50 / 61
第十一章 悲しい別れ
悲しい別れ⑥
しおりを挟む
その日は寒い寒い日だった。昼間だというのに、雲の切れ間から弱い日光が差し込むだけで、今にも雪が降り出しそうだ。小部屋から外を眺めていれば、クリスマスツリーが庭師によって片づけられるところだった。
ミセス・サラの葬儀も、厳かに行われたようだ。その式に参加できなかったことが、羽音は悔やまれてならない。
「最期のお別れがしたかったな……」
壁に寄りかかったまま崩れるように座り込む。ミセス・サラのことを思い出すだけで、目頭が熱くなるのを感じた。
インキュバスになってから、明らかに衰え始めた羽音の体……。もう、立っている事さえ辛かった。
「瑞稀……早く会いたい……」
明日から冬休みに入ると、瑞稀が話していた。そんな事も、遥か遠い出来事のように感じられる。羽音は、人間の世界から、切り離された空間に閉じ込められてしまった。それでも、自分の為に冬休みも学園に残ってくれる瑞稀の優しさに、羽音の胸は熱くなる。
困らせたくないのに、今の自分には瑞稀がいなければ生きていくことさえできない。
背中に少し力を入れれば、真っ黒な羽がバサバサと音を立てた。
「両方の羽があれば、ここからいなくなれたのに……ここでは、死ぬことさえできやしない」
羽音は、自分の存在さえ呪いたくなる。
もうあの頃みたいに、片羽で飛ぶ力など羽音には残されていなかった。
「このまま消えてしまいたい……」
窓の外には、いつの間にか雪が降り出していた。
突然、室内に冷気が入り込んできたものだから、羽音はそっと窓に目をやる。そして、突然の訪問者に目を見開いた。
「……え?……」
「おい、お前は馬鹿なのか?」
「カナデ……」
窓の外に突然姿を現したのは、インキュバスのカナデだった。瑞稀に聖水を掛けられたせいか、目元が痛々しく爛れている。
「お前、このままじゃ死ぬぞ? 瑞稀から精液を貰えよ?」
「…………」
羽音は俯いたまま静かに首を横に振った。
「なんで? お前、死にたいのか?」
カナデが声を荒げる。
「お前が瑞稀に抱かれれば、何の問題もないだろう? なのに何で?」
「何でって……。僕は、インキュバスとして瑞稀に抱かれたくなんかない」
「なんだと?」
「僕は、来栖羽音に戻りたい……」
「本当に強情なアホだよ。死んじまったら意味なんかねぇだろうが……」
そう話している間にも、羽音は少しずつ意識が遠退いていくのを感じた。
「俺の友人だったインキュバスも、そんな綺麗事を言って死んでいった」
「え?」
「あいつも本当に馬鹿な奴だったよ」
「死んだ友人って……もしかして、ハク?」
「ああ、そうだ。俺はそんなハクを見ていることしかできなくて悔しかった。だから、俺は好きでもない男を犯すことを躊躇いもしなかった」
今まで見たことのないカナデの辛そうな表情に、羽音は言葉を詰まらせる。
「それに、お前を見ているとハクを見ているようで辛い。だから、放っておけない。とりあえず、これを置いておくから食え」
「何それ?」
「白百合だ。これを食えば、少しは生き長らえるぞ」
「ありがとう。でも、いらない」
「いらない? お前、本当に死にたいのか?」
「うん。そうだね……僕は、死にたいのかもしれない」
そう言いながら笑う羽音が、透き通るように綺麗で……カナデの背中をゾクゾクっと寒気が走り抜けた。
「僕は生まれ変わったら人間になりたい。そしたら、もう一度、瑞稀と恋をするんだ」
それは、羽音の儚い夢だった。
「瑞稀……会いたい……」
羽音は少しずつ、意識が遠退くのを感じて静かに目を閉じた。
「羽音。遅くなってすみません」
優しい声が聞こえてきた瞬間、羽音の体が宙に浮いた。
「羽音、お待たせしてすみません」
「あ、瑞稀だ……」
「はい。明日から冬休みだから、ずっとずっと一緒にいられますよ」
瑞稀がふわりと微笑めば、白百合の甘い香りが室内を満たしていく。
今の羽音には、その香りで欲情する力さえなく、逆にそれに生かされているような気がする。
「いい香り……」
羽音は、白百合の香りを思いきり吸い込んだ。
瑞稀は、羽音を抱き抱えたままベッドに腰を下ろす。そして、羽音を抱き締めてくれた。
「羽音」
優しく微笑まれてから、そっと口付けされる。その柔らかい感覚に、唇に感じる温もり……凍えそうな心に、小さな蝋燭が灯されたようだった。
「瑞稀のキス好き」
「俺も、羽音とのキスが好きです」
「んッ、ふぁ……んん」
「はぁ、ん、こら、羽音逃げるな……」
羽音が酸素を求めて瑞稀から離れて行けば、腕を引かれて再びその唇に捕まってしまう。
「僕の生気を……受け取ってください」
「はぁ、あ、あぁ……」
いつの間にか瑞稀に両手首を掴まれてしまい、羽音は唇を差し出す以外に方法は残されていない。瑞稀の熱い舌と、熱い唾液を口一杯に頬張った。
「羽音、お願い……星屑にならないで……」
瑞稀の悲痛な声が、静かな夜に吸い込まれていった。
ミセス・サラの葬儀も、厳かに行われたようだ。その式に参加できなかったことが、羽音は悔やまれてならない。
「最期のお別れがしたかったな……」
壁に寄りかかったまま崩れるように座り込む。ミセス・サラのことを思い出すだけで、目頭が熱くなるのを感じた。
インキュバスになってから、明らかに衰え始めた羽音の体……。もう、立っている事さえ辛かった。
「瑞稀……早く会いたい……」
