【完結】 『運命』なんてクソ喰らえ!

ハリネズミ

文字の大きさ
16 / 20

7 ②

しおりを挟む
 その日の退社時間の少し前、熊野はわざわざオレを訪ねてきて、少しだけ遠慮がちに呑みに誘った。
 『また』がこんなに早いとは思っていなかったオレが戸惑っていると、断られるかもしれないと思ったのだろう熊野は眉尻をへにょりと下げた。
 オレが慌てて

「ええ! 定時で終わると思うので、じゃあ一階ロビーで待ち合わせにしますかっ?」

 と笑顔で答えると、熊野もホッとしたような顔になった。そんなオレたちの様子をどこから見ていたのか、昼間熊野と揉めていた男が現れた。

「なぁーんだ。お前たちデキてるのか。だからふたりでしめし合わせて俺に恥かかせたんだろ?」

「は……?」

 思わずオレは男を睨んだけれど、熊野の表情は変わらなかった。ただ、その場の気温がぐんっと下がった気がして、オレはぶるりと身体を震わせた。

「しっかしなにも男同士でくっつくこともないだろうに。お前も別に女みたいに可愛いってわけでもねぇし、あぁ、お互いモテない同士くっついたってことか。俺ならどんなに飢えてても無理中の無理だわ。裸に剥いた途端萎えるってーの。ギャハハ!」

 と男は笑った。なんて低俗な煽りだろうか。
 そうは思うけれど、男が言っていることは嘘ではない。オレが可愛くないのは自分がよく分かっているのだ。アキラとのことが解決したからといって、オレが可愛くなるわけじゃない。
 なにも言えずに下唇をぐっと噛んで俯いていると、熊野が庇うようにオレの前に出た。

「さっきから黙って聞いていれば、お前はなにを言っているんだ。神楽坂君ほど可愛い存在を俺は知らない。それに恥をかかせたと言うが、お前のやっていることは詐欺や横領にあたると知らないのか? 本来なら申請してきた時点で故意であれば一発アウトなんだが、俺が全体の窓口この役目を任されるにあたって社長から言われたことがある。『人は弱い。その弱さ故に誰しも魔がさすことはある。きみも、そして私も。間違えた人間を切り捨ててしまうことは簡単だ。だが私は、自分で間違いに気づき、立ち直ることで強くなれる人もいることを知っている。経営者として私は甘いのかもしれないが、それでも私は社員全員の親だから、少しの、自分で気づける猶予くらいはあげたいと思うのだよ』と。だから俺が『間違い』を受け付けないことで、自分で気づく猶予を与えることにした。お前の件も改心するなら要観察にはなるが処分はしないはずだったんだ。だがお前は社長の信頼を裏切った。あれからすぐ俺が席を外しているのをいいことに、とうとう断れない立場の小松こまつ(経理課の新人)に無理矢理処理させたそうだな。小松が泣きながら教えてくれたよ。少額だから大丈夫、だとは思うなよ。すでに社長ににこれまでのことも報告を済ませた。あとは──分かるな?」

 前半があまりにも強烈すぎて、後半部分はなにも頭に入ってこなかった。
 可愛い存在? オレが? あの夜も言ってくれたけれど、それは酒の上でのことだし、それにオレに気を遣ってくれただけだと思っていた。可愛いって言ってくれて嬉しかったけれど、オレはちゃんと現実を見ていた。
 あっ! そうか、今回もこの男がオレをバカにするようなことを言ったから庇ってくれたわけか。
 そんなことを考えていると、熊野の更なる爆弾発言に目を剥く。

「神楽坂君は、お前に見せるのも勿体無いくらい可愛い俺の自慢の恋人・・だ。これ以上侮辱されたら俺はなにをするか分からないぞ。それと恨むなら俺だけにしろよ。もしも神楽坂君に手をだすようなことがあったら……生まれてきたことを必ず後悔させてやるからな」

 熊野はいつもよりも数段低い声でそう言い放ち、鋭い視線で男にトドメを刺した。男は青褪め、最後の抵抗とばかりに忌々し気に舌打ちを一つ残すと逃げていった。
 見事撃退! と喜ぶところだけれど、オレはそれどころではなかった。熊野の爆弾発言の威力がすさまじくて、混乱してしまっていたのだ。なんなら男よりオレの方が打撃をうけていたまである。
 はぁ────────?? 恋人? 誰が? 誰の?
 あ、はいはい冗談ね、冗談。──冗談、だよな? え……? 
 混乱しすぎて、「は?」と「え?」しか言葉がでてこない。そんな絶賛混乱中のオレの手を熊野は掴んで、「さ、行くぞ」と言うものだから更に混乱は続く、続くよどこまでも。
 途中いつの間に回収したのか、オレの鞄を熊野が自分の鞄と一緒に片手で抱えていて、もう片方の熊野と繋いだ手はよく見ると恋人繋ぎになっていた。
 気づいた途端「うひゃあ」とか「ひえっ」とか悲鳴にも似た声が漏れた。もちろん顔は茹でダコのように真っ赤だ。
 どこからか唸るように「くそっ」とか「可愛い」「可愛いすぎだろっ」「俺を殺す気かっ」と聞こえたような気もしたけれど、きっと気のせいに違いない。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する

ユッキー
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。 そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。

happy dead end

瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」 シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

脱落モブ男が人気アイドルに愛されるわけがない

綿毛ぽぽ
BL
 アイドルを夢見るも、デビューできずオーディション番組に出演しても脱落ばかりの地味男、亀谷日翔はついに夢を諦めた。そしてひょんなことから事務所にあるカフェで働き始めると、かつて出演していた番組のデビューメンバーと再会する。テレビでも引っ張りだこで相変わらずビジュアルが強い二人は何故か俺に対して距離が近い。 ━━━━━━━━━━━ 現役人気アイドル×脱落モブ男 表紙はくま様からお借りしました https://www.pixiv.net/artworks/84182395

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

美澄の顔には抗えない。

米奏よぞら
BL
スパダリ美形攻め×流され面食い受け 高校時代に一目惚れした相手と勢いで付き合ったはいいものの、徐々に相手の熱が冷めていっていることに限界を感じた主人公のお話です。 ※なろう、カクヨムでも掲載中です。

処理中です...