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4 兄の痛み ①
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俺は美晴に合わせる顔が無くて、その日から部屋に閉じ籠っていた。また同じことの繰り返しだ。だが今回は俺が完全なる加害者だ。
突発的な事故とも言えるようなことだったが、美晴を傷つけてしまったことがどうにも許せなかったのだ。
「コンコン」とドアをノックする音がして、乾が来たことが分かったが俺は返事をしなかった。乾に対しても申し訳ないと思っていたからだ。
何故あんな大金が報酬なのか、何故美晴をちゃんと見て欲しいと言ったのか、美晴の頬には火傷の痕があり本人はそれをひどく気にしている。多分そのことで自分に自信がなく、心からの褒め言葉で自信を取り戻して欲しいと思ったのだろう。それなのに俺が傷口を抉るようなマネをしてしまったのだ。
再び「コンコン」とノックの音がして次にガチャガチャという音の後、ドアが開けられた。
「――ちょっ……!」
少し怒ったような、呆れたような表情を浮かべた乾が部屋に無遠慮に入って来た。立て籠もり続ける俺に業を煮やしたのかマスターキーを使うという強硬手段にでたのだろう。お盆に乗せたラップのかかったおにぎりとお茶の入った湯呑をテーブルに置いて、大きく溜め息を吐いた。
「――残すところあと一週間とちょっとですが、もうギブアップということですか?」
「俺は――美晴を傷つけた……」
「そうですね。実に腹立たしいかぎりです。美晴もあなたと同じように自分の部屋に籠って出てきませんよ」
乾の言葉に驚く。その可能性をすっかり忘れていた。
自分はしばらく食べなくてもどうってことないが、美晴は子どもだから食べないとすぐに大変なことになるかもしれないのだ。
慌てて乾に美晴はごはんを食べているのか訊くと、ムッとしながらも答えてくれた。
「あなたと違ってごはんはちゃんと食べてくれてますよ」
俺はホッと息を吐いた。よくはないがよかった。
「――僕は訊きたい。あの時あなたはなにを思いましたか?」
「なにって……俺はまた間違えてしまったって……」
「そうですか。美晴の火傷の痕に関してはどう思いましたか? 気持ち悪いと思いましたか?」
「勿体ないとは思ったが気持ち悪いだなんて思わない。俺からしたらほんのちょっとの『違い』でしかないんだ。そりゃ本人は気になるだろうし髪で隠したくなる気持ちも分かる。だが気にしすぎて殻に閉じ籠って、この先一生そうやって生きていくのはあまりも辛いことだと思う」
そう言いながら俺は正にブーメランだなと思った。古いアパートのカビの生えた布団に丸まって、ちっとも幸せなんかじゃなかった。どんどんどんどん辛くなっていくばかりだった。
そして今も逃げ癖がついてしまったのか、部屋に籠り同じことを繰り返している。
「――そんな痕気にするな、大丈夫だって言いたいが、俺にそんな資格があるのか、……多分もう俺の言葉は美晴には届かない」
こんな情けない俺の言葉なんて美晴には届かない、届くはずがない。
俺の言葉に腹が立ったのか、乾の眉間にぎゅっと皺が寄った。
「気にするな? あの痕をどうしてそんな風に言えるんです?」
「どうしてって、あんな痕なんて関係ないくらい美晴は可愛い。打ち解けてからは特に、そこら辺にいる中学生と一緒で楽しければバカみたいに大口を開けて笑うし、嫌なことがあったら口を尖らせてみたり拗ねたりもした。そんなの可愛い以外ないじゃないか。あんなのひとつで美晴のなにが変わるって言うんだ。大小の違いはあれど誰だってなにかしらあるもんだろ? 俺は勿論――あんたにも。許されるなら、俺は美晴の笑顔を守りたいよ」
今言った言葉にひとつも嘘なんかない。素直な俺の気持ちだ。
そうだ。俺は美晴の子どもらしく怒ったり笑ったりする姿を見て自分が癒されていくのを感じていた。あんなにじくじくと痛んだ胸の傷も今ではすっかり瘡蓋ができ、その瘡蓋ももう少しで取れそうだった。
だからこそ俺のこの失敗は罪深い――。
乾の方を見ると、目に薄っすらと涙を浮かべて聞いていた。
それを見て俺は意味もなくゴクリと喉が鳴らした――。
「やはりあなたにお願いして良かった……。ぜひ美晴の笑顔を守ってあげて下さい」
「え? いや、――俺は失敗したんだ。守りたいと言いながらむしろ俺が追い込んだ……」
「いいえ、僕なんかよりよっぽどマシですよ。僕は、僕が、僕こそが悪いんですから――」
