あなたのお気に召すままに

舞々

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第六章 突然のキス

突然のキス③

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 エレベーターで向かったのは屋上だった。


「普段はさ、ここは入れないんだけど、俺がここの管理責任者になってるんだ」
 そう言いながら、先生は屋上の扉の鍵を開ける。その瞬間、春のまだ肌寒い夜風が火照った体を冷やしていった。
「んー! 気持ちいい!」
 成宮先生は、大きな伸びをしながら屋上からの景色を眺めている。


「水瀬、見てみろよ? 綺麗だぜ?」
「あ、はい」
 慌てて先生の隣へ行って屋上からの景色を見た俺は、思わず目を見開いた。


「すげぇ……」
「だろ?」
 目の前には、遥か彼方まで続いている夜景が広がっていた。キラキラと輝くビルの照明は、まるで散りばめられたダイヤモンドのようだし、車がまるでミニカーのように見えた。その綺麗な光景が全て自分の眼下に広がり、この世界が俺だけの物になったようにさえ感じられた。


「綺麗だろ? 俺さ、疲れた時によく一人でここに来るんだ。ここにいると、めちゃくちゃ落ち着く」


 気持ちよさそうに夜風に目を細める成宮先生を見ていると、トクントクン……と、不整脈が再発してしまう。呼吸も苦しいし、胸が締め付けられるように痛い。俺は、何かの病気に罹ってしまったのだろうか。


 成宮先生から目を離したいのに、ずっと見ていたい。だって、貴方はかっこよすぎるから。俺は、貴方みたいな医師になりたい。


「だーかーらー、そんなに見られると穴が開くっつーの」
「あ、すみません!」
「ふふっ。相変わらず変な奴だなぁ」


 トクントクン……。なんでだろう。成宮先生……俺、貴方をずっと見ていたい。


「先生。今日の先生、凄くかっこよかったです」
「ふーん。で?」
「で? って言われても……」
「なんか、ご褒美でもくれんの?」


 成宮先生が、悪戯っぽく笑いながら俺の顔を覗き込んでくる。突然のイケメンのドアップに、俺の頬が火照っていくのを感じた。そしてどんどん鼓動は速くなり、痛いくらい高鳴り始める。


「ご、ごめんなさい。俺、飲み物くらい買っておけば良かったですね」
「別にいいよ。違うご褒美貰うから」
「はい?」


 次の瞬間、俺の頬に成宮先生の細くて長い指が触れると、額にかかる髪をそっと搔き上げられる。「先生?」そう問い掛けようとしたけれど……。
 チュッ。俺の唇は、成宮先生の柔らかくて温かい唇で塞がれてしまった。


「……え?」


 その甘い感触に、俺の心臓がトクンと跳ねた。急な出来事に驚いていると、もう一度優しく頬を撫でられる。


「もう一回、してもいいか?」
「……なんで……」


 俺とのキスが成宮先生にとってご褒美になるのだろうか。もしかして成宮先生は男が好きとか……。どうして俺に突然キスなんて……。


 頭の中が真っ白になり、思考がうまくまとまらない。どうしていいかわからずに、すがるような視線を成宮先生に向ける。そんな俺の戸惑いに気付いたであろう成宮先生が、静かに微笑んだ。
 あまりにも優しい瞳に、俺は吸い込まれそうになってしまう。
駄目だ……逃げられない。


 俺は戸惑いながらもコクンと静かに頷いてから、そっと目を閉じる。背の高い成宮先生に合わせて少しだけ顔を上げた。それは、まるでキスをねだっているように思えて、今更ながら照れくさくなる。


 どうしてかわからないけど、俺は生まれて初めての同性とのキスを、こんなにもスムーズに受け入れてしまった。もしかしたら自分は今まで気が付かなかっただけで、本当はゲイなのだろうか。


 色々な考えが頭の中を駆け巡ったけれど、答えなんて見つかるはずもない。頭の芯がぼーっとしてきた。


「成宮、先生……」


 キスが苦しくて、夢中で成宮先生のスクラブを掴む。そんな俺の手を、成宮先生が優しく握ってくれた。温かくて大きな手……。この手で、俺の命を救ってくれた。そう思うと、胸が熱くなる。


 気持ちいい……。


 夢中でキスを交わすリップ音が、都会の喧騒に搔き消されていった。

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