天使と悪魔が恋に堕ちて

舞々

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第八章 天使になった悪魔

天使になった悪魔①

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「ハノン。お前は本当にそれでいいのか?」
「はい。構いません」
「お前は、そんなに可愛らしい顔をしているくせに、本当に頑固だな」


 ハノンと呼ばれた青年を目の前に、悪魔のおさが大きな溜息をつく。 ここは悪魔が集う秘境。天国でも地獄でもなく、人間界でもない。
 一括りに悪魔と言っても、グリム童話や絵本に出てくる有名な者から、誰にも知られていない者まで実に様々だ。そんな悪魔達が、自由気ままに生きている……そんな世界である。


 長の目の前にいるハノンは、華奢な体に幼子のような可愛らしい顔付きをしている。硝子玉のような真ん丸な瞳に、雪のように透き通った白い肌。背中に生えた羽と同じくらい、漆黒色の長い髪がサラサラと顔にかかっている。年は人間でいうところの十六歳くらいだろうか。その割には酷く艶めかしく見えた。


「お前は、インキュバスだ。若い男と契を交わして精を得ない限り、生きていく道はないのだ」 
 もう何度も何度も同じ事を、孫であるハノンに言って聞かせてきた。いくら悪魔の長と言えど、このあまりにも美しい姿をした孫を死なせてしまうのは、非常に口惜しいのだろう。


「だからハノンよ、考え直せ」
「失礼ながら、お爺様……」
「またか……」
「はい」
 しかし何度ハノンを説得しても、首を縦に振ることは無かった。


「僕はインキュバスですが、愛する人とだけ契りたい」
「ハノン……」
「私は心の底から人を愛してみたい。そして、その人にだけ抱かれたい。不特定多数の人と契らなければ生きていけないのならば、僕はこんな命などいりません」
 その真っ直ぐな汚れなき瞳を見れば、なにも言い返すことなどできるはずがない。長は大きな溜息をついた。


「お前の気持ちはよくわかった。しかし、インキュバスとしての役目を果たせないのであれば、私はお前をこの地から追放するしかない。今すぐにここを出て行け」
 長の冷たい声が、無機質な室内に響き渡る。


「だが、可愛い孫として情けはかけてやる。お前は人間界へ行くがいい」
「人間界……?」
「そうだ。我々悪魔が人間界で生きて行ける可能性は非常に低い。が、しかし今ここで殺されなかっただけ感謝するがいい」
「な、何を……」
 長の太い腕がハノンの背中に回された次の瞬間、バキバキッという骨を砕くような鈍い音が聞こえてきた。


「…………!?」
「出来損ないには天罰を」
「んぁ! 痛い、くぅ……痛い……‼」


 ハノンの背中からは血が止めどなく滴り、冷たい床に血の水溜まりを作る。
 悲しそうにハノンを見下ろす長の手には、彼の真っ黒な片方の羽が握られていており……あまりの痛みに、ハノンは体を丸めて床に蹲った。


「行け、ハノン。インキュバスとしての役目を果たせないお前など、悪魔失格だ。役立たずはこの世界にはいらない」
「ウッ……グッ……はぁはぁ……」
「出ていくがいい」


 痛みで目の前が霞む中、ハノンは最後の力を振り絞り、残された片方の羽を大きく羽ばたかせたのだった。

 ハノンは必死に痛みを堪えて飛び続ける。


 長い長い洞窟を抜けて、鬱蒼と生い茂る森を超えた。どこに行ったらいいのかなんてわからなかった。大体、人間界に行ったところで自分の居場所があるわけがない。
 悪魔が人間に見つかれば、生かしておいてもらえるはずなどないのだから。


 それでも、ハノンは何かに導かれるかのように羽を動かし続けた。傷口からは生温かい血液がダラダラと流れ続け、まるでハノンの血液が雨のように地上へと降り注ぐ。
 夢中で飛び続ければ、ポツリポツリと人間の家が見えてきた。温かい光が灯るその光景は、とても綺麗だ。
 痛みから体がカタカタと震えて、涙が無意識に溢れ出す。それでもハノンは飛ぶことを止めなかった。


 広い湖を越えた先に見えてきたのは、石造りのとても古くて大きな教会だった。
 いつの間にか、白い蝶々のような雪が降り出して、少しずつ世界を銀色に染めていく。
 ハノンの吐息が、宝石のようにキラキラと輝いた。
 その教会は優しい蝋燭の灯火が揺れているのが遠くからでもわかる。


「あそこに行けば……きっと……」


 ハノンはその灯火に向かい、最後の力を振り絞った。






 
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