【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ

文字の大きさ
8 / 39
運命さんこんにちは、さようなら

3ー②

しおりを挟む
 燐はこんなに一日中誰かの傍にいて、温もりを感じるという経験がなかった。ご飯を食べるのも日中を過ごすのも一緒、寝るのも同じベッドだ。今のところ番った日以外は文字通り寝るだけになっているが。
 燐はα性の発現後は家族とも引き離され、鷹取家で生活をしていた。主人である晶馬も寝るときは別々の部屋だったし、誰かが傍にいるときはなんらかの仕事・・をしているときだった。だから今、この仕事とも言えるがそうとも言い切れない、変に取り繕う必要のない自分にとって一番近い存在である番との生活に燐は戸惑い、なんだか落ち着つかなかった。
 本来ならなんの覚悟もなく燐と番になってしまった咲の方が戸惑い、悲観に暮れていたかもしれなかった。だが咲の方はあっけらかんとしていて、外出禁止など窮屈に思うことはあるものの番との生活を楽しみ、マイペースに過ごしていた。咲にとって燐はすでに大事な番であり、唯一の家族だった。


*****

 燐と咲の番生活が始まって数日、燐は咲との約束・・を果たすべく時間をかけて念入りに準備をしていた。鷹取家の承認を得るのに時間がかかったり、面倒くさい手続きも沢山あったがそれについて文句を言うつもりはなかった。咲の我儘というよりも、鷹取家、燐側の勝手に付き合わせてしまっているのだ。フォローするのは当然のことと言えた。だからどんなに大変でも代理人を立てることはせず、燐自ら赴くことにしたわけだが──。

「おい」

 咲は返事をしない。なぜならおい・・という名前ではないからだ。

「おいって。聞こえないのか?」

「燐、僕の名前は咲だよ。咲って呼んでくれなきゃ返事しないよ」

「ぐ……。分かった。──『咲』」

「なぁに?」

「これからおま……咲の職場に行ってくる。なるべく早く帰ってくるつもりだから大人しく待ってろよ?」

「うん。大丈夫……だよ」

 そう言いながらも咲はしょんぼりと肩を落としてしまう。施設を出た後は、仕事以外はほとんどの時間をひとりで過ごしてきて、ひとりでいることにも慣れているはずだったが、ここ数日は燐とずっとふたりでいた為ひとりの時間が寂しいと思ってしまう。それでも自分の我儘をきいて職場に行ってくれるのだから笑顔で送り出さないと、と無理矢理笑顔を作った。

「──一時間だ。一時間で必ず帰ってくるから、それまでこれでも食ってろ」

 燐は咲の頭を不器用に撫で、ポケットから出した板チョコを半分パキッと割って渡した。燐にはこうすることに意味があるのかは分からなかったが、一個のプリンを一緒に食べたいと言う咲なら喜んでくれる、そう思った。

「俺も道中食うから──」

「──うん。ありがとう。待ってるね」

 半分こ。同じ場所にいなくてもふたりはひとつを分け合った物を食べるのだ。咲はそれが嬉しくて、今度は本当の笑顔で燐を送り出すことができた。
 燐はやれやれと息を吐くも自分の口角が少しだけ上がっていることに気づいていなかった。









しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

ちゃんちゃら

三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…? 夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。 ビター色の強いオメガバースラブロマンス。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

ふた想い

悠木全(#zen)
BL
金沢冬真は親友の相原叶芽に思いを寄せている。 だが叶芽は合コンのセッティングばかりして、自分は絶対に参加しなかった。 叶芽が合コンに来ない理由は「酒」に関係しているようで。 誘っても絶対に呑まない叶芽を不思議に思っていた冬真だが。ある日、強引な先輩に誘われた飲み会で、叶芽のちょっとした秘密を知ってしまう。 *基本は叶芽を中心に話が展開されますが、冬真視点から始まります。 (表紙絵はフリーソフトを使っています。タイトルや作品は自作です)

【完結】もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《根暗の根本君》である地味男である<根本 源(ねもと げん)>には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染<空野 翔(そらの かける)>がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました

こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

処理中です...