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5 スケープゴート @麗(後輩・弟)
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偶然大湊さんが佐多さんにいつもの嫌がらせをされているのを知って、兄に助けて欲しいと連絡を入れた。頃合いを見て途中間違いメールを装って僕は今家にいてそもそも飲み会なんてなかった事を間接的に伝えた。
大湊さんは昔と変わってしまったと言っても優しいところは変わっていなかったから、佐多さんが使った『歓迎会』で僕の事を心配している可能性があったからだ。
そのすぐ後兄にももう帰って大丈夫だとメッセージを送ったけど既読はつかなくて、何かあったのかと心配していたんだけど兄の事だから大丈夫、と大人しく待つ事にした。
うろうろと熊のように部屋の中を歩き回り、やっと来た兄からの『小波を帰したから自分も帰る』というメッセージに心底安心して力が抜けた。
『お疲れ様。気をつけて帰ってきてね』と返信し、やっと僕はあの時のお返しが少しだけどできたんだって喜んだ。
だけどそれは間違いだったんだってしばらくして分かる事になるんだ。
*****
それから一週間程が過ぎたある日、スマホが着信を知らせ、見ると画面に知らない番号が表示されていた。
出てみると、中学に入って半年も経たないうちに転校してそれっきりになっていたおよそ十一年ぶりくらいになる小学校からの友人だった。完全に繋がりは切れてしまっていたはずなのにどうやって知ったのか、同窓会の連絡だと言った。
親の再婚で急遽他県に引っ越ししなくちゃいけなくなって、学校も転校した。突然の事だったから挨拶できなかった人も多かった。
いきなり過ぎて違うけど夜逃げみたいで、僕の方から誰にも連絡をとる事はできなかった。
そしてその元凶みたいな新しい父親と年の離れた兄に馴染むのに大分時間がかかってしまった。本当は誰も悪くないって分かってたけど、逃げ出すみたいなのは嫌だったんだ。
そのせいで一番しなくてはいけなかった人にも挨拶ができなくて、連絡先くらい聞いておけば良かったと何度も後悔した。
当時僕の家は少なくはない借金があった。大病を患っていた父さんの治療にかかったお金だ。一部保健の適用外の物もあって結構な額になっていた。結局は父さんが亡くなって、借金だけが残った。保険金でも賄えなくて返済するのに母さんは必死になって働いていた。僕は小学生でバイトもできないし、せめて家の事くらいはと僕なりに頑張ってはいた。でも借金を返しながらの生活は経済的に苦しく、着る物や持ち物に気を遣えなかった。それでも小学校時代は周りには僕の家の事情を知る友人ばかりだったから、同情的な目で見られる事に少しだけ居心地の悪さを感じてはいたけど平和な学校生活を送る事ができていた。
そして小学校を卒業し、中学生になってそれは始まった。
クラスの中心的人物に目をつけられて――お決まりのいじめコースだ。
苦しくて辛かったけど誰も助けてはくれなくて、母さんにも助けてなんて言えなくて……僕は我慢していた。そんな時、偶然僕がいじめられている現場を見かけた先輩が助けてくれたんだ。あの時の事を思うといじめられていた事を忘れちゃうくらい嬉しくて、温かな気持ちになるんだ。
もういじめていた奴らの顔なんか覚えていないけど、その先輩の事はずっと覚えていた。僕よりひとつ上の華奢で美しい人。
助けられた翌日には僕は転校してしまったから名前も知らないけれど、僕の事を助けてくれた唯一の人。あ、今は兄もそうだけど、僕が腐らずにいられたのはあの先輩のお陰なんだ。
大人になってこの町に帰ってきて、もしも会えたらお礼が言いたいって思っていた。
友人は昔の事を気にしてか最初は少しだけ遠慮がちに話していたけど、先輩のお陰で僕は誰の事も恨んでいなかったから久しぶりの友人との会話は懐かしくて嬉しいだけだった。テンション高く話す僕につられて友人も段々昔の頃の気安い感じに戻っていった。
そしてふと思ったんだ。もしかしたら僕が転校した後のあの先輩の事を知っていないかなって。こっちに戻ってきて今の会社に入ってすぐに大湊さんがあの時の先輩だって気づいた。だけど、昔の先輩と違い過ぎていて声をかける事ができなくて、影ながら見守る事しかできなかった。
だから佐多さんが大湊さんに嫌がらせをしているのに気づく事ができたんだ。嫌がらせと言っても僕が中学の時受けたようなものとは違い悪戯の範疇に収まる程度の事だけど、あまり気分のいいものではないという事には違いない。
そして先輩を変えた何かの事も気になっていて、ずっと地元にいた友人であれば何か知っているかもしれない。そう思って訊いてみると、やっぱり知っていて。
だけど――――。
『それ本気で言ってる? あ、でもお前は知らないのか……』
という気になる言葉。知らないって何を? 背中を嫌な汗が伝い、心臓がバクバクと嫌なリズムを刻み始める。
『あの先輩……』
――――え……。友人の言葉が知らない言葉のように聞こえ、聞こえているはずなのに内容が理解できなかった。理解したくなかった。
『あれで目つけらて……俺もよくは知らないんだけど、高校卒業するまでいじめられてたって……。あの時俺たちもお前の事を助けてあげられなかった、から……偉そうな事は言えないけど――お前はあの人に会っちゃいけないって思う――。あれから何年も経ってるし、もし忘れていたらつらかった事を思い出させるなんて可哀そうだろう?』
僕は動揺のあまりそのまま通話を切ってしまった。
「どうしよう――」
全身から血の気が引いて、久しぶりに感じた消えてなくなりたいという感じ。
