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8 @八坂 太陽
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あんなに必死にオレの事を心配してくれる紅葉さんは、やっぱりあの頃のままなんだと嬉しくてにやけてしまい、緩む口元を隠すのが大変だった。
それに、紅葉さんは言いにくそうにしていたけど何を言いたいのかは分かっていた。店の収入が少ないにもかかわらずオレが会社をクビになってしまったら――と心配してくれたのだろう。だけど、結果は同じだとしても問題はそこではないのだ。
ばあちゃんがひとりでこの店をやっていた時もお小遣い程度の稼ぎしかなかった。そもそも生活の為というわけではなく、ばあちゃんの『色々な人に美味しい物を食べてもらって笑顔になって欲しい』という願いの為に店を開いたのだ。
お客さんを中に入れず小窓だけにしたのもおかしなヤツが入ってきてばあちゃんに危害を加えないようにと思ったからだし、忙しくなりすぎないようにという配慮もあった。
ばあちゃんが好きな事をして笑顔でいてくれたら、それだけでオレは嬉しかったし、学生時代の罪滅ぼしの意味もあった。
生活費はオレが稼げばいい事なので、そもそも弁当屋の稼ぎはあてにはしていない。
だけど、このままではばあちゃんが戻った時にはお客さんがいない、という事になりかねないのだ。いくら店があってもお客さんがいなければ、本当の意味でばあちゃんの願いを守った事にはならないのだ。
お客さんというのは離れて行く時はあっという間で、一度離れてしまったら戻ってきてもらう事はとても難しい。そうならない為にオレに何ができるのか――。
オレは本業が会社員だから営業時間をばあちゃんがやってた時より極端に短い。そのせいもあって客足が遠のいているのかもしれない。だけど会社を辞めるわけにもいかないし、どうしようもない事だ。
とりあえず来てくれたお客さんにできるだけ満足してもらうのはマストとして、その上で何かーー。
紅葉さんに対する誤解も解け、これからアピールしていこうと思っていたけど……今はそんな場合ではないのだ。
*****
どうするべきか考えても現状を維持するだけで精一杯で、打開策となるような案は思い浮かばず、ただ日々に流されていた。そんな時、大口の注文が入ったのだ。翌朝9時までにおにぎりを100個。そのお客さんはいつも来てくれている人で、ばあちゃんの味のファンなんだそうだ。ばあちゃんの願いを守るって言いながら、結局はばあちゃんに助けられたわけだ。
ふぅ……と情けなさからなのか安堵からなのか、自分でもわからない溜息が出た。
この店の現状では少々無茶な注文ではあったけど、折角のチャンスを逃す手はない。普通に会社勤めをしている身としては少しばかり体力的につらいものがあるが、ネックだった短い営業時間でも問題ないのだ。うまくいけばこれが宣伝になってお客さんが増えるかもしれない。そうしたらばあちゃんの願いが守られる。
うん。今は自分の力不足を嘆くより、やるべき事をきちんとやり遂げる事の方が大事だ。
と、そう思っていつもより早くからはりきって握り始めたのに、まだほんの数個握っただけで不注意で利き手を怪我してしまった。なかなか止まらない血をタオルで抑えながら、自分の情けなさに涙がじわりと浮かんだ。
こんな状態でひとりで100個なんてとても無理な話だ。今この注文をキャンセルしたらお客さんに迷惑をかけてしまうし、信用も失ってしまう。
二度とこんな大口の注文は入らないだろうし、どこからか話を聞きつけて悪い噂が広まる可能性だってあった。そうなってしまえばこんな小さな店なんてすぐに潰れてしまうだろう。
なんとかしなくちゃと焦れば焦るほどどうすればいいのか分からず、がっくりと肩を落とす。
