優しい嘘の見分け方

ハリネズミ

文字の大きさ
2 / 30
優しい嘘の見分け方

しおりを挟む
 毎日が何の変化もなく過ぎていって、ある日俺は一冊の本が置かれている事に気がついた。
 いつの間に置かれたのか、それは『罪』について書かれた本だった。
 俺はその本を最初のメイドたちに教えて貰った文字を思い出しながら時間をかけて読んだ。何度もなんども。
 内容が面白かったというわけではなかった。メイドが代わり新しい知識は増える事がなく、他にやる事が何ひとつなかったのだ。

 本の中に書かれていた事は罪を犯せば罰を受けなければならない、というものだった。
 何故この本だけがここにある事をのか、その意味を考えると俺が罪人であると言いたいのだと思った。
 だから俺はこんな目に合っているという事なのだろう。
 物を知らない俺でもさすがに自分が置かれたこの状況は異常なのだと理解していた。ここへ来るメイドたちも外へ出れば寄り添い合う誰かがいて、『自由』なのだと知っているからだ。

 俺が罪人なのだとして、俺にどんな罪があるのだろう。
 成長し、ある程度の事が分かっても未だその答えは見つからない。

 そしていつものように木を愛おし気に見つめ涙を流すふたりを見て、もしかしたら外の世界のあのふたりが俺にここにいる事を強いているのかもしれないと思うようになっていた。

 それでも俺はふたりの事を恨むという事はなく、あれほどモヤモヤして痛かった想いもいつの間にか消えていて、ふたりが何故俺にそんな事をするのかを知りたいと思うようになっていた。知って、謝りたいと――。
 あれ程贅沢だと感じていたふたりが、俺よりももっと悲しく寂しそうに見えたからだ。

 あんまり俺がふたりの事を見ているものだから、おしゃべりなメイドが「あのおふたりは大切なモノをなくされたのよ」と思わせぶりな事を言ったがそれ以上の事は教えてくれなくて、結局は何も分からなかった。
 ふたりが失くした物とは何だろう。
 失くした物を俺は返せるのだろうか? どうすればふたりに償える?

 ついでとばかりに教えられたここの窓はこちら側からは見えるけどあちら側からは見えないという事実。
 ふたりにとって俺は本当に透明人間なのだ。見たくもない存在なのだ。

 俺はずっと冷たい箱の中でひとり。
 それが俺の世界で、それが許されない事をしてしまった俺への罰――?


*****

 ――つうっと涙が流れ段々と浮上していく意識の中、すぐには自分が今置かれている状況が分からなかった。
 まだ自分はあの箱の中でひとりでいるのかと真っ暗な闇の中、数回瞬く。

 そしてゆっくりと身体を起こそうとして、身体のあちこちに感じる痛みに小さく呻き声を上げ再び身体をベッドに沈み込ませた。柔らかく受け止められたのに痛くて堪らない。
 記憶の欠片がもたらす痛みに血の気が引き、身体がガタガタと震えだした。
 小さな欠片ひとつひとつがとてつもない恐怖だった。


 短くはない時間が過ぎても何も起こらない事で警戒レベルを少しだけ下げ、更なる情報を得ようと息を潜め視線だけで辺りを見回して驚く。あんな事があったのだ、きっと路地裏かよくて病院のベッドで寝かせれていると思っていた。あの箱に再びいる可能性だってあった。だけど、どれも違う。
 遮光性の高いカーテンが作り出す闇の世界に、今が朝なのか夜なのかも分からないし部屋の細部も分からないけど、自分は随分と上質なふかふかのベッドに寝かされているのだと分かった。ぽんぽんさわさわと手触りを確かめほっと息を吐きそうになるが、すぐに思い直した。
 どんなに上等な場所に自分がいたとして、なにひとつ自分の安全が約束されたという事にはならないからだ。
 あの箱の中にも必要最低限ではあるが、それなりに上質な物が置かれていた。確かに自分を害する事はなかったけど、それだけだ。あの箱は自分にとって安心できる場所ではなかった。

 ゆっくりと身体を起こし、忙しなく動く眼球。全神経を使って辺りの様子を窺う。

 どのくらいそうしていただろうかとりあえずは危険がないと判断した。
 やっと少しだけ緊張が緩み、これからの事を考える為にも再び欠片を集め記憶をたどる。

 俺はあそこから連れ出され……そして――。
 
 ぎゅっと目を瞑り痛いくらいに拳を握りしめ、そしてハッとする。
 一番大事な事だったのに。

 首の後ろを確かめるようにそっと触れ、あてられていたガーゼにぎくりとなる。それでももしかしたらとガーゼを剥がし震える指で項に触れ、指先がでこぼこを認め絶望した。


 ――――――俺は項を噛まれてしまっていた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...