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第二章 ボーダーラインを超えていけ

30 PVP②

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 ブレイブはメグを抱きかかえた状態で受け身を取ろうとしたが、うまく行かず背中を激しく打った。

「ゲホッ、ゲホッ! 痛ってえ!」

 対してケイナはスタッと華麗に着地したらしい。

「大丈夫ですか、ブレイブさん?」
「あ、ああ。キュアポーションを飲んどけば治るだろ」
「ご、ごめんなさい、ブレイブお兄ちゃん。私が重いから……」
「メグは全然重くないぞ! むしろ軽い!」

 ブレイブはそう言うと、メグを立たせた後にキュアポーションを飲んだ。

「ぷはぁ。よし、バッツを探そう! しかし、真っ暗だな」

 第十階層に来るのは初めてだったが、事前情報の通り明かりはなく、暗闇が広がっていた。

 しかし、近くにいるケイナやメグの顔はかろうじて認識できる。

 そんな暗闇の中だったが、ケイナは何かを感知したらしい。

「ブレイブさん、そちらから声が聞こえます。多分バッツです!」

 ブレイブの真後ろだ。歩いてそちらに近づくと、バッツが小さな呻き声をあげて倒れている。

「バッツ!」
「バッツお兄ちゃん!」

 バッツを抱き起こしてブレイブとメグが呼びかけるものの返事がない。

「今ポーションを飲ませるから、頑張って全部飲めよ!」

 ブレイブはそう言うと、キュアポーションをバッツの口にゆっくり注いでいく。

 すると、バッツは目を覚ました。

「み、みんな……。オ、オレ、落とし穴に落ちちゃって──」
「分かってるぞ! だから俺達が助けに来たんだ。怪我はしてないか?」
「うん、大丈夫だ。……そういえば、落ちた時に何かがクッションになって無事だった気がする」
「クッション?」

 ブレイブは辺りを見回すが、真っ暗でよく見えない。

 落下の衝撃でランタンは壊れてしまっている。

 しかし、松明を購入していたことを思い出したブレイブは、バッグからそれを取り出す。

 松明に火をつけると、落下したフロアの全貌が見えてきた。

 あまり広くない空洞で、前後左右の壁に道がある。

 そして地面には、蜘蛛のモンスター、アラニドの死骸があちこちに転がっていた。

 どうやらこれがクッションになったらしい。

「うえぇ!?」
「きゃあ!?」

 バッツとメグが驚いてブレイブにしがみつく。

 死骸をよく見ると、無残にもバラバラに切り刻まれているようだ。

「なんて酷い……。もしかして、これが以前アラニドのディビアントに遭遇した原因でしょうか……?」
「……そうだろうな。これもあのギャングがやったのか。どうかしてるぞ」

 ケイナの考察に、ブレイブは眉根を寄せる。

 カツン、カツン、カツン──

「クヒヒッ、自分から落とし穴に落ちるとは、どうしようもねえ奴がいたもんだ」

 ベイズの楽しげな声が聞こえる。もうここまで追いかけてきたようだ。

「……ああ? ぴんぴんしてやがるじゃねえかこいつら。落とし穴に落とせば楽に殺れると言った嘘つきは誰だ?」

 ベイズはブレイブ達を一瞥した後、部下をギロリと睨みつける。

「さ、さっきベイズさんが殴ったあいつですよ! 俺達は関係ねえ!」
「クヒヒヒヒッ、そうか。すでに嘘つきヤローはこの世にいねぇか。そりゃあいい」

 ベイズはなんとも満足げな表情で、口元を歪めて笑う。

「さて、やっとブレイブとかいうガキを見つけたことだし、残念だがさっさと仕事を終わらせるか」
「「おう!」」

 ベイズの言葉に、部下が返事をしてニヤリと笑う。

「おいベイズ! お前はなんでこんなことをするんだ!?」

 ブレイブはベイズを睨みつけて問う。

「……クヒヒッ。お前がうちのもんに手を出したってんで、ボスがご立腹でな。俺はこんなことしたくないんだが、ボスの指示で仕方なくだ。分かってくれるだろう?」
「「ヒヒヒヒヒッ!!」」

 ベイズは顔に笑みを貼り付けたまま答えると、それを聞いた部下達が下卑た笑い声を上げる。

「……自分で責任を負わない嘘つき野郎が」

 ブレイブが、ベイズに向かって吐き捨てるように言う。

「……あぁ?」

 ベイズの顔から笑みが消える。

「聞こえなかったのか? 『ボスの指示で』とか『世界の為に』だとか、誰かのせいにして自分で責任を負わないくせに、内心は人を傷つけて喜んでいる、イカれた嘘つき野郎だって言ったんだよ」
「なんだとゴラァァァァァアアアアア!?」

 ドゴォ!

