんなよ?」
「今度蒼ちゃんにちょっかいを出してきたら、俺が相手になるからな?」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「じゃあ、そういうことで」
 そう言うと、怜音は電話を切ってしまう。
 それから無言でスマホを差し出してきたから、蒼汰は恐る恐るそれを受け取った。


「あのさ、蒼ちゃん。俺、怒ってるんだからね?」
「……うん。ごめん」
「まだ元彼と連絡をとってたなんて、俺、知らなかったし」
「別に連絡をとってたわけじゃなくて、向こうが勝手に……」
「言い訳なんかいいよ!」
 向こうが勝手に連絡してきただけだ、そう言おうとしたのを、怜音によって遮られてしまう。
 普段は声を荒らげることなんてない怜音の大きな声に、蒼汰の体が飛び跳ねる。自分を見つめる真っ直ぐな眼差しが怖くて、思わず怜音と距離をとった。


「でもさ、連絡がきたって無視するとか、もう電話してくるなって言うことはできただろう?  それができなかったってことは、蒼ちゃん、あいつが言う通りまだ未練があるんじゃないの?」
「別に未練なんか……」
「もういいよ、蒼ちゃん。そんなんだから、あいつの良いように扱われちゃうんだよ」
 怜音が今にも泣きそうな顔をしたから、蒼汰は口を噤む。
 今自分が何を言っても、それは言い訳にしかならないことを蒼汰自身もわかっていた。怜音の言う通り、ちゃんとけじめをつけずに、ダラダラと連絡を取っていたことは事実なのだから。
 蒼汰はギュッと唇を噛み締めて俯いた。


「……蒼ちゃん」
「…………!?」
 蒼汰は考える間もなく怜音に強く抱き締められる。抱擁なんて可愛らしいものでなくて、息ができなくなるくらいの力で……。


 ――やっぱり怜音君、すごく怒ってる。


 蒼汰は、怜音に少しだけ恐怖心を抱いた。
「蒼ちゃん、覚えておいて。俺は嫉妬深くて独占欲の強い、重い男なんだ」
「痛ッ!」
 突然首筋に歯をたてられた蒼汰は全身に力を込める。
「この首筋に噛み付くのは、この俺だから。覚えておいてね……」
「…………」
「元彼になんて渡さないよ。蒼ちゃんは俺のものだから」
 耳元で聞こえてくる怜音の声に、ゾクゾクッと背中に電流が走る。
 ――あぁ、この‪αには背けない……。‬‬‬‬‬‬
 蒼汰は自分を抱き締める力強い腕に、夢中でしがみついたのだった。


 
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