そんな時ふと脳裏に浮かんだのが紅葉さんの顔だった。迷惑をかける事は分かっていたけど、ばあちゃんにこの店を守ると約束したんだ。あの人なら助けてくれるかもしれない……。病院で誤解が解けた日に無理を言って連絡先をゲットしていた。本当は初めての連絡をこんな形ではしたくなかったけど――。
悩んでなやんで、握りしめていたスマホで紅葉さんに連絡をすると、早朝にも関わらずすぐに駆け付けてくれた。
説明を聞きチャレンジするがどうにもうまく握れない。うまく纏まらずぽろぽろと零れていく米に紅葉さんもじーっと手を見て思案顔だ。
打つ手なし、と項垂れるオレに紅葉さんはある提案をしてきた。ひとりでできないならふたりで握ればいいと言うのだ。
「そんな事……無理ですよ……。謝って許してもらいます。おにぎりは責任もってどこかから調達して――」
「ダメだ。この店のおにぎりが好きで注文してくれたのに、今更できませんでした。すみませんでは通らない。俺だってこの店のおにぎりは好きなんだ。だから沢山の人に食べてもらいたいって思う。お前もひとりでは握れなくて、俺もひとりではできないのならふたりでやるしかないだろ? 俺とお前のふたりで」
「――ふたりで……? それはどういう――」
「こうするんだ」
そう言うと紅葉さんはオレの怪我をしていない方の手を取り、その上に自分の手を重ねた。
「力加減とか色々調整は任せる。だから諦めずに頑張ろう?」
「――は……はい」
涙ぐむオレに「泣くのは全部終わった後だ。――まぁその時は頭ぽんぽんくらいはしてやるからさ」と言ってにやりと笑った。
その姿があの日オレが恋した、しっかりと地に足を付けて立っていた先輩と重なり、あの頃の気持ちを鮮明に思い出していた。
自分も先輩みたいに強くあろうと誓ったんだ。先輩に相応しい人になろうと――。やりもしないで諦める事はしてはいけない。
不安な気持ちを振り払い、力強く頷いた。
先輩とオレのふたりならやれる! やってみせる!
一見無謀にも思えた『ふたり握り』は慣れてくればひとりで握るよりも早く、上手にできた。
オレは夢中になって紅葉さんとふたりでおにぎりを握り続け、約束の時間を前に100個握り終わっていた。
それに、紅葉さんは言いにくそうにしていたけど何を言いたいのかは分かっていた。店の収入が少ないにもかかわらずオレが会社をクビになってしまったら――と心配してくれたのだろう。だけど、結果は同じだとしても問題はそこではないのだ。
ばあちゃんがひとりでこの店をやっていた時もお小遣い程度の稼ぎしかなかった。そもそも生活の為というわけではなく、ばあちゃんの『色々な人に美味しい物を食べてもらって笑顔になって欲しい』という願いの為に店を開いたのだ。
お客さんを中に入れず小窓だけにしたのもおかしなヤツが入ってきてばあちゃんに危害を加えないようにと思ったからだし、忙しくなりすぎないようにという配慮もあった。
ばあちゃんが好きな事をして笑顔でいてくれたら、それだけでオレは嬉しかったし、学生時代の罪滅ぼしの意味もあった。
生活費はオレが稼げばいい事なので、そもそも弁当屋の稼ぎはあてにはしていない。
だけど、このままではばあちゃんが戻った時にはお客さんがいない、という事になりかねないのだ。いくら店があってもお客さんがいなければ、本当の意味でばあちゃんの願いを守った事にはならないのだ。
お客さんというのは離れて行く時はあっという間で、一度離れてしまったら戻ってきてもらう事はとても難しい。そうならない為にオレに何ができるのか――。
オレは本業が会社員だから営業時間をばあちゃんがやってた時より極端に短い。そのせいもあって客足が遠のいているのかもしれない。だけど会社を辞めるわけにもいかないし、どうしようもない事だ。
とりあえず来てくれたお客さんにできるだけ満足してもらうのはマストとして、その上で何かーー。
紅葉さんに対する誤解も解け、これからアピールしていこうと思っていたけど……今はそんな場合ではないのだ。