 ベイズが激昂して叫び、金属製の杖で地面を殴りつけると、地面に大きな穴が空いた。

「俺はなぁ、嘘つきが大嫌いなんだ! そんな俺を嘘つき呼ばわりしたな? お前のその言葉、後悔させてやる!」

 ベイズはブレイブを脅すと、部下に指示を出す。

「おい、お前ら、こいつらをとっ捕まえろ! ブレイブは絶対に殺すなよ? こういうどうしようもねえ奴は、俺がゆっくりと入念に痛めつけて分からせてやる!」
「「へいっ!」」

 部下達はジリジリとブレイブ達に近づいてくる。


〔どうしたんだ、お前? 相手を挑発するような奴だったか?〕

 シズルが驚いた様子でブレイブに聞く。それに対し、ブレイブが静かに答える。

「……挑発したかったわけじゃない。あいつのことが、ただ許せなかっただけだ」
〔そうか。結果的には良かったぞ。人間は頭に血が上ると冷静な思考が出来なくなるからな。PVPでは重要な戦術だ。さて……〕

 シズルは考えをまとめる為に少し言葉を止めると、再び話し始めた。

〔まずは全員で逃げるぞ。奴らも四人で人数は同じだが、戦力ではこちらが負けている可能性もある。人数優位を作るまで走り回るぞ〕
「今あいつをぶん殴りに行っちゃダメか?」
〔仲間が死んでもいいなら行けばいい〕
「……くそっ! どこに逃げる!?」
〔後ろの道だ〕

 ブレイブは悔しい感情を目一杯抑えて、仲間に指示を伝える。

「みんな、逃げるぞ! 俺について来てくれ!」
「おう!」
「「はい!!」」

 ブレイブ達は回れ右をすると、敵と反対方向の道へ駆け出した。

「クヒヒッ! そっちは罠だらけの道だぞ? 素人が自由に動き回れるほど、この〈ボーダー〉は甘くねぇんだよ」
「待てこのガキども!」

 ベイズの嘲笑する声が聞こえ、彼の部下がブレイブ達のあとを追いかけてくる。

〔あいつらがアラニドを全滅させてくれたおかげで、かなり移動がしやすいな。ケイナの《サーチ》と僕の知識があれば、逃げることなど余裕だ。このままどんどん罠の多い方へ進むぞ〕
「分かった!」

 ブレイブ達は止まることなく走り続けた。ベイズの部下も全力で追いかけてくる。

 しばらくして、ベイズの部下が叫び声を上げる。

「ぎゃああぁぁぁあああ! くそぉお!」

 振り返って見ると、部下の一人が毒矢に足を貫かれて倒れていた。仕掛け床を踏んでしまったらしい。

〔やはりな。ギャング程度が冒険者並みにダンジョンを知り尽くしているわけがないんだ。だからああして慢心し、簡単に罠にかかる。どちらがダンジョンのプロなのか教えてやるとしよう。くっくっくっ〕

 シズルは嬉しそうに笑う。

 しばらくして、また一人ベイズの部下が脱落した。今度は毒ガスの装置を起動したらしい。 

〔よし、あのフロアに入るぞ〕

 シズルの指示で、ブレイブ達はあるフロアに入った。

 そこは、歩幅で測れば五十歩四方はあると思われるほど広い空間だった。

 ブレイブ達は走りっぱなしだった為、全員が息を切らしている。

「はぁ、はぁ、はぁ。ここはなんだ? ずいぶん広いな」
〔アラニドのモンスターハウスだ〕
「なにぃ!? じゃ、じゃあ、これからどんどん出てくるのか!?」
〔あいつらがアラニドを全滅させたことを忘れたのか? しばらくは出てこないだろう〕

 シズルの言葉に、ブレイブは安堵の息を漏らす。

 しばらくして、ギャングが一人部屋に追いついて来た。

「はぁ! はぁ! てめぇら、こそこそと逃げ回りやがってぇ! やっと追い詰めたぞゴラァ!」

 息を切らしながらギャングがブレイブ達に凄む。

「こいつは普通に殴っていいよな?」
〔ああ、多分大丈夫だろう。ただし、全員で行け〕
「よ、四対一かよ……」
〔相手は僕達を落とし穴に落とそうとした奴だぞ? 遠慮はいらない〕

 ブレイブは頷くと、仲間達に指示を出す。

「全員でかかれ!」
「おう!」
「「はい!」」

 数の暴力で圧倒し、ブレイブ達は瞬時にそのギャングを気絶させた。

 カツン、カツン、カツン──

「おいおい、よくも俺の大事な部下達をやってくれたなぁ」

 先程とは異なり冷静になった様子のベイズが、フロアに侵入してきた。
30 PVP②
「もうお前一人だぞ。観念して俺達に捕まったらどうだ?」

 ブレイブが真剣な表情でベイズに警告する。

「クヒヒッ。確かに一人だし、俺なんてただのケチな〈盗賊〉だ。レベルだってお前らより低いだろう。だが俺も組織の一員としてボスの指示には従わなければならない。残念だが、もし俺が負けるとしても戦うしかないんだよ」