今回の事で先輩を守れた気でいた自分を殴りたくなった。
僕は兄に守られて笑っていたけど先輩は――――。
恩人を……僕が地獄に落として……今の今まで知らなかったのだ。
大湊さんは昔と変わってしまったと言っても優しいところは変わっていなかったから、佐多さんが使った『歓迎会』で僕の事を心配している可能性があったからだ。
そのすぐ後兄にももう帰って大丈夫だとメッセージを送ったけど既読はつかなくて、何かあったのかと心配していたんだけど兄の事だから大丈夫、と大人しく待つ事にした。
うろうろと熊のように部屋の中を歩き回り、やっと来た兄からの『小波を帰したから自分も帰る』というメッセージに心底安心して力が抜けた。
『お疲れ様。気をつけて帰ってきてね』と返信し、やっと僕はあの時のお返しが少しだけどできたんだって喜んだ。
だけどそれは間違いだったんだってしばらくして分かる事になるんだ。
*****
それから一週間程が過ぎたある日、スマホが着信を知らせ、見ると画面に知らない番号が表示されていた。
出てみると、中学に入って半年も経たないうちに転校してそれっきりになっていたおよそ十一年ぶりくらいになる小学校からの友人だった。完全に繋がりは切れてしまっていたはずなのにどうやって知ったのか、同窓会の連絡だと言った。
親の再婚で急遽他県に引っ越ししなくちゃいけなくなって、学校も転校した。突然の事だったから挨拶できなかった人も多かった。
いきなり過ぎて違うけど夜逃げみたいで、僕の方から誰にも連絡をとる事はできなかった。
そしてその元凶みたいな新しい父親と年の離れた兄に馴染むのに大分時間がかかってしまった。本当は誰も悪くないって分かってたけど、逃げ出すみたいなのは嫌だったんだ。
そのせいで一番しなくてはいけなかった人にも挨拶ができなくて、連絡先くらい聞いておけば良かったと何度も後悔した。
当時僕の家は少なくはない借金があった。大病を患っていた父さんの治療にかかったお金だ。一部保健の適用外の物もあって結構な額になっていた。結局は父さんが亡くなって、借金だけが残った。保険金でも賄えなくて返済するのに母さんは必死になって働いていた。僕は小学生でバイトもできないし、せめて家の事くらいはと僕なりに頑張ってはいた。でも借金を返しながらの生活は経済的に苦しく、着る物や持ち物に気を遣えなかった。それでも小学校時代は周りには僕の家の事情を知る友人ばかりだったから、同情的な目で見られる事に少しだけ居心地の悪さを感じてはいたけど平和な学校生活を送る事ができていた。
そして小学校を卒業し、中学生になってそれは始まった。
クラスの中心的人物に目をつけられて――お決まりのいじめコースだ。
苦しくて辛かったけど誰も助けてはくれなくて、母さんにも助けてなんて言えなくて……僕は我慢していた。そんな時、偶然僕がいじめられている現場を見かけた先輩が助けてくれたんだ。あの時の事を思うといじめられていた事を忘れちゃうくらい嬉しくて、温かな気持ちになるんだ。
もういじめていた奴らの顔なんか覚えていないけど、その先輩の事はずっと覚えていた。僕よりひとつ上の華奢で美しい人。
助けられた翌日には僕は転校してしまったから名前も知らないけれど、僕の事を助けてくれた唯一の人。あ、今は兄もそうだけど、僕が腐らずにいられたのはあの先輩のお陰なんだ。
大人になってこの町に帰ってきて、もしも会えたらお礼が言いたいって思っていた。
友人は昔の事を気にしてか最初は少しだけ遠慮がちに話していたけど、先輩のお陰で僕は誰の事も恨んでいなかったから久しぶりの友人との会話は懐かしくて嬉しいだけだった。テンション高く話す僕につられて友人も段々昔の頃の気安い感じに戻っていった。
そしてふと思ったんだ。もしかしたら僕が転校した後のあの先輩の事を知っていないかなって。こっちに戻ってきて今の会社に入ってすぐに大湊さんがあの時の先輩だって気づいた。だけど、昔の先輩と違い過ぎていて声をかける事ができなくて、影ながら見守る事しかできなかった。
だから佐多さんが大湊さんに嫌がらせをしているのに気づく事ができたんだ。嫌がらせと言っても僕が中学の時受けたようなものとは違い悪戯の範疇に収まる程度の事だけど、あまり気分のいいものではないという事には違いない。
そして先輩を変えた何かの事も気になっていて、ずっと地元にいた友人であれば何か知っているかもしれない。そう思って訊いてみると、やっぱり知っていて。
だけど――――。
『それ本気で言ってる? あ、でもお前は知らないのか……』
という気になる言葉。知らないって何を? 背中を嫌な汗が伝い、心臓がバクバクと嫌なリズムを刻み始める。
『あの先輩……』
――――え……。友人の言葉が知らない言葉のように聞こえ、聞こえているはずなのに内容が理解できなかった。理解したくなかった。
『あれで目つけらて……俺もよくは知らないんだけど、高校卒業するまでいじめられてたって……。あの時俺たちもお前の事を助けてあげられなかった、から……偉そうな事は言えないけど――お前はあの人に会っちゃいけないって思う――。あれから何年も経ってるし、もし忘れていたらつらかった事を思い出させるなんて可哀そうだろう?』
僕は動揺のあまりそのまま通話を切ってしまった。
「どうしよう――」
全身から血の気が引いて、久しぶりに感じた消えてなくなりたいという感じ。
今回の事で先輩を守れた気でいた自分を殴りたくなった。
僕は兄に守られて笑っていたけど先輩は――――。
恩人を……僕が地獄に落として……今の今まで知らなかったのだ。
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