失楽園の哲学者

ニート侍

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DIVE TO BLUE

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 (今、オレは落ちている。物理的にも、精神的にも、社会的地位という意味でも。超高速で……深く……深く……落ちている。向かう先は奈落の底だ。)


 下から上へと吹きすさぶ風の中。纏った衣が激しく靡く。次第に高まる胸の鼓動。猛烈な風音よりもドクン、ドクンとハッキリと聴こえてくる。だが、それは決して取り乱しているからではない。むしろ、清々しいくらいの冷静さの境地に達しているから……。


 ゆっくりと瞼を閉じて、呼吸を整え、五感を研ぎ澄ます。普通なら、この絶対絶命の状況下、恐怖で全身の筋肉が強張るところ、フランシスは逆に全身の力を抜いていた。弛緩し切った手足は、まるで軟体動物のそれそのもの。しばらくして、覚悟を決めたようにパッと目を見開く。


 次の瞬間、腰に携えた4本の剣の中から1本を、脱力しきった左腕で電光石火の如く抜刀。晴れ渡る青空にかざした。この間わずか0.5秒。


「知は力なり(ノヴム・オルガヌム)!!」


 凛々しい眼差しでそう唱えると、体中から蛍火ような、無数の淡い虹色の光が溢れる。彼の周囲を包み込み、神聖さを醸し出す、眩いばかりの輝き。光が残像を残しながら落ちていくその光景は、煌めくほうき星のように美しい。その後、フランシスは何をするでもなく、そのまま地面に墜落した。


 ドンッ……。


 勢いよくうつ伏せに倒れた。体は指先1つピクリとも動かない。


「し、死んだのか……!?」

 近衛兵達は予想外の状況に狼狽している。焦燥に駆られ、やがてその焦燥が冷や汗となって、肌に現れる。そして粉々に破られた窓から、恐る恐る地上を覗のぞき込んだ。


「いや、生きている。これくらいで死ぬような奴ではない。してやられた……。さぁ、急ぐぞ!!」

 蒼い鎧の騎士は表情一つ変えずにそう言った。地上に落ちたフランシスを、窓から一瞥もせずに。

 目の前の出来事を凝視している近衛兵。それに対して、蒼い鎧の騎士の瞳は、どこか少し先の未来を見据えているかのよう。そして平静を保ったまま的確な判断を下して兵士達に再び指示を出した。


 【冷たい地面の感触を全身でじっくり確かめながら、自分が着地したことを再認識した。吹き返す呼吸。それと同時に倒れ込んだ体の上半身が、小刻みに膨張と収縮を繰り返す。】


(ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……危なかった……理論上は可能だったけど、実践でこの能力を使うのは初めてだったからどうなることかと思ったぜ……。)



フランシスの魔法イデア、「知は力なりノヴム・オルガヌム」は自然を操る能力を持つ。腰に携えた4本の刀にそれぞれ自然に関する固有の能力を宿し、抜刀することで能力が発動する。たった今発動したのは、そのうちの1つである「物理法則を操る」力。


 押すと押し返され、引っ張ると引っ張り返される現象を「作用⋅反作用の法則という。対になっている2つの力は大きさが等しく、向きが反対で、同一作用線上に存在する。

 この物理法則を「知は力なりノヴム・オルガヌム」で改変し、落下するエネルギーの反作用だけを無くす。これで地面に着地する時のダメージを0にまで軽減。なんとか死を免れた。

 もし能力を発動するタイミングが遅ければ、発動する前に地面に直撃。逆に早ければ、発動しても効果範囲が地面にまで適用されずに直撃して死んでいた。


  フランシスは能力を解除し、徐々に起き上がると、再び全身の力を抜き、深い安堵のため息をついた。


(こうしちゃいられない。奴らはまたオレを血眼で追ってくる。捕まれば弁明の余地などなく、極刑は免れないだろう。今はただ、逃げるしかない。)


 抜いた剣を鞘に戻し、脇目も振らず、腕を振りながら全速力で城下町を駆け抜けた。


 薄茶色でできた風情ある建物の数々と、大勢の行き交う人だかり。それらを何度か通り過ぎ、しばらく大通りを走っていると、横から何者かに激突された。


「痛っ!!」


 すぐに横を振り向くと、少女が尻餅をついている光景が目に入ってきた。
 少女の身長はフランシスよりも一回り小さく、レフ板のように白い、艶のある肌がよく目立つ。ツインテールに束ねられ、上品に揺れる、山吹色の透き通るような髪の毛。ちらりと見えるセクシーな胸元は、少女の女らしさを物語っていた。そんな彼女の風貌を一言で形容するならば、「艶麗」という言葉がふさわしい。


 不機嫌そうに顔を歪めてこちらを見てくる少女。


「いった~い! あんたどこ見てんのよ! 」

 怒気を含んだ口調で少女が言った。その態度から、少女が自身の小さい体に麗しさだけでなく、強かさも内包してるのが窺える。


(いや、それは割とこっちの台詞だゾ)

 自分からぶつかってきたにも関わらず、逆ギレ気味の少女に対し、フランシスは眉を顰め、殆呆れ果てた様子で少女の目を見返す。


「いたぞ! あっちだ! 」


 大通りで飛び交う雑音の中、確かに聞き分けられる大きな声が聞こえた。声のする方向に2人とも視線を向けると、少女が来た方角から先程とは別の近衛兵10人程が、遠くからこっちに迫ってくるのが見えた。その距離約30メートル。


「おいおい、またかよ……。」
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みんなの感想(2件)

ねる
2019.07.09 ねる

読ませて頂きました。
テンポの良い話だなと思いました。
続き楽しみにしています。

ニート侍
2019.09.02 ニート侍

返信遅れて申し訳ございません。
ねる様、読んでいただきありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。

解除
おかか貯金箱

女の子とぶつかるのは様式美ですね。
よくあるものより随分危機的状況ですが。
そして、主人公の能力名、知は力なり、でしたか。自分が知っている技名の中でもダントツでカッコいいです。
経験上、言葉のセンスが良い作品は読んでいて楽しいですから、これからも応援しています。

ニート侍
2019.06.14 ニート侍

おかか貯金箱さん、読んでいただきありがとうございます!
能力の設定、技名、世界観はかなり凝ってます!
それが伝わったなら幸いです。
これからもよろしくお願いします!

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