 ベイズはそう言うと、大きなため息をついた。

 そして、今度は逆にベイズがブレイブへ質問をする。

「ブレイブ、お前に一つ聞きたい。なぜ初めてのはずのこの階層で、お前は熟練者のように動けるんだ?」
「それは……俺のパーティーには優秀な〈探索師〉がいるからな」

 ブレイブはそう言ってケイナを見た。ケイナは少し照れくさそうだ。

 当然シズルのことを言うわけにはいかない。

「なるほど、狐人族の獣人か。そんなに優秀な人材がいるとは敵わねえわけだ」

 ベイズはそう言って首を振る。

「ブレイブさん、この人、ずいぶん弱気みたいですよ。さっきみたいに全員でかかれば倒せるんじゃないでしょうか?」
「俺もそう思う!」
「わ、私もです!」

 ケイナ達が力強い表情でブレイブに提案する。

「そうだな。四対一だし有利なはずだ。普通に戦えば勝てそうだな」

 ブレイブの言葉に全員が頷く。

 しかし、シズルだけはその提案を否定する。

〔ダメだ。あいつは対人戦のプロだと思った方が良い。普通に戦おうとすると痛い目を見るぞ。お前は人間相手の戦闘時に気をつけることを忘れたのか?〕
「言葉に惑わされるなってことか? でも、本当に弱気になってるし、人数もこっちが有利だぞ?」
〔ギャングの幹部が本当に弱気になると思うか? さっきあいつは『レベルだってお前らより低い』とか言っていたが、そんなの嘘に決まっているだろう〕
「なに!? そうなのか!?」

 ブレイブは予想だにしない言葉に愕然とする。

 ベイズはそんなブレイブの様子を訝しげに見ている。

 バッツも何かおかしいと思ったらしい。

「なあ、ブレイブ兄ちゃん、さっきから何ぶつぶつ言ってんだ?」
「今ブレイブさんは色々考えている最中なの。だから、ちょっと待っててね」

 バッツの疑問にケイナが回答する。

 シズルとブレイブの会話は続く。

〔それに、部下どもと違ってあいつだけ息が切れていないし、罠にもかかっていないようだ。あいつは間違いなく強い。おそらくCランク冒険者は、こいつ一人にやられたんだろう〕
「本当かよ……」
〔まだ気になる点がある。あいつの武器だ〕
「えっ? あの金属製の杖がか?」

 ブレイブはベイズが手にしている杖に目を向ける。

〔ああ。アラニドは何か鋭利な刃物で切り刻まれていたが、殴られた痕跡はなかった。つまり、あいつがアラニドを倒した時に使ったのは杖じゃないはずだ〕
「えぇ!? じゃあなんだよ?」
〔あの形状からすると、仕込みサーベルの可能性が高い〕
「……まじか」

 ブレイブは再び愕然とする。

〔そこまで想像できれば、さらに推測を立てることができる。サーベルは〈盗賊〉に向いた装備ではない。お前と同じ〈軽戦士〉か〈騎士〉に向いている。奴が全身をマントで覆っている理由は、その装備を隠すためだろう。これで分かったな? 奴の言うことやること全部嘘だと思え〕
「人を騙すためにそこまでやるのか……。じゃあ、まさかこれまでのあいつの言動も?」
〔そう考えるのが自然だろうな〕
「……わ、分かった。なら、みんなが危険な目に合わないようにまずは俺だけで戦う」
〔ああ、それがいいだろう〕

 ブレイブは頷くと仲間達に言う。

「ケイナ、バッツ、メグ。あいつはまだ何かを隠しているようだから、まずは対応できる俺だけで戦うことにしたい。みんなは後方であいつを警戒しておいてくれないか? 危ない時は助けてくれ!」
「ええ!? 何言ってんだよ、ブレイブ兄ちゃん!?」
「あ、危ないですよ!?」

 バッツとメグが信じられないといった表情で反論する。

 その二人にケイナが言う。

「ブレイブさんなら大丈夫! 二人とも、ブレイブさんを信じましょう!」
「ケイナ姉ちゃんまで!? ……なんかよく分かんないけど、そうするよ」
「……はい」

 二人は釈然としないが、ひとまず納得したらしい。

 ブレイブは仲間達の前に立った。

「お前の相手は俺が一人ですることにした」
「……なに?」

 ベイズの眉がピクリと動いた。

「わざわざ一対一にしてくれるなんて、正々堂々とした素晴らしい男だ。ありがたいよ」

 ベイズは口に笑みを浮かべているが、目が笑っていない。

「じゃあ始めるか。正々堂々とした戦いを」

 ベイズはそう言うと、金属製の杖を構えた。
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