明日から冬休みに入ると、瑞稀が話していた。そんな事も、遥か遠い出来事のように感じられる。羽音は、人間の世界から、切り離された空間に閉じ込められてしまった。それでも、自分の為に冬休みも学園に残ってくれる瑞稀の優しさに、羽音の胸は熱くなる。
困らせたくないのに、今の自分には瑞稀がいなければ生きていくことさえできない。
背中に少し力を入れれば、真っ黒な羽がバサバサと音を立てた。
「両方の羽があれば、ここからいなくなれたのに……ここでは、死ぬことさえできやしない」
羽音は、自分の存在さえ呪いたくなる。
もうあの頃みたいに、片羽で飛ぶ力など羽音には残されていなかった。
「このまま消えてしまいたい……」
窓の外には、いつの間にか雪が降り出していた。
突然、室内に冷気が入り込んできたものだから、羽音はそっと窓に目をやる。そして、突然の訪問者に目を見開いた。
「……え?……」
「おい、お前は馬鹿なのか?」
「カナデ……」
窓の外に突然姿を現したのは、インキュバスのカナデだった。瑞稀に聖水を掛けられたせいか、目元が痛々しく爛れている。
「お前、このままじゃ死ぬぞ? 瑞稀から精液を貰えよ?」
「…………」
羽音は俯いたまま静かに首を横に振った。
「なんで? お前、死にたいのか?」
カナデが声を荒げる。
「お前が瑞稀に抱かれれば、何の問題もないだろう? なのに何で?」
「何でって……。僕は、インキュバスとして瑞稀に抱かれたくなんかない」
「なんだと?」
「僕は、来栖羽音に戻りたい……」
「本当に強情なアホだよ。死んじまったら意味なんかねぇだろうが……」
そう話している間にも、羽音は少しずつ意識が遠退いていくのを感じた。
「俺の友人だったインキュバスも、そんな綺麗事を言って死んでいった」
「え?」
「あいつも本当に馬鹿な奴だったよ」
「死んだ友人って……もしかして、ハク?」
「ああ、そうだ。俺はそんなハクを見ていることしかできなくて悔しかった。だから、俺は好きでもない男を犯すことを躊躇いもしなかった」
今まで見たことのないカナデの辛そうな表情に、羽音は言葉を詰まらせる。
「それに、お前を見ているとハクを見ているようで辛い。だから、放っておけない。とりあえず、これを置いておくから食え」
「何それ?」
「白百合だ。これを食えば、少しは生き長らえるぞ」
「ありがとう。でも、いらない」
「いらない? お前、本当に死にたいのか?」
「うん。そうだね……僕は、死にたいのかもしれない」
そう言いながら笑う羽音が、透き通るように綺麗で……カナデの背中をゾクゾクっと寒気が走り抜けた。
「僕は生まれ変わったら人間になりたい。そしたら、もう一度、瑞稀と恋をするんだ」
それは、羽音の儚い夢だった。
「瑞稀……会いたい……」
羽音は少しずつ、意識が遠退くのを感じて静かに目を閉じた。
「羽音。遅くなってすみません」
優しい声が聞こえてきた瞬間、羽音の体が宙に浮いた。
「羽音、お待たせしてすみません」
「あ、瑞稀だ……」
「はい。明日から冬休みだから、ずっとずっと一緒にいられますよ」
瑞稀がふわりと微笑めば、白百合の甘い香りが室内を満たしていく。
今の羽音には、その香りで欲情する力さえなく、逆にそれに生かされているような気がする。
「いい香り……」
羽音は、白百合の香りを思いきり吸い込んだ。
瑞稀は、羽音を抱き抱えたままベッドに腰を下ろす。そして、羽音を抱き締めてくれた。
「羽音」
優しく微笑まれてから、そっと口付けされる。その柔らかい感覚に、唇に感じる温もり……凍えそうな心に、小さな蝋燭が灯されたようだった。
「瑞稀のキス好き」
「俺も、羽音とのキスが好きです」
「んッ、ふぁ……んん」
「はぁ、ん、こら、羽音逃げるな……」
羽音が酸素を求めて瑞稀から離れて行けば、腕を引かれて再びその唇に捕まってしまう。
「僕の生気を……受け取ってください」
「はぁ、あ、あぁ……」
いつの間にか瑞稀に両手首を掴まれてしまい、羽音は唇を差し出す以外に方法は残されていない。瑞稀の熱い舌と、熱い唾液を口一杯に頬張った。
「羽音、お願い……星屑にならないで……」
瑞稀の悲痛な声が、静かな夜に吸い込まれていった。
3
あなたにおすすめの小説
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される
Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。
中1の雨の日熱を出した。
義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。
それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。
晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。
連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。
目覚めたら豪華な部屋!?
異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。
⚠️最初から義父に犯されます。
嫌な方はお戻りくださいませ。
久しぶりに書きました。
続きはぼちぼち書いていきます。
不定期更新で、すみません。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる