恋むすび

ハリネズミ

文字の大きさ
9 / 13

しおりを挟む
 今日もいつものように乙女さんの病室に行くと、あの男がいた。そりゃあ乙女さんの事を『祖母』と言っていたからいたとしてもおかしくはないけど、どうも気まずい。
 出直して来ようかと踵を返したところで乙女さんに見つかってしまった。

「あら、紅葉くん、今日も来てくれたのね」

「あ……はい。お加減どうですか?」

「すっかり元気よー。元々大したことなかったんだけどこの子が心配だって言うから」

 と男に視線を向けるので、ペコリと頭を下げたが男の方はふいっとそっぽを向いてしまった。
 まぁ……別にいいけどね。

「なぁに? 太陽たいようったら紅葉くんにご挨拶なさいな」

 乙女さんに促され、しぶしぶといった様子で「――どうも」とだけ。

 実はこの男がこんな態度をとるのは俺にだけなのだ。どうしてそんな事が分かるのかというと、他の人に対する接客態度はいたって丁寧で、懐っこい感じなのだ。さすが乙女さんの孫だと思えるのに、俺にだけは違う。勘違いかもと思ったが、どうやら本当に俺は嫌われてしまっているらしい。初対面からなので、嫌われる理由なんて分からない。別に無理に仲良くなろうとは思っていないが、理由も分からず嫌われるというのは少し嫌な気がした。


 顔も見れたし帰ろうとしたところで乙女さんが検査に呼ばれて、戻るまで待っていてと言われてしまった。
 他の同室のおばあさんたちもみんな出ていて、病室には俺と男のふたりっきりだった。
 気まずくて窓の外を見ていると、男がぼそぼそとしゃべりかけてきた。

「――あの日お金払ったのに……おにぎり忘れたでしょう……?」

「――あの日……あ!」

 あの日とは俺が倒れてしまった日の事だろう。乙女さんの事が心配で忘れてしまった。そうだ、俺も気になっていたんだ。
 俺は急いで男に頭を下げて謝った。

「あの時はすみませんでした!」

 まさか俺から謝られるとは思っていなかったのか、男は面食らった様子だ。

「せっかく作ってくれたのに忘れてしまって――。その……それであのおにぎりはどうしました? 食べてくれてたらいいんだけど――」

「え……?」

「――――本当にすみませんでした」

 ゆっくりと頭をもう一度下げた。
 男は黙って俺の事を見つめて何やら考えているようだったけど、少しだけ俺を見つめる瞳が優しくなっている気がした。

「――大丈夫、です。無駄にはしてませんよ。あなたも大変だったんでしょう? 倒れられたとか。もう大丈夫なんですか?」

「へ? あ、俺は乙女さんが元気だって分かったから大丈夫。てか、入院してるのに元気っていうのもおかしいか。本当のところ乙女さんは大丈夫なのか?」

 突然の男の変わりように驚きすぎて砕けた口調になってしまったが、男も気にしていないようなのでそのままにした。
 男、太陽は俺より年下みたいだし、いいよな。

「――まぁ祖母は大丈夫ですよ。ただ年齢が年齢だから心配で検査入院させてるだけです。ちょこっと数値が変なとこもあるんですが薬で改善されてきてますし、近々退院できると思います。祖母の事を心配して下さってありがとうございます」

 太陽はにっこりと微笑むと丁寧に頭を下げた。

 良かったよかったで終わるところだが、さっきから俺の心臓がおかしい。ドキドキと煩くて、もしかして心臓の病気でも? と疑いたくなるくらいだ。
 そもそも太陽がいきなり態度を変えるから……。って、太陽が態度を変えたからって俺の心臓に何の関係が?

 チラリと太陽を窺えば穏やかな瞳でこちらを見つめていて、ドキリと心臓が大きく跳ねた。
 やっぱり原因は太陽にあると思うがその理由までは分からず、急いで目を逸らした。それでもまだどくどくと普段より数倍早い心臓の音に、ソワソワといつまでも落ち着かなかった。
 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

ラピスラズリの福音

東雲
BL
*異世界ファンタジーBL* 特別な世界観も特殊な設定もありません。壮大な何かもありません。 幼馴染みの二人が遠回りをしながら、相思相愛の果てに結ばれるお話です。 金髪碧眼美形攻め×純朴一途筋肉受け 息をするように体の大きい子受けです。 珍しく年齢制限のないお話ですが、いつもの如く己の『好き』と性癖をたんと詰め込みました!

happy dead end

瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」 シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

処理中です...