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その日の退社時間の少し前、熊野はわざわざオレを訪ねてきて、少しだけ遠慮がちに呑みに誘った。
『また』がこんなに早いとは思っていなかったオレが戸惑っていると、断られるかもしれないと思ったのだろう熊野は眉尻をへにょりと下げた。
オレが慌てて
「ええ! 定時で終わると思うので、じゃあ一階ロビーで待ち合わせにしますかっ?」
と笑顔で答えると、熊野もホッとしたような顔になった。そんなオレたちの様子をどこから見ていたのか、昼間熊野と揉めていた男が現れた。
「なぁーんだ。お前たちデキてるのか。だからふたりでしめし合わせて俺に恥かかせたんだろ?」
「は……?」
思わずオレは男を睨んだけれど、熊野の表情は変わらなかった。ただ、その場の気温がぐんっと下がった気がして、オレはぶるりと身体を震わせた。
「しっかしなにも男同士でくっつくこともないだろうに。お前も別に女みたいに可愛いってわけでもねぇし、あぁ、お互いモテない同士くっついたってことか。俺ならどんなに飢えてても無理中の無理だわ。裸に剥いた途端萎えるってーの。ギャハハ!」
と男は笑った。なんて低俗な煽りだろうか。
そうは思うけれど、男が言っていることは嘘ではない。オレが可愛くないのは自分がよく分かっているのだ。アキラとのことが解決したからといって、オレが可愛くなるわけじゃない。
なにも言えずに下唇をぐっと噛んで俯いていると、熊野が庇うようにオレの前に出た。
「さっきから黙って聞いていれば、お前はなにを言っているんだ。神楽坂君ほど可愛い存在を俺は知らない。それに恥をかかせたと言うが、お前のやっていることは詐欺や横領にあたると知らないのか? 本来なら申請してきた時点で故意であれば一発アウトなんだが、俺が全体の窓口を任されるにあたって社長から言われたことがある。『人は弱い。その弱さ故に誰しも魔がさすことはある。きみも、そして私も。間違えた人間を切り捨ててしまうことは簡単だ。だが私は、自分で間違いに気づき、立ち直ることで強くなれる人もいることを知っている。経営者として私は甘いのかもしれないが、それでも私は社員全員の親だから、少しの、自分で気づける猶予くらいはあげたいと思うのだよ』と。だから俺が『間違い』を受け付けないことで、自分で気づく猶予を与えることにした。お前の件も改心するなら要観察にはなるが処分はしないはずだったんだ。だがお前は社長の信頼を裏切った。あれからすぐ俺が席を外しているのをいいことに、とうとう断れない立場の小松(経理課の新人)に無理矢理処理させたそうだな。小松が泣きながら教えてくれたよ。少額だから大丈夫、だとは思うなよ。すでに社長ににこれまでのことも報告を済ませた。あとは──分かるな?」
前半があまりにも強烈すぎて、後半部分はなにも頭に入ってこなかった。
可愛い存在? オレが? あの夜も言ってくれたけれど、それは酒の上でのことだし、それにオレに気を遣ってくれただけだと思っていた。可愛いって言ってくれて嬉しかったけれど、オレはちゃんと現実を見ていた。
あっ! そうか、今回もこの男がオレをバカにするようなことを言ったから庇ってくれたわけか。
そんなことを考えていると、熊野の更なる爆弾発言に目を剥く。
「神楽坂君は、お前に見せるのも勿体無いくらい可愛い俺の自慢の恋人だ。これ以上侮辱されたら俺はなにをするか分からないぞ。それと恨むなら俺だけにしろよ。もしも神楽坂君に手をだすようなことがあったら……生まれてきたことを必ず後悔させてやるからな」
熊野はいつもよりも数段低い声でそう言い放ち、鋭い視線で男にトドメを刺した。男は青褪め、最後の抵抗とばかりに忌々し気に舌打ちを一つ残すと逃げていった。
見事撃退! と喜ぶところだけれど、オレはそれどころではなかった。熊野の爆弾発言の威力がすさまじくて、混乱してしまっていたのだ。なんなら男よりオレの方が打撃をうけていたまである。
はぁ────────?? 恋人? 誰が? 誰の?
あ、はいはい冗談ね、冗談。──冗談、だよな? え……?
