【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ

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運命さんこんにちは、さようなら

1 目が覚めて ①

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 さきは混乱していた。自身の住むボロアパートとは明らかに違う場所でひとり、大きなベッドに寝ていたからだ。おまけに身に覚えのない身体の痛みまであり、ハテナ? と首を傾げた。直近の記憶と言えば、仕事帰りに強烈な匂いを嗅いだというもので、咲にはそれから目が覚めるまでの記憶がなかった。とりあえずの問題は記憶がないことそれだ。
 記憶が飛ぶと言えば自身がΩということもありまずなんらかの薬を疑うが、咲は仕事が終わってまっすぐ家に帰っていただけだ。そんな物を使うような人間は職場にはいないし、理由もない。次に飲酒も考えられるが、咲は年齢こそ二十歳になってはいるもののお酒を飲んだ経験がない。仕事柄やれ打ち上げだお祝いだと酒宴の席へ出席する機会はそれなりにあるものの、もしも自分に番ができたら初めては番と飲みたいと決めていたし、周りにいる人間もそのことを知っていたので誰も無理に勧めたりはしない。咲は「お子ちゃまだなぁ」と揶揄われながら、いつも烏龍茶かジュースだった。そしてそもそも帰宅途中ということでこの線も消える。
 残るはなにかの病気か事故ということになるが、ついこないだ健康診断を受けたばかりだし怪我もないことからそれも違うと思った。

 「うーん?」と首を捻るが、それで終わりだ。記憶がない上に目が覚めるともうここにいて、その後のことはまったく分からないのだから普通はもっと取り乱してもよさそうなものだが、咲は混乱していたと言う割に落ち着いていた。とりあえず鎖に繋がれているわけでも目に見える怪我もなく、身体の痛みもどちらかと言えば筋肉痛の類で拉致監禁ではないと思われ、命の危険を感じなかったからだ。
 極端な話、咲は一人暮らしの為急いで帰らなくてもほとんど問題はない。あるとすれば、冷蔵庫にある毎日少しずつ大事に食べていたプリンがダメになってしまわないか、というくらいのものだった。生クリーム入りのちょっとだけ高級な物だっただけに、もしもダメになってしまったら悔やんでも悔やみきれない。プラス仕事も勝手に何日も休むわけにはいかないが、そっちの方は咲がΩであることもあり急な発情期ヒートを考慮され、少しくらいなら融通がきいた。勿論迷惑はかけたくないし、休んだ分はそれ以上頑張って働くつもりでいる。
 だから早く帰りたいと思うものの変に焦ってはいないという話だ。

「今何時だろう……?」

 キュルルとお腹が鳴り、やっぱり思い出すのは冷蔵庫の中のプリンのこと。

「甘くてーとろっとろでーむふふ♡」

 すぐに考えが横道に逸れがちな咲だが、一応今の状態はおかしいのだと分かってはいた。分からないのは経緯だ。なぜ自分がここにいて、記憶の一部がすっぽりと抜け落ちてしまっているのかということだった。
 分からなければ訊けばいい、そう思うもののこの部屋には咲以外には誰もおらず、訊くこともできない。その上空腹だ。だったら魅惑のプリンのことを考えてしまうのも仕方のはない話だと言えるのではないだろうか。






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