天職を見つけたので毎日が幸せです!

水空 葵

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第1章 公爵令嬢、職探しをします

2. 全てを失うよりも

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「お父様、お母様。このような事態になってしまい、申し訳ありません」

 両親である公爵夫妻に向き直り、マリエットは謝罪の言葉を口にした。
 彼女から悲壮感は消えているものの、諦めを感じ取った公爵夫人は表情をわずかに歪ませる。

「……マリー、貴女は何も悪くないわ。だから謝らなくて大丈夫よ」
「ですが……お母様にご迷惑をおかけすることに変わりありません」

 エルマーと婚約し続けようとは思えない。
 思い返してみれば、彼の行動は半年ほど前から不自然で、まるでマリエットに何かを隠しているようだった。

(あまり考えたくないけれど……やっぱり、浮気されていたのかもしれないわ)

 全く気付かなかったわけではない。けれど、公爵令嬢として家の利益になるようにと育てられてきたマリエットは、家の利益ばかり気にかけ自分のことには興味を持てなかったのだ。

 その結果、今の最悪な状況に陥ってしまった。
 マリエットは過去の自分を𠮟りつけたくなる。

 そんな時、今まで静観を決めていたグルース公爵が口を開く。

「公爵家はこの程度で傾いたりしない。だから安心しなさい」

 彼の口調は普段は聞けないほど優しいものだ。
 それでも、マリエットの罪悪感は消えそうにない。

「私も最善を尽くすつもりだ。しかし、マリーの評判が地に落ちることは防ぎ切れないだろう。他に良い嫁ぎ先が見つかる可能性も限りなく低い。
 だから、マリーの希望を聞こうと思う。気になっているお方は居るか?」

 父の言葉に、母が頷く。二人ともエルマーのことは見限っていると分かり、マリエットは少しだけ安堵した。

 けれど内心は穏やかではない。十八歳という貴族令嬢のほぼ全員が結婚する時期に相手を探したところで、良縁が望めないことは分かっている。
 見つかっても、未だに相手が見つからないほどひどい性格の持ち主か、良くても高位貴族の後妻だ。地位は失わずとも、それ以外の大切なもの全てを失うことさえ想像できる。

(どちらを選んでも幸せになれる未来が思い浮かばないわ……)

 一人で、自分の力だけで生きる道を選んだ方が、幸せになれる。
 そう確信したマリエットは、父の問いかけに答えるため口を開く。

「もう誰とも結婚したくありませんわ。出来ることなら、一人で生きていきたいです」

 キッパリと放たれた言葉に、彼女の両親は驚きで固まった。
 料理が出来てもマリエットは公爵令嬢。このまま一人で生きていけるとは思えないからだ。

「本気で言っているの?」
「はい。本気ですわ」

 不安になる両親を前に、マリエットもまた不安を感じている。
 婚約破棄され嫁ぎ先が無くなった令嬢は、相手の浮気が原因だとしても責任を取らされ勘当されることが多い。
 だから、勘当される前に一人の力で生きていこうと考えているのだ。

 一方の両親はというと、貴族の慣例は一切気にせず、マリエットの身を案じている。
 婚約破棄されたという事実があれば、グルース公爵家の名に傷が付くのは確実だ。
 とはいえ、その程度で傾くような家ではないため、権威のことよりも愛娘の心配が勝っている。

「私達が生きている間は良いが、いずれマリーは平民になる。命を狙われても守ってくれる人は居ないし、生活が苦しくなっても助けてくれる人も居ない。それでも大丈夫か?」
「覚悟は出来ております」

 厳しい現実を伝えても、返ってくるのは覚悟の決まった言葉だ。
 それを見て、彼女の両親は少しばかり安堵する。

 この世で一番の美食マリエットの手料理を食べられなくなるという困りごとは解決していないが、こうなった以上は本人の意思を尊重したい。公爵夫妻は視線を交わしてから頷き、マリエットに向き直った。

「一年に一度、必ず元気な顔を見せること。命の危険があると感じたら、躊躇わずに私達を頼ること。
 この二つを守れるなら、一人で暮らすことを許可しよう」
「必ず守ると誓いますわ」
「分かった。必要な荷物をまとめなさい」

 こうしてマリエットは一礼してから自室に戻り、最低限の着替えと護身具を用意して眠りにつく。

 そして翌日。
 公爵邸には家族や使用人たちに見送られるマリエットの姿があった。
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