乾はなにもかもが自分のせいだとも言うように、儚げな笑みを浮かべていた。
そんな場合じゃないのにもかかわらず、俺はそんな乾の姿に見とれてしまっていた――。
突発的な事故とも言えるようなことだったが、美晴を傷つけてしまったことがどうにも許せなかったのだ。
「コンコン」とドアをノックする音がして、乾が来たことが分かったが俺は返事をしなかった。乾に対しても申し訳ないと思っていたからだ。
何故あんな大金が報酬なのか、何故美晴をちゃんと見て欲しいと言ったのか、美晴の頬には火傷の痕があり本人はそれをひどく気にしている。多分そのことで自分に自信がなく、心からの褒め言葉で自信を取り戻して欲しいと思ったのだろう。それなのに俺が傷口を抉るようなマネをしてしまったのだ。
再び「コンコン」とノックの音がして次にガチャガチャという音の後、ドアが開けられた。
「――ちょっ……!」
少し怒ったような、呆れたような表情を浮かべた乾が部屋に無遠慮に入って来た。立て籠もり続ける俺に業を煮やしたのかマスターキーを使うという強硬手段にでたのだろう。お盆に乗せたラップのかかったおにぎりとお茶の入った湯呑をテーブルに置いて、大きく溜め息を吐いた。
「――残すところあと一週間とちょっとですが、もうギブアップということですか?」
「俺は――美晴を傷つけた……」
「そうですね。実に腹立たしいかぎりです。美晴もあなたと同じように自分の部屋に籠って出てきませんよ」
乾の言葉に驚く。その可能性をすっかり忘れていた。
自分はしばらく食べなくてもどうってことないが、美晴は子どもだから食べないとすぐに大変なことになるかもしれないのだ。
慌てて乾に美晴はごはんを食べているのか訊くと、ムッとしながらも答えてくれた。
「あなたと違ってごはんはちゃんと食べてくれてますよ」
俺はホッと息を吐いた。よくはないがよかった。
「――僕は訊きたい。あの時あなたはなにを思いましたか?」
「なにって……俺はまた間違えてしまったって……」
「そうですか。美晴の火傷の痕に関してはどう思いましたか? 気持ち悪いと思いましたか?」
「勿体ないとは思ったが気持ち悪いだなんて思わない。俺からしたらほんのちょっとの『違い』でしかないんだ。そりゃ本人は気になるだろうし髪で隠したくなる気持ちも分かる。だが気にしすぎて殻に閉じ籠って、この先一生そうやって生きていくのはあまりも辛いことだと思う」
そう言いながら俺は正にブーメランだなと思った。古いアパートのカビの生えた布団に丸まって、ちっとも幸せなんかじゃなかった。どんどんどんどん辛くなっていくばかりだった。
そして今も逃げ癖がついてしまったのか、部屋に籠り同じことを繰り返している。
「――そんな痕気にするな、大丈夫だって言いたいが、俺にそんな資格があるのか、……多分もう俺の言葉は美晴には届かない」
こんな情けない俺の言葉なんて美晴には届かない、届くはずがない。
俺の言葉に腹が立ったのか、乾の眉間にぎゅっと皺が寄った。
「気にするな? あの痕をどうしてそんな風に言えるんです?」
「どうしてって、あんな痕なんて関係ないくらい美晴は可愛い。打ち解けてからは特に、そこら辺にいる中学生と一緒で楽しければバカみたいに大口を開けて笑うし、嫌なことがあったら口を尖らせてみたり拗ねたりもした。そんなの可愛い以外ないじゃないか。あんなのひとつで美晴のなにが変わるって言うんだ。大小の違いはあれど誰だってなにかしらあるもんだろ? 俺は勿論――あんたにも。許されるなら、俺は美晴の笑顔を守りたいよ」
今言った言葉にひとつも嘘なんかない。素直な俺の気持ちだ。
そうだ。俺は美晴の子どもらしく怒ったり笑ったりする姿を見て自分が癒されていくのを感じていた。あんなにじくじくと痛んだ胸の傷も今ではすっかり瘡蓋ができ、その瘡蓋ももう少しで取れそうだった。
だからこそ俺のこの失敗は罪深い――。
乾の方を見ると、目に薄っすらと涙を浮かべて聞いていた。
それを見て俺は意味もなくゴクリと喉が鳴らした――。
「やはりあなたにお願いして良かった……。ぜひ美晴の笑顔を守ってあげて下さい」
「え? いや、――俺は失敗したんだ。守りたいと言いながらむしろ俺が追い込んだ……」
「いいえ、僕なんかよりよっぽどマシですよ。僕は、僕が、僕こそが悪いんですから――」
乾はなにもかもが自分のせいだとも言うように、儚げな笑みを浮かべていた。
そんな場合じゃないのにもかかわらず、俺はそんな乾の姿に見とれてしまっていた――。
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