俺のかわいい婚約者さま リメイク版

ハリネズミ

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僕のかわいいこぐまさま

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俺は高校生になるとすぐに社会勉強を兼ねて喫茶店でバイトを始めていた。今年でもう2年目になる。
今では随分慣れたけど、最初の頃は何にも分からなくて失敗続きだった。それでも辞めずに頑張れたのはマスターをはじめスタッフがみんないい人ばかりだったからだ。それと単純に働く事が楽しかった。

だけど働くという事は楽しいだけでは済まない。マスターの方針でお客さんにはまるで家にいるかのように寛いでもらえるように、常連さんの顔といつものオーダーを覚えなくてはいけなかった。なのになかなか覚える事ができずに苦戦していた。学校の成績は悪い方じゃないけど、こういう暗記は苦手だ。最初は「いつもの」なんて言っていた常連さんも俺にだけメニュー名を言うようになって、自分が情けなくてお客さんにも申し訳なくてしょんぼりしていたら、マスターにこっそり二つが結びつくようなあだ名を考えてみたらどうかと言われた。
勿論自分の中だけで人には言ってはいけない。一歩間違えばお客さんの事をバカにしてると取られかねないからだ。
半信半疑でそのアドバイス通りにあだ名を付けてみると面白いくらい覚える事ができた。
今思えばマスターはお客さんの事をもっと観察してみなさいって言いたかったのかもしれない。
観察して、その人がどういう人なのか……そうする事でいつものオーダー以外にも、視線や仕草だけでも色々と分かるようになっていった。
そんな感じで殆どの常連さんにあだ名を付けたんだけど、中でも『熊さん』と『カフェオレさん』は一番印象深いお客さんだった。

『熊さん』は毎日18時に店を訪れて決まった席に座り、コーヒー一杯分だけ本を読む。
大きな身体を少し窮屈そうに丸めて本を読む姿は熊を連想させて、まるで俺の母さんみたいで可愛いなって思った。だから来店時にはつい見てしまう。そしてニコニコとしてしまうんだ。

俺と同じように熊さんの事を見つめる人が居る事に気づいたのが半年ほど前の事だ。
その人は中性的な顔立ちのほっそりとしたとても背の高い人だった。隠すように首に巻かれたチョーカーからΩだと分かった。
熊さんを見ていて何度もその人、カフェオレさんと目があった。
カフェオレさんは毎日18時より少し前に現れて、隅っこの席に座る。
決まってカフェオレを頼み、熊さんが来ると熊さんをじっと見つめるだけで声をかける事もしない。
カフェオレさんは熊さんの事が好きなんだ。その事に気づいた時、なんだか自分の事のようにカフェオレさんの恋を応援したいと思った。
だってただ見つめるだけで声もかけないし、そんなに消極的じゃ熊さんに気づいてもらえないのにと他人事ながら心配になったんだ。



*****
ある日カフェオレさんが来ない日があって、そんな日に限って物事は動くもので、熊さんは他県に就職が決まってここに来られるのも今月いっぱいだとマスターと話していた。

え?それじゃあカフェオレさんは想いも伝えないまま終わっちゃうのか?
もう半年近くずっとただ見つめる事しかできなかったカフェオレさんの熊さんへの想い。
決して軽いものではないはずだ。
せめて熊さんがもうすぐ遠くへ行ってしまってもう会えなくなるって俺から伝えた方がいいのかな?
でもいきなりそんな事言われてもびっくりしちゃうよな。
カフェオレさんはいつも俺と目が合うと頬を赤く染めて俯くんだ。きっと俺がカフェオレさんの熊さんへの気持ちに気づいたって思って恥ずかしいのだろう。
そんな控え目な人に熊さんの事……どうやって伝えれば――。

バイトを終えそんな事を考えながら帰っていると、近くで悲鳴が聞こえた。
視線の先にはカフェオレさんが誰かに抱き込まれていた。
あの細い腰に回される誰かの腕と必死に逃げようと身体を捩っているカフェオレさん。
雰囲気からいってαに違いない。
カフェオレさんがαに襲われてる!!?

俺は急いで駆け寄って、そのα男を思いっきり殴り飛ばした。

「大丈夫ですかっ??」

突然カフェオレさんを拘束していた腕は消え、おまけに俺が現れてびっくりしたと同時に見知った顔に少しだけ緊張が解けたのかカフェオレさんはへたりとその場に座り込んでしまった。
カフェオレさんに手を差し伸べようとして背後で人が動く気配にカフェオレさんを自分の背にかばうようにして立ち、α男に向き直って叫んだ。

「いい大人がこんな往来で盛ってんじゃねーよっ!!!」

「あいててて……」

殴られた頬を片手で押さえ、見上げるα男の顔に驚いた。

「え?父さん??浮気っ??」

「おい!何言ってる!そんな事するわけないだろう!!」

父さんの本気の咆哮に少しだけ身体が震える。
だけど、俺は今背後にカフェオレさんを庇ってる。だから怖くても――怖くなんかない!

「じゃ、じゃあどうして?」

「どうしてもこうしても……。その子が目の前で倒れそうになったから抱きとめたんだが、俺がαだからか急にパニくってしまって。離すと危ないから支えてただけだ」

俺は振り向きカフェオレさんを見ると、はっとした顔をした。
そして勢いよく立ち上がり、頭を下げた。

「僕っ助けていただいたのにすみませんっ!」

ただでさえふらついていたのに、いきなりの動きにぐらりと倒れそうになり、俺は急いで抱きとめた。
父さんはその様子を見て、「ほら、そういう事だ」と言った。

「父さん、ごめんなさい……」

しゅんとなる。あの時の俺の頭の中にはカフェオレさんを助ける事しかなくて、父さんだって気づきもしなかった。
父さんは別に怒った風もなく、「大丈夫」と手をヒラヒラとさせた。

「それよりそちらの方は奏の知り合いか?まだ具合悪そうだし、うちで少し休んでいただいたらどうだ?」

「うん。バイト先のお客さんで――。今日母さんシチュー作るって言ってたし、一人くらい増えたって大丈夫だよね」

俺たちの言葉にとんでもないと遠慮されたが、訊けば一人暮らしだと言うからこのまま帰すのは心配で、半ば強引に連れて帰った。


うちに帰ると出迎えてくれた母さんを見て、カフェオレさんはびっくりした顔をした。
何年か前に街でαに襲われそうになっているところを母さんに助けられた事があるそうだ。
なんとも不思議なご縁もあるものだ。母さんも父さんも俺もカフェオレさんを助けたんだから。
何度も何度も母さんにお礼を言うカフェオレさんの頬は真っ赤に染まっていて、胸にもやっとするものが生まれた。

「奏、どうした?眉間に皺が寄ってる」

父さんにそう指摘され、自分で自分の眉間にそっと触れてみると確かに皺が寄っていて、自分の事なのに理由も分からず首を傾げるだけだった。


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