あなたのお気に召すままに

舞々

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Episode20 バニラの香りに包まれて

バニラの香りに包まれて③

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「バニラの香りか……」


 翌日、普段は立ち寄ることなんてない、お洒落なお店に足を踏み入れた。
 そのお店は可愛らしい雑貨や家具に囲まれ、アロマやお香、洋服なんかも並べられている。
 店内には女の人で混雑していて、明らかに俺みたいな奴が来る場所でない。


「場違いもいいとこじゃん」
 居たたまれなくなって、店から出ようとした瞬間、
「何かお探しですか?」
「あ、え、は、はい」
 小柄な店員さんが笑顔で話しかけてくれた。まさに救いの女神の降臨に俺はすがりついた。


「バニラの香水とか、アロマみたいなのを探してるんですけど」
「バニラのアロマで大丈夫ですか?」
「あ、はい」
「こちらになります」
「ありがとうございます」
 良かった……きっと自分じゃ見つけらんなかった。
 店員さんにアロマオイルがたくさん並べられている棚の前に連れて行かれて、小さな茶色の小瓶を手渡される。
「こちらになります」
「あったぁ、良かったぁ」
 ホッと胸を撫で下ろした。


「彼女さんにプレゼントですか?」
「え?」
「彼女さん幸せだなぁ。きっと喜びますよ」
「そ、そうですよね」
 とりあえず、俺はお得意の愛想笑いを浮かべ、その場を乗り切った。


 お店を出た頃には、辺りはすっかり真っ暗で。街中は、すっかりハロウィン一色だ。
 綺麗にくり貫かれたカボチャの中で、蝋燭の炎がユラユラと揺れている。そんな幻想的な光景に、しばし見とれてしまった。


 古い言い伝えによると、バニラは美しいランの仲間で、死すべき定めの男性に恋をした女神が、愛する男性の側で過ごすために姿を変えた花らしい。 
 ハロウィン当日に、愛する人に近づきたいならば、バニラの香りを身に纏えば願いが叶う。そういう神話がある。
 バニラという女神は、本当に一途で健気な人だなって思う。
 俺はそれが羨ましかった。
いいな、自分思いのまま生きられるその強さに、羨望さえ感じてしまうのだ。
「俺も、あなたみたいになりたい」
 ポツリ呟いて、玄関の扉を開けた。


 洗面器にお湯を張って、そこにバニラのアロマオイルを数滴垂らす。
「あ、入れ過ぎちゃった」
 オイルは洗面器の中で、ケルト模様のような渦巻きを描いた。
 呪《まじな》いなんて信じてるわけじゃないけど、あまりにも神秘的で幻想的なハロウィンの世界に、絆されてみたかったんだ。
 フンワリと柔らかい湯気にのり、部屋中がバニラの甘い香りに包まれた。


「あまぁい…いい匂いだ…」


 優しくて、でも少しだけ香ばしい。
 アイスクリームみたいだし、甘いケーキにも感じられる。
 本当にハロウィンが魔力に満ちた日ならば、お願い。成宮先生の傍にいたい。
素直で可愛い葵のままで……。
 泣きたくなるくらい、成宮先生に会いたい。


「このアロマ、めっちゃいい匂い……眠くなる……」


 目を擦りながら、大きな欠伸をひとつ。
 アロマのおかげかな……今日はよく眠れそう。
 目蓋が段々重くなって、視界が少しずつ狭くなる。ハロウィンの魔法に誘われるかのように、俺は夢の世界へと旅立った。


「葵」
「ん……ッ?」
 耳元で優しく名前を呼ばれたから、思わず体を捩らせる。やめてよ、くすぐったい。
「Trick or Treat。お菓子くれなきゃ、悪戯しちゃうよ?」
 クスクス笑う成宮先生の声が聞こえてくる。
「ほら、悪戯しちゃうよ?」
 寝ぼけ眼で声がする方を見れば、そこには泣きそうな顔で俺を覗き込む成宮先生がいた。


 何で、いつもそんなに泣きそうな顔で俺を見るの?
 嫌だよ。 
 俺まで泣きたくなる。


 そっと成宮先生の頬を撫でてやれば、すりすりと頬擦りしてきた。
 あぁ、可愛い。
 ジャックオランタンが、ケタケタ不気味な声で笑っている。向こうには、不気味に笑う魔女までいるじゃん。
 成宮先生、ハッピーハロウィン。


「千歳さんには、お菓子あげません」
「え? なんでだよ?」
 成宮先生がびっくりしたように目を見開いてから、不貞腐れたように下唇を尖らせる。それが子供みたいで、思わず笑ってしまった。
「だから……お願いです」
 成宮先生の首に両腕を回して、その体を抱き寄せた。
 体勢を崩して、自分のほうに倒れこんできた体をギュッと抱き締める。
「だからお願い……悪戯して……」
「葵……」
「千歳さんに、絶対お菓子なんかあげないもん。だから……」
「悪戯していいの?」


 部屋の中は、むせ返る程の甘たるいバニラの香りが充満していて、心や体……脳ミソまでも蕩けてしまいそうだ。
 目の前の成宮先がまるで美味しいお菓子を頬張った時のように、幸せそうに笑う。
 よかった……笑ってくれて。


「なぁ、キス、していいか?」
「はい」
 恥ずかしくて目をギュッと閉じながら、コクコクと何回も頷けば、「可愛い」って成宮先生が髪を撫でてくれる。
 それが気持ち良くて、ギュッと閉じた目から涙が滲んだ。
 チュッと、まるでバニラの甘い香りみたいに唇が重なる。
 その瞬間、心臓が甘くトクンと跳ねた。
 唇を啄まれ、頬や首筋にも成宮先生の柔らかい唇が触れてくる。
優しいキスのシャワーに、バニラアイスみたいに蕩けてしまった。


「ねぇ、このまま……キスのやり逃げとかしないでくださいね」
 つい不安に襲われて、成宮先生にしがみつく。そんな不安な俺を、優しく受け止めてくれた。
「逃げるわけねぇじゃん。たださ、お前、それだけの覚悟あるの?」
 俺の頬を両手で包み込んで、チュウッと強く唇を吸われる。
「今夜は抱き潰すからな……覚悟しろよ」
 そのあまりにも自信に満ち溢れた顔が綺麗で……甘い吐息を吐きながらうっとりと見つめる。
 指先から熱が伝わって、体中が火照って仕方ない。期待をしながらパチパチと瞬きをした。


 ハロウィン当日、魔力は最大となり異世界へと続く扉が開くと言い伝えられている。
 今俺の目の前で、確実に何か大きな扉が開いた気がした。


「葵、バニラのいい匂い」
「本当?」
「うん。早速食ってもいい?」
「え、あ、えっと……ちょっと待って……」
「嫌だね。お菓子くんねぇんだから、悪戯すんの」


 甘い甘いバニラの香りに包まれて、身も心も、脳ミソまでも蕩けてしまおう。
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