あなたのお気に召すままに

舞々

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第七章 不治の病

不治の病②

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 初めて俺が担当することになった沙羅ちゃんを目の前に、俺は一瞬言葉を失った。


 体調が悪くなってからしばらく自宅で様子をみていたけど、一向に状態に改善が見られなかったため、今日また入院となったのだけど……想像以上にその容体は悪かった。


 三歳だというのにまるで乳児のように体が小さくて、苦しそうに呼吸を繰り返す胸郭の動きだけがやたらと目立つ。体全体が蒼白く、小さな体にはたくさんの管がついていた。


「担当医の水瀬です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
 俺に向かって丁寧に頭を下げる両親は、俺と同じ年くらいに見えた。入院にももう慣れっこなのだろう。特に慌てる様子もなく、淡々と手続きを行っていた。


「こんにちは。私も水瀬君をサポート致しますので」
「あ、成宮先生。よろしくお願いします」
 それでも成宮先生の顔を見た瞬間、沙羅ちゃんの両親の顔がパッと明るくなる。成宮先生を信頼していることが、それだけでも伝わってきた。


「治療、頑張っていこうね」
 俺はその光景を見て、身が引き締まる思いがした。


 しかし、やはり沙羅ちゃんの容体は深刻だった。どんなに薬を調整しても、点滴を工夫しても、沙羅ちゃんの血液データは平均値から大きく外れたままで……日に日に状態は悪くなっていく。


「どうしたらいいんだよ……」
 俺は頭を抱えて低い唸り声を上げる。


「このままじゃ沙羅ちゃんが……仕方ない、行くか」
 意を決して、俺は処置室に向かった。


「失礼します。成宮先生、ちょっとよろしいですか?」
「あぁ? 入れば?」
 気怠い声が聞こえてきたから、俺はそっとドアを開ける。薄暗い室内の中には、真剣な顔でパソコンを見つめている成宮先生がいた。疲れているのか、前髪をクシャクシャと搔き上げる……そんな姿も、やっぱり様になっていた。


「あの、沙羅ちゃんのことなんですが……」
 俺は最新の検査データを成宮先生に渡す。それに目を通した成宮先生が、気の抜けたような顔で俺を見上げた。
「お前にしては頑張ってるんじゃん?」
「え? でも、全然良くなってないんです」
「そんなのは仕方ねぇよ。沙羅ちゃんはいつ急変してもおかしくない状態だ。それは、ご両親も了承してる」
「そんな……」
 サラリと言ってのける成宮先生に、俺は顔を引き攣らせた。


「今のお前は医師としての冷静さが欠けてる。そんなんじゃ駄目だろ? 沙羅ちゃんはお前にとって患者であって、家族じゃねぇ。それに、お前は医師であって神様でもない。それを履き違えるなんて、医師として失格だぜ?」
「何もそんな言い方しなくても……」
 あまりにも冷たい成宮先生の態度に、俺は怒りのあまり全身がカタカタ震えてくるのを感じる。


「俺はただ、沙羅ちゃんに元気になってほしくて……」
「元気になれないこともある」
「でも、でも……!」
「もうみんなが十分に頑張ってる。これ以上やりようがねぇんだよ」
「そんな……」
「わかったら出て行け。仕事の邪魔だ」


 その言葉がトドメだった。俺の目からは涙がボロボロと溢れ出し、頬を伝う。それがバレないように、慌てて涙を拭って部屋を後にした。


「あんな言い方をしなくてもいいのに……」


 全身の力が抜けていくのを感じた俺は、その場に蹲る。自分の無力さと、成宮先生に相手にさえしてもらえなかったことが悔しくて仕方なかった。


 それからの俺は、文字通り寝る暇さえも惜しんで、沙羅ちゃんの病気に関する論文や、文献を読み漁った。なんとか沙羅ちゃんを元気にしてあげたい。だって俺は、沙羅ちゃんの主治医だから。


「駄目だ、どうにもなんない」


 睡眠時間を削り、休憩もろくに取らずに調べ事に没頭していた俺には、既に限界がきていた。クラクラと眩暈はするし、頭がぼーっとして思考がまとまらない。


 それでも、毎日沙羅ちゃんを見舞いに来ては優しく話しかけている母親の姿を見ると、俺の胸はギュッと締め付けられる。なんとかしてあげたい……そして、また振り出しへと戻ってしまうのだ。


「お願い生きて……」


 俺は祈ることしかできなかった。

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