混乱しすぎて、「は?」と「え?」しか言葉がでてこない。そんな絶賛混乱中のオレの手を熊野は掴んで、「さ、行くぞ」と言うものだから更に混乱は続く、続くよどこまでも。
途中いつの間に回収したのか、オレの鞄を熊野が自分の鞄と一緒に片手で抱えていて、もう片方の熊野と繋いだ手はよく見ると恋人繋ぎになっていた。
気づいた途端「うひゃあ」とか「ひえっ」とか悲鳴にも似た声が漏れた。もちろん顔は茹でダコのように真っ赤だ。
どこからか唸るように「くそっ」とか「可愛い」「可愛いすぎだろっ」「俺を殺す気かっ」と聞こえたような気もしたけれど、きっと気のせいに違いない。
『また』がこんなに早いとは思っていなかったオレが戸惑っていると、断られるかもしれないと思ったのだろう熊野は眉尻をへにょりと下げた。
オレが慌てて
「ええ! 定時で終わると思うので、じゃあ一階ロビーで待ち合わせにしますかっ?」
と笑顔で答えると、熊野もホッとしたような顔になった。そんなオレたちの様子をどこから見ていたのか、昼間熊野と揉めていた男が現れた。
「なぁーんだ。お前たちデキてるのか。だからふたりでしめし合わせて俺に恥かかせたんだろ?」
「は……?」
思わずオレは男を睨んだけれど、熊野の表情は変わらなかった。ただ、その場の気温がぐんっと下がった気がして、オレはぶるりと身体を震わせた。
「しっかしなにも男同士でくっつくこともないだろうに。お前も別に女みたいに可愛いってわけでもねぇし、あぁ、お互いモテない同士くっついたってことか。俺ならどんなに飢えてても無理中の無理だわ。裸に剥いた途端萎えるってーの。ギャハハ!」
と男は笑った。なんて低俗な煽りだろうか。
そうは思うけれど、男が言っていることは嘘ではない。オレが可愛くないのは自分がよく分かっているのだ。アキラとのことが解決したからといって、オレが可愛くなるわけじゃない。
なにも言えずに下唇をぐっと噛んで俯いていると、熊野が庇うようにオレの前に出た。
「さっきから黙って聞いていれば、お前はなにを言っているんだ。神楽坂君ほど可愛い存在を俺は知らない。それに恥をかかせたと言うが、お前のやっていることは詐欺や横領にあたると知らないのか? 本来なら申請してきた時点で故意であれば一発アウトなんだが、俺が全体の窓口を任されるにあたって社長から言われたことがある。『人は弱い。その弱さ故に誰しも魔がさすことはある。きみも、そして私も。間違えた人間を切り捨ててしまうことは簡単だ。だが私は、自分で間違いに気づき、立ち直ることで強くなれる人もいることを知っている。経営者として私は甘いのかもしれないが、それでも私は社員全員の親だから、少しの、自分で気づける猶予くらいはあげたいと思うのだよ』と。だから俺が『間違い』を受け付けないことで、自分で気づく猶予を与えることにした。お前の件も改心するなら要観察にはなるが処分はしないはずだったんだ。だがお前は社長の信頼を裏切った。あれからすぐ俺が席を外しているのをいいことに、とうとう断れない立場の小松(経理課の新人)に無理矢理処理させたそうだな。小松が泣きながら教えてくれたよ。少額だから大丈夫、だとは思うなよ。すでに社長ににこれまでのことも報告を済ませた。あとは──分かるな?」
前半があまりにも強烈すぎて、後半部分はなにも頭に入ってこなかった。
可愛い存在? オレが? あの夜も言ってくれたけれど、それは酒の上でのことだし、それにオレに気を遣ってくれただけだと思っていた。可愛いって言ってくれて嬉しかったけれど、オレはちゃんと現実を見ていた。
あっ! そうか、今回もこの男がオレをバカにするようなことを言ったから庇ってくれたわけか。
そんなことを考えていると、熊野の更なる爆弾発言に目を剥く。
「神楽坂君は、お前に見せるのも勿体無いくらい可愛い俺の自慢の恋人だ。これ以上侮辱されたら俺はなにをするか分からないぞ。それと恨むなら俺だけにしろよ。もしも神楽坂君に手をだすようなことがあったら……生まれてきたことを必ず後悔させてやるからな」
熊野はいつもよりも数段低い声でそう言い放ち、鋭い視線で男にトドメを刺した。男は青褪め、最後の抵抗とばかりに忌々し気に舌打ちを一つ残すと逃げていった。
見事撃退! と喜ぶところだけれど、オレはそれどころではなかった。熊野の爆弾発言の威力がすさまじくて、混乱してしまっていたのだ。なんなら男よりオレの方が打撃をうけていたまである。
はぁ────────?? 恋人? 誰が? 誰の?
あ、はいはい冗談ね、冗談。──冗談、だよな? え……?
混乱しすぎて、「は?」と「え?」しか言葉がでてこない。そんな絶賛混乱中のオレの手を熊野は掴んで、「さ、行くぞ」と言うものだから更に混乱は続く、続くよどこまでも。
途中いつの間に回収したのか、オレの鞄を熊野が自分の鞄と一緒に片手で抱えていて、もう片方の熊野と繋いだ手はよく見ると恋人繋ぎになっていた。
気づいた途端「うひゃあ」とか「ひえっ」とか悲鳴にも似た声が漏れた。もちろん顔は茹でダコのように真っ赤だ。
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