*****
どうするべきか考えても現状を維持するだけで精一杯で、打開策となるような案は思い浮かばず、ただ日々に流されていた。そんな時、大口の注文が入ったのだ。翌朝9時までにおにぎりを100個。そのお客さんはいつも来てくれている人で、ばあちゃんの味のファンなんだそうだ。ばあちゃんの願いを守るって言いながら、結局はばあちゃんに助けられたわけだ。
ふぅ……と情けなさからなのか安堵からなのか、自分でもわからない溜息が出た。
この店の現状では少々無茶な注文ではあったけど、折角のチャンスを逃す手はない。普通に会社勤めをしている身としては少しばかり体力的につらいものがあるが、ネックだった短い営業時間でも問題ないのだ。うまくいけばこれが宣伝になってお客さんが増えるかもしれない。そうしたらばあちゃんの願いが守られる。
うん。今は自分の力不足を嘆くより、やるべき事をきちんとやり遂げる事の方が大事だ。
と、そう思っていつもより早くからはりきって握り始めたのに、まだほんの数個握っただけで不注意で利き手を怪我してしまった。なかなか止まらない血をタオルで抑えながら、自分の情けなさに涙がじわりと浮かんだ。
こんな状態でひとりで100個なんてとても無理な話だ。今この注文をキャンセルしたらお客さんに迷惑をかけてしまうし、信用も失ってしまう。
二度とこんな大口の注文は入らないだろうし、どこからか話を聞きつけて悪い噂が広まる可能性だってあった。そうなってしまえばこんな小さな店なんてすぐに潰れてしまうだろう。
なんとかしなくちゃと焦れば焦るほどどうすればいいのか分からず、がっくりと肩を落とす。
そんな時ふと脳裏に浮かんだのが紅葉さんの顔だった。迷惑をかける事は分かっていたけど、ばあちゃんにこの店を守ると約束したんだ。あの人なら助けてくれるかもしれない……。病院で誤解が解けた日に無理を言って連絡先をゲットしていた。本当は初めての連絡をこんな形ではしたくなかったけど――。
悩んでなやんで、握りしめていたスマホで紅葉さんに連絡をすると、早朝にも関わらずすぐに駆け付けてくれた。
説明を聞きチャレンジするがどうにもうまく握れない。うまく纏まらずぽろぽろと零れていく米に紅葉さんもじーっと手を見て思案顔だ。
打つ手なし、と項垂れるオレに紅葉さんはある提案をしてきた。ひとりでできないならふたりで握ればいいと言うのだ。
「そんな事……無理ですよ……。謝って許してもらいます。おにぎりは責任もってどこかから調達して――」
「ダメだ。この店のおにぎりが好きで注文してくれたのに、今更できませんでした。すみませんでは通らない。俺だってこの店のおにぎりは好きなんだ。だから沢山の人に食べてもらいたいって思う。お前もひとりでは握れなくて、俺もひとりではできないのならふたりでやるしかないだろ? 俺とお前のふたりで」
「――ふたりで……? それはどういう――」
「こうするんだ」
そう言うと紅葉さんはオレの怪我をしていない方の手を取り、その上に自分の手を重ねた。
「力加減とか色々調整は任せる。だから諦めずに頑張ろう?」
「――は……はい」
涙ぐむオレに「泣くのは全部終わった後だ。――まぁその時は頭ぽんぽんくらいはしてやるからさ」と言ってにやりと笑った。
その姿があの日オレが恋した、しっかりと地に足を付けて立っていた先輩と重なり、あの頃の気持ちを鮮明に思い出していた。
自分も先輩みたいに強くあろうと誓ったんだ。先輩に相応しい人になろうと――。やりもしないで諦める事はしてはいけない。
不安な気持ちを振り払い、力強く頷いた。
先輩とオレのふたりならやれる! やってみせる!
一見無謀にも思えた『ふたり握り』は慣れてくればひとりで握るよりも早く、上手にできた。
オレは夢中になって紅葉さんとふたりでおにぎりを握り続け、約束の時間を前に100個握り終わっていた。
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