天使と悪魔が恋に堕ちて

舞々

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第十一章 悲しい別れ

悲しい別れ⑥

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 その日は寒い寒い日だった。昼間だというのに、雲の切れ間から弱い日光が差し込むだけで、今にも雪が降り出しそうだ。小部屋から外を眺めていれば、クリスマスツリーが庭師によって片づけられるところだった。


 ミセス・サラの葬儀も、厳かに行われたようだ。その式に参加できなかったことが、羽音は悔やまれてならない。
「最期のお別れがしたかったな……」
 壁に寄りかかったまま崩れるように座り込む。ミセス・サラのことを思い出すだけで、目頭が熱くなるのを感じた。
 インキュバスになってから、明らかに衰え始めた羽音の体……。もう、立っている事さえ辛かった。


「瑞稀……早く会いたい……」


 明日から冬休みに入ると、瑞稀が話していた。そんな事も、遥か遠い出来事のように感じられる。羽音は、人間の世界から、切り離された空間に閉じ込められてしまった。それでも、自分の為に冬休みも学園に残ってくれる瑞稀の優しさに、羽音の胸は熱くなる。
 困らせたくないのに、今の自分には瑞稀がいなければ生きていくことさえできない。


 背中に少し力を入れれば、真っ黒な羽がバサバサと音を立てた。
「両方の羽があれば、ここからいなくなれたのに……ここでは、死ぬことさえできやしない」
 羽音は、自分の存在さえ呪いたくなる。
 もうあの頃みたいに、片羽で飛ぶ力など羽音には残されていなかった。


「このまま消えてしまいたい……」


 窓の外には、いつの間にか雪が降り出していた。
 突然、室内に冷気が入り込んできたものだから、羽音はそっと窓に目をやる。そして、突然の訪問者に目を見開いた。

 
「……え?……」
「おい、お前は馬鹿なのか?」
「カナデ……」
 窓の外に突然姿を現したのは、インキュバスのカナデだった。瑞稀に聖水を掛けられたせいか、目元が痛々しく爛れている。
「お前、このままじゃ死ぬぞ? 瑞稀から精液を貰えよ?」
「…………」
 羽音は俯いたまま静かに首を横に振った。


「なんで? お前、死にたいのか?」
 カナデが声を荒げる。
「お前が瑞稀に抱かれれば、何の問題もないだろう? なのに何で?」
「何でって……。僕は、インキュバスとして瑞稀に抱かれたくなんかない」
「なんだと?」
「僕は、来栖羽音に戻りたい……」
「本当に強情なアホだよ。死んじまったら意味なんかねぇだろうが……」
 そう話している間にも、羽音は少しずつ意識が遠退いていくのを感じた。


「俺の友人だったインキュバスも、そんな綺麗事を言って死んでいった」
「え?」
「あいつも本当に馬鹿な奴だったよ」
「死んだ友人って……もしかして、ハク?」
「ああ、そうだ。俺はそんなハクを見ていることしかできなくて悔しかった。だから、俺は好きでもない男を犯すことを躊躇いもしなかった」
 今まで見たことのないカナデの辛そうな表情に、羽音は言葉を詰まらせる。


「それに、お前を見ているとハクを見ているようで辛い。だから、放っておけない。とりあえず、これを置いておくから食え」
「何それ?」
「白百合だ。これを食えば、少しは生き長らえるぞ」
「ありがとう。でも、いらない」
「いらない? お前、本当に死にたいのか?」
「うん。そうだね……僕は、死にたいのかもしれない」
 そう言いながら笑う羽音が、透き通るように綺麗で……カナデの背中をゾクゾクっと寒気が走り抜けた。


「僕は生まれ変わったら人間になりたい。そしたら、もう一度、瑞稀と恋をするんだ」
 それは、羽音の儚い夢だった。
「瑞稀……会いたい……」
 羽音は少しずつ、意識が遠退くのを感じて静かに目を閉じた。


「羽音。遅くなってすみません」
 優しい声が聞こえてきた瞬間、羽音の体が宙に浮いた。
「羽音、お待たせしてすみません」
「あ、瑞稀だ……」


「はい。明日から冬休みだから、ずっとずっと一緒にいられますよ」
 瑞稀がふわりと微笑めば、白百合の甘い香りが室内を満たしていく。


 今の羽音には、その香りで欲情する力さえなく、逆にそれに生かされているような気がする。
「いい香り……」
 羽音は、白百合の香りを思いきり吸い込んだ。


 瑞稀は、羽音を抱き抱えたままベッドに腰を下ろす。そして、羽音を抱き締めてくれた。
「羽音」
 優しく微笑まれてから、そっと口付けされる。その柔らかい感覚に、唇に感じる温もり……凍えそうな心に、小さな蝋燭が灯されたようだった。


「瑞稀のキス好き」
「俺も、羽音とのキスが好きです」
「んッ、ふぁ……んん」
「はぁ、ん、こら、羽音逃げるな……」
 羽音が酸素を求めて瑞稀から離れて行けば、腕を引かれて再びその唇に捕まってしまう。


「僕の生気を……受け取ってください」
「はぁ、あ、あぁ……」
 いつの間にか瑞稀に両手首を掴まれてしまい、羽音は唇を差し出す以外に方法は残されていない。瑞稀の熱い舌と、熱い唾液を口一杯に頬張った。


「羽音、お願い……星屑にならないで……」
 瑞稀の悲痛な声が、静かな夜に吸い込まれていった。
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