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運命さんこんにちは、さようなら
6 番のいる日常
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燐はドライヤー片手に緊張していた。
「い、いくぞ」
咲の髪に触れることを躊躇い、何度も「いくぞ」と言っては「ちょっと待った」を繰り返していた。
「無理ならいいよ?」
見かねた咲が助け舟を出すも燐は自分がやると言ってきかなかった。燐にしては珍しいことだった。まだ付き合いの浅い咲にもそれは分かったので、好きにさせることにして肩の力を抜いて目を閉じた。
咲と番になって、もしもの時の為に用意されていたマンションの一室でふたり暮らしが始まったわけだが、あれから三週間ほどが経つが燐は番らしいことがなにひとつできていなかった。番うまでは無表情の裏で、『番にしてあげること』を脳内でいくつも考えていた。実は玲斗が思うほど凛は主人の『運命』と番うことに不安を感じてはいなかったのだ。誰であれ、どんな理由であっても縁あって番うのだから、自分の番のことは大切に愛したいと思っていたのだ。
だが実際は最初のころは咲のことを誤解していたし、理想と現実とのギャップに割り切れない気持ちを抱えていて、うまく接することができなかった。誤解だったと分かった後も、咲の人となりを知るにつれ自分の取ってしまった態度を後悔し、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そんな罪悪感からか、燐の行動は無自覚にセーブされていた。番なのだからと同じベッドで寝ても文字通り寝るだけになってしまっていたし、折角咲が話しかけてくれても気の利いたことも言えない。食べ物を分け合って食べる以外でなにをすれば咲が喜ぶのかが知りたいのに訊くこともできない。自分の不甲斐なさを責めつつも燐はなんとか咲に番らしいことをしてあげたかった。そして色々考えた結果、まずは咲の髪をドライヤーで乾かそうと思った。美容師などプロは別として、髪を乾かすという行為は家族や恋人のような親しい間柄でしかやらないことだと思ったからだった。不正解とまでは言わないが、現段階では正解とも言えない答えだった。もっと難易度の低いことが他にも沢山あるのにそれに気づかない。優秀なαであるはずの燐は、咲に対してとても立派なポンコツになっていた。
やっとのことで意を決してドライヤーのスイッチを入れ、ブオーと音をたてて吹き出す熱風を燐の前に座る咲の濡れた髪にあてる。もう一方の手を髪の中に恐々入れながら、髪に触れる行為は結構ハードルが高いことなのだと気づかずにゆっくり丁寧に咲の髪が乾くまで続けた。
「ふふふ」
「ん? どこかおかしかった……か?」
「ううん。とっても上手だったよ。ありがとう」
咲は物理的と言うよりは心がくすぐったいやら嬉しいやらで、思わず笑い声を漏らした。実は咲は燐が自分に歩み寄ろうと頑張ってくれていることも
、自分のことを番として大事に扱おうとしてくれているがなかなかうまくいかなくて悩んでいることにも気づいていた。それでも、交わされるさりげない会話の中から見つけて欲しくて、「おはよう」から始まって「おやすみ」までいっぱいいっぱい沢山の言葉を送り、態度で示してきた。たとえ燐のやることがどんなに的外れなことだったとしても咲は構わなかった。やって欲しいこととやりたいことは違うし、もしも衝突することになったとしても話し合えばいいことだ。燐であればちゃんと話をきいてくれると信じられた。それが自分が求めていた『番』であり『家族』だ。そう思うと嬉しくて、楽しくて、愛しくてたまらない。咲は毎日が信じられないくらい幸せだった。
嬉しそうに笑う咲を見て、これは成功だなとしながらも自信なさげにドライヤーを片付ける燐の姿を咲は目を細めて見ていた。
「い、いくぞ」
咲の髪に触れることを躊躇い、何度も「いくぞ」と言っては「ちょっと待った」を繰り返していた。
「無理ならいいよ?」
見かねた咲が助け舟を出すも燐は自分がやると言ってきかなかった。燐にしては珍しいことだった。まだ付き合いの浅い咲にもそれは分かったので、好きにさせることにして肩の力を抜いて目を閉じた。
咲と番になって、もしもの時の為に用意されていたマンションの一室でふたり暮らしが始まったわけだが、あれから三週間ほどが経つが燐は番らしいことがなにひとつできていなかった。番うまでは無表情の裏で、『番にしてあげること』を脳内でいくつも考えていた。実は玲斗が思うほど凛は主人の『運命』と番うことに不安を感じてはいなかったのだ。誰であれ、どんな理由であっても縁あって番うのだから、自分の番のことは大切に愛したいと思っていたのだ。
だが実際は最初のころは咲のことを誤解していたし、理想と現実とのギャップに割り切れない気持ちを抱えていて、うまく接することができなかった。誤解だったと分かった後も、咲の人となりを知るにつれ自分の取ってしまった態度を後悔し、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そんな罪悪感からか、燐の行動は無自覚にセーブされていた。番なのだからと同じベッドで寝ても文字通り寝るだけになってしまっていたし、折角咲が話しかけてくれても気の利いたことも言えない。食べ物を分け合って食べる以外でなにをすれば咲が喜ぶのかが知りたいのに訊くこともできない。自分の不甲斐なさを責めつつも燐はなんとか咲に番らしいことをしてあげたかった。そして色々考えた結果、まずは咲の髪をドライヤーで乾かそうと思った。美容師などプロは別として、髪を乾かすという行為は家族や恋人のような親しい間柄でしかやらないことだと思ったからだった。不正解とまでは言わないが、現段階では正解とも言えない答えだった。もっと難易度の低いことが他にも沢山あるのにそれに気づかない。優秀なαであるはずの燐は、咲に対してとても立派なポンコツになっていた。
やっとのことで意を決してドライヤーのスイッチを入れ、ブオーと音をたてて吹き出す熱風を燐の前に座る咲の濡れた髪にあてる。もう一方の手を髪の中に恐々入れながら、髪に触れる行為は結構ハードルが高いことなのだと気づかずにゆっくり丁寧に咲の髪が乾くまで続けた。
「ふふふ」
「ん? どこかおかしかった……か?」
「ううん。とっても上手だったよ。ありがとう」
咲は物理的と言うよりは心がくすぐったいやら嬉しいやらで、思わず笑い声を漏らした。実は咲は燐が自分に歩み寄ろうと頑張ってくれていることも
、自分のことを番として大事に扱おうとしてくれているがなかなかうまくいかなくて悩んでいることにも気づいていた。それでも、交わされるさりげない会話の中から見つけて欲しくて、「おはよう」から始まって「おやすみ」までいっぱいいっぱい沢山の言葉を送り、態度で示してきた。たとえ燐のやることがどんなに的外れなことだったとしても咲は構わなかった。やって欲しいこととやりたいことは違うし、もしも衝突することになったとしても話し合えばいいことだ。燐であればちゃんと話をきいてくれると信じられた。それが自分が求めていた『番』であり『家族』だ。そう思うと嬉しくて、楽しくて、愛しくてたまらない。咲は毎日が信じられないくらい幸せだった。
嬉しそうに笑う咲を見て、これは成功だなとしながらも自信なさげにドライヤーを片付ける燐の姿を咲は目を細めて見ていた。
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