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第1章 公爵令嬢、職探しをします
1. 一方的な婚約破棄
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ここはレスタン王国。
この国の王侯貴族は成人を迎えると、神からスキルと呼ばれる特別な力を授かる。
大抵は炎を操れたり、強固な防壁を作れたり、強さとして分かりやすいもの。
強力なスキルを持つ貴族ほど権威を得られるため、公爵令嬢のマリエット・グルースも両親から期待されて育ってきた。
しかし、彼女が授かったスキルは『レシピ』と『料理』という、貴族にはあるまじきものだった。
幸いだったのは、家を継ぐのは兄に決まっていたため、不遇な扱いを受けずに済んだこと。そして、スキルを駆使して手料理を振る舞ったところ、家族全員がマリエットの料理の虜になる。
けれども、スキルが判明した日から婚約者のエルマー・バルテンとの距離は開くばかり。
このままでは数か月後に控える結婚式を迎えられず、令嬢としての人生が終わってしまう。
そこで、マリエットはある言い伝えに縋ることにした。
『恋人や婚約者に手料理を振る舞うと幸せになれる』
平民に留まらず、この言い伝えは当たると多くの貴族が口を揃える。
マリエットの両親もまた、この言い伝えと同じ行動をして幸せな日々を掴んでいた。
しかし、行動に移すのは少しばかり難しい。
相手は貴族。家族に出すのとは事情が違うので、お抱えの料理人の指導のもと、衛生に特に注意を払う。
何度も同じ料理の練習をし、王宮の料理人を務めるために必要な資格も取り、グルース家の誰もが成功すると信じていた。
けれど、結果は最悪なものだった。
「お前が作った料理なんて食べられるわけが無いだろ!」
ドサリと何かが捨てられる音に続け、怒声が響く。
声の主エルマーは険しい表情を浮かべ、マリエットを睨みつけていた。
「何が不満なのですか……?」
今日のために決して短くない時間を費やしてきたマリエットは怒りを抑え、平然を装って問いかける。
公爵令嬢として感情を面に出さないよう教育されてきたから、エルマーは何も気付かない。
けれど、マリエットの家族や使用人は彼女の気持ちを汲み、エルマーに怒りの籠った視線を向けていた。
「料理なんて平民がすることだろう。それを公爵令嬢でありながら胸を張って言うとは、見損なった。大体、素人が作った料理なんて怖くて食べられない」
「宮廷料理師の資格を持っていると伝えたのに、覚えていないのですか?」
そもそも聞いていなかったのか、それとも忘れていたのかは分からない。
けれど、エルマーが知らないことは確かに見える。
その様子にマリエットは訝しみながら問いかけるが、返ってきたのは答えではなかった。
「使用人になるような人が取る資格を持っているだって……? ますます見損なったよ。俺は気品があって美しいマリエットだから婚約していたが、気が変わった。婚約は破棄させてもらう」
この言葉に、マリエットの両親が怒りの籠った視線をエルマーに向ける。
二人の婚約はバルテン侯爵家側の懇願により結ばれたもので、一方的に破棄するのは失礼どころの話ではないのだ。
それに、マリエットの結婚は間近に迫っており、このタイミングで破談となれば嫁ぎ先は見つからないだろう。
公爵令嬢が婚期を逃せば、家の威光に傷が付く。当主が看過できないのは当然のことで、マリエットもまた自身の将来を真っ暗にするエルマーの発言を許せなかった。
「エルマー様、正気ですか?」
「ああ。俺は至って正気だ。婚約破棄は前から考えていたが、良い口実が出来て助かった。そういうわけだから、もう二度と話しかけないでくれ」
この様子では結婚は難しい。エルマーの気持ちが離れていたことは薄々察していたし、問題を解決して結婚できたとしても幸せは訪れないだろう。
マリエットはそう考え、両親と相談する時間を作るため口を開く。
「お言葉ですが……私達の婚約は当主の間で決められたもので、エルマー様の独断で破棄することは出来ませんわ。ですから、話し合う時間を設けて決めませんか?」
「二度と話しかけないでくれと言ったはずだ。ずっと前から、お前の全てが嫌いだったんだ」
エルマーはそれだけを言い放ち、ドスドスと足音を立てながらダイニングを後にする。
婚約してから今日まで、マリエットはエルマーとの関係が良好なものになるように努力してきた。
将来の侯爵家当主となるエルマーの支えになれるよう、令嬢に求められない勉強まで完璧にこなし、周囲からは完璧令嬢と噂されるほど。
それが全て否定されたのだ。マリエットの両親がさらに怒りを覚えたのは当然のこと。
