天職を見つけたので毎日が幸せです!

水空 葵

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第3章 公爵令嬢、みんなの胃袋を掴みます

25. 美味しさの秘訣④

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 盾を構えながら見守るテオドールのことは気にせず、マリエットは肉の下ごしらえをしていく。
 もうすぐ昼食の時間だから、それまでに時間のかかることは終えておきたかった。

「……準備が出来たので、休憩にしましょう。続きは夕食の一時間前から始めますわ」
「分かった。しかし、かなりギリギリに作るのだな。じっくり炒めたり、煮込んだりするものだと思っていた」
「その方が柔らかくなるお肉もありますけれど、今回は火を通しすぎると硬くなってしまいますの」
「なるほど。料理は難しいな。
 続きも楽しみにしているよ」
「ありがとうございます」

 言葉を交わすと、テオドールはダイニングへと姿を消す。
 それと入れ替わりで配膳担当の侍女が姿を見せ、料理長が作っていた昼食を運んでいく。

 すると、昼の賄いを作っていたマイクから声をかけられた。

「アンナさんとマリエットさんの賄い、ここに置いておくよ」
「「ありがとうございます」」

 料理人は厨房内の端にあるテーブルで食事をとることになっているため、マリエットもそこへ向かう。
 侍女に比べると休憩時間の自由は効くものの、王族の食事が終わると洗い物がやってくるため、落ち着いて食べられる時間は今しかない。

「殿下の目があるから、今日は疲れますね……」
「普段通りにお作りするだけだ。マイクはまだまだ修行が必要だな」
「げっ……なんでもないです」
「マリエットさんを見習いなさい。殿下にずっと見られていても、緊張すらしていない。もっと自信を持つんだ」
「マリエットさん、どうすれば自信を保てるんですか?」
「相手を自分と同じ人間だと思うと、少しは気が楽になるのです」

 ……昼食中も質問攻めに遭う気配がするが、社交界で似たようなことを何度も経験してきたマリエットは慣れているため、特に恐れることはない。
 幸いにも質問が繰り返されることはなく、残りの休憩時間は雑談で終わった。

 それからは昼食の後片付けに王家に出す夕食の準備の手伝いをこなし、あっという間にテオドールと約束した時間になった。



 時間通りに姿を見せたテオドールは盾に身を隠しており、マリエットは苦笑する。

(料理が危険だと言ったから、勘違いされているのね……)

 とはいえ、料理を進めていけば誤解は解けるだろう。
 そう考えて手を動かしていると、テオドールが口を開いた。

「これは何をしているのだ……?」
「これから煮込んでいくので、その準備ですわ」

 さっそくテオドールの前で牛肉とオニオンを軽く炒めていく。
 本来は煮込むだけでも十分だが、こうすることで味が引き締まるのだ。

 それが済むと、今度はショウユから作ったタレに食材を入れていき、火加減を見ながら煮込み始めた。

「これが煮込むということか?」
「ええ、その通りですわ」
「なるほど。これなら、油跳ねの心配は無さそうだな」

 そう口にするテオドールだが、やはり心配しているのは油跳ねではないようで、盾は構えたままだ。

「そんなに心配しなくても、手を出さなければ怪我をすることはありませんわ」
「分かった。しかし、こうして見ているだけでも面白いな」
「ええ。ここからは煮込むだけなので、面白いものも無くなりますわ」
「そうだろうか? 手を加える以上は見るところがあると思う」

(流石の殿下でも、飽きると思うのだけど……)

 ここからは、手を使ってすることが殆どないため、テオドールでも退屈な時間になるだろう。
 マリエットはそう考えたが、テオドールの視線はフライパンの中に向けられたままだ。

「……焦げたりしないのか?」
「焦げないようにスキルで調整しているので、大丈夫ですわ」
「そうだったのか。君はレシピスキルと料理スキルしか使えないと聞いていたが、火のスキルを隠していたのだな」
「いいえ、隠しておりませんわ。この炎も料理スキルの力ですもの」
「君の料理スキルは特別なのかもしれないな。俺が知っている料理スキルは、包丁が上手くなったり、味を良くすることしか出来ない」

 テオドールがそう口にすると、アンナが深々と頷く。
 彼女のスキルのことは聞いたことが無いものの、マリエットのスキルとは大きく違うらしい。

 とはいえ、アンナが作る料理もとても美味しいため、力の差は無いとマリエットは思っている。

「……私のスキルは手抜きをし易くなっているだけですわ」
「その分、色々なところにこだわれているように見える。あの氷も君のスキルで作ったのだろう?」
「ええ。気付いていらしたのですね」
「あれだけ派手に使われたら、誰が見てもスキルだと分かる。氷のスキルを使えるとは思わなかったから、驚いたよ」
「氷も料理スキルの力ですわ」
「何だって……?」

 テオドールは相当驚いているのか、間抜けにも口を開けたまま固まってしまった。
 公の場では殆ど表情を変えない彼が驚愕する様はとても珍しく、マリエットはそのことに驚く。

(殿下もこんな顔をするのね……)

 テオドールの今の表情はとても貴重だから、つい視線を向けてしまう。
 けれど記憶に焼き付ける前に、彼はすぐに普段の表情に戻った。

「マリエット嬢、君の料理スキルで他に何が出来るのか教えてもらえないか?」
「フライパンの中の水を操ってかき混ぜたり、汚れを綺麗に落としたり……食中りを防いだり出来ますわ。あとは食材や調味料の量を正確に把握することも出来ます」
「神様が考えている料理とは、とても奥が深いのだろう。俺が知っている料理とは大違いだ」

 言葉を交わしている間にもマリエットは火力を調整したり、蓋を開けずに中身を混ぜたりして、味が染み込むように手を加える。

(そろそろお肉の出番ね)

 そしてタイミングを見て蓋を開けると、今度は牛肉を入れていく。
 肉を煮込むと灰汁あくが出るものだが、マリエットはスキル全て取り除いているため、目に見えることはない。

 マリエットが来てからずっと一緒に料理をしているアンナも、この光景を見るのは初めてで、用意していた灰汁取りをさり気なく片付けた。

「ここまで完璧だと、皆が絶賛するのも納得だ。他に何か工夫していることはあるか?」
「特別なことはしていませんけれど、美味しくなるように心を込めて作っていますわ」
「それが一番効果があるのかもしれないな」
「もし本当にそうなら、すごく嬉しいですわ」

 言葉を交わしている間に、レシピに書かれていた時間が迫ってしまう。
 だから、味見をしてから火を消し、盛り付けのために食器を並べた。

「完成か?」
「ええ。味見しますか?」

 マリエットが一口分スプーンにすくって差し出すと、テオドールは満面の笑みで受取り口に運ぶ。
 そして満足そうに何度もうなずくと、こんなことを口にした。

「一食分もらえたりしないか?」
「そうすると、私の分が無くなってしまいますわ」
「……分かった。我慢しよう」

 さっきの笑顔は何だったのか、今のテオドールはとても残念そうにしている。
 それでも、マリエットは笑顔を崩さずに口を開いた。

「冗談です。少し多めに作ってあるので、半分なら出せますわ」
「ありがとう! マリエット嬢、この恩は一生忘れない」
「大袈裟ですわ」

 テオドールの言葉が冗談に聞こえず、つい声を上げてしまう。
 気に入ってもらえていることは嬉しいものの、侍女達から向けられる嫉妬の視線を思い出すと素直に喜べない。

 けれども、とても美味しそうに今夜の賄い――牛丼を口にするテオドールや使用人達の姿を見ると、不安はどこかへ飛んで行った。
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