けれど、マリエット自身は冷静だった。
(エルマーとは縁を切って、私は一人で生きた方が幸せになれる気がするわ)
前向きに考えるマリエットからは、もう悲壮感なんて感じられない。
この国の王侯貴族は成人を迎えると、神からスキルと呼ばれる特別な力を授かる。
大抵は炎を操れたり、強固な防壁を作れたり、強さとして分かりやすいもの。
強力なスキルを持つ貴族ほど権威を得られるため、公爵令嬢のマリエット・グルースも両親から期待されて育ってきた。
しかし、彼女が授かったスキルは『レシピ』と『料理』という、貴族にはあるまじきものだった。
幸いだったのは、家を継ぐのは兄に決まっていたため、不遇な扱いを受けずに済んだこと。そして、スキルを駆使して手料理を振る舞ったところ、家族全員がマリエットの料理の虜になる。
けれども、スキルが判明した日から婚約者のエルマー・バルテンとの距離は開くばかり。
このままでは数か月後に控える結婚式を迎えられず、令嬢としての人生が終わってしまう。
そこで、マリエットはある言い伝えに縋ることにした。
『恋人や婚約者に手料理を振る舞うと幸せになれる』
平民に留まらず、この言い伝えは当たると多くの貴族が口を揃える。
マリエットの両親もまた、この言い伝えと同じ行動をして幸せな日々を掴んでいた。
しかし、行動に移すのは少しばかり難しい。
相手は貴族。家族に出すのとは事情が違うので、お抱えの料理人の指導のもと、衛生に特に注意を払う。
何度も同じ料理の練習をし、王宮の料理人を務めるために必要な資格も取り、グルース家の誰もが成功すると信じていた。
けれど、結果は最悪なものだった。
「お前が作った料理なんて食べられるわけが無いだろ!」
ドサリと何かが捨てられる音に続け、怒声が響く。
声の主エルマーは険しい表情を浮かべ、マリエットを睨みつけていた。
「何が不満なのですか……?」
今日のために決して短くない時間を費やしてきたマリエットは怒りを抑え、平然を装って問いかける。
公爵令嬢として感情を面に出さないよう教育されてきたから、エルマーは何も気付かない。
けれど、マリエットの家族や使用人は彼女の気持ちを汲み、エルマーに怒りの籠った視線を向けていた。
「料理なんて平民がすることだろう。それを公爵令嬢でありながら胸を張って言うとは、見損なった。大体、素人が作った料理なんて怖くて食べられない」
「宮廷料理師の資格を持っていると伝えたのに、覚えていないのですか?」
そもそも聞いていなかったのか、それとも忘れていたのかは分からない。
けれど、エルマーが知らないことは確かに見える。
その様子にマリエットは訝しみながら問いかけるが、返ってきたのは答えではなかった。
「使用人になるような人が取る資格を持っているだって……? ますます見損なったよ。俺は気品があって美しいマリエットだから婚約していたが、気が変わった。婚約は破棄させてもらう」
この言葉に、マリエットの両親が怒りの籠った視線をエルマーに向ける。
二人の婚約はバルテン侯爵家側の懇願により結ばれたもので、一方的に破棄するのは失礼どころの話ではないのだ。
それに、マリエットの結婚は間近に迫っており、このタイミングで破談となれば嫁ぎ先は見つからないだろう。
公爵令嬢が婚期を逃せば、家の威光に傷が付く。当主が看過できないのは当然のことで、マリエットもまた自身の将来を真っ暗にするエルマーの発言を許せなかった。
「エルマー様、正気ですか?」
「ああ。俺は至って正気だ。婚約破棄は前から考えていたが、良い口実が出来て助かった。そういうわけだから、もう二度と話しかけないでくれ」
この様子では結婚は難しい。エルマーの気持ちが離れていたことは薄々察していたし、問題を解決して結婚できたとしても幸せは訪れないだろう。
マリエットはそう考え、両親と相談する時間を作るため口を開く。
「お言葉ですが……私達の婚約は当主の間で決められたもので、エルマー様の独断で破棄することは出来ませんわ。ですから、話し合う時間を設けて決めませんか?」
「二度と話しかけないでくれと言ったはずだ。ずっと前から、お前の全てが嫌いだったんだ」
エルマーはそれだけを言い放ち、ドスドスと足音を立てながらダイニングを後にする。
婚約してから今日まで、マリエットはエルマーとの関係が良好なものになるように努力してきた。
将来の侯爵家当主となるエルマーの支えになれるよう、令嬢に求められない勉強まで完璧にこなし、周囲からは完璧令嬢と噂されるほど。
それが全て否定されたのだ。マリエットの両親がさらに怒りを覚えたのは当然のこと。
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