英雄じゃなくて声優です!

榛名

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第54話 ただいまです

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「ふわぁあああ・・・」

マユミ達の護衛の一人、マインツは御者台で欠伸をしていた。
馬車の旅はつつがなく進んでいた、まさに平和そのものだ。
だがあまりにも平和だったので、彼はそろそろ退屈してきていた。

(この仕事を受けたのは失敗だったか・・・)

グリュモール侯爵家令嬢を乗せた馬車の護衛。
平和な南西街道の護衛とあって報酬こそ少なかったが、貴族に顔を売れる機会とあって多くの傭兵達がこの依頼に殺到したのだ。
だがマインツは違った、こういう退屈な仕事は彼の最も嫌う仕事なのだ。
暇で疲れるくらいなら戦いの中で疲労する方が良い・・・故に彼は荒事や危険な仕事ばかりを率先して引き受けてきたのだ。
腕自慢で向こう見ずな連中が多いこの仕事の中で、冷静な性格が幸いしたのか彼は生き残ってきた。

今回は逆にそれが災いした、確かな実力者を一人は護衛に付けたいというクライアントの要望に彼はぴったりな人材だったのだ。
リーダーを任されたトゥーガと旧知の仲だった事も大きい、昔世話になった彼に頼まれては断るのも気が退けて・・・つい引き受けてしまったのだ。

「「ラ~ララ~ラララ~♪」」

馬車の中から聞こえてくる歌声・・・しっとりとしたメロディーがまた彼の眠気を誘ってくる。
ここ数日の間、マユミとミーアはずっと歌の練習をしていた。
練習の成果は出てきたようで、二人の歌声は綺麗に揃っている。
エレスナーデが作っている歌詞が完成すれば『二人の歌姫』はさぞ素晴らしいものになるだろう。

(それはそれで楽しみではあるんだが・・・)

最初の『朗読』の時はマインツもしっかり楽しんでいた、彼も物語は嫌いではないのだ。
だが今は、令嬢の命を狙って暗殺者の一人も来てくれると嬉しい。
そんな不謹慎な事を考えていた彼だったが・・・賊どころか獣の一匹も現れない。

(侯爵領まであと少しだ・・・それまでの辛抱だな)

また出そうになる欠伸を噛み殺しながら侯爵領に思いを馳せる。
彼が聞いた噂・・・異世界の英雄が現れたという話が本当ならば、退屈とは無縁な冒険の日々がそこにあるかも知れない。
ノブツナのような剣士だろうか・・・それともセーメイのような魔術師だろうか・・・
彼の地に降臨したという異世界の英雄の事を思うと、彼は心が躍った。

(まぁ俺如きが簡単に会えるとも思えないが・・・歴史が動く現場を見れるかも知れないしな)


彼はまだ知らない・・・噂の人物その本人が、今彼の後ろで歌っているのだということを・・・


そろそろ昼食だ、休憩の為に馬車を停止させる。
お嬢様方が乗り物酔いをしないように、休憩は適度に行われていた。

「ふぅ、歌い過ぎて喉がカラカラだよ・・・ナーデ、お水をお願い」
「はいはい、今出すわね」

エレスナーデが魔法で水を出す、この魔法のおかげで馬車の荷物は少なく済んでいる。
水の魔法は旅の必需品だ、マユミ達が出会った商人達の中にも水の魔法を使える者がいた。
水魔術師が少ない国では水術師は水を出すだけでひと財産築ける、という話もあるくらいだった。

旅の食事は保存の利く干し肉とパンが主流だ。
マユミは籠に傭兵達の分を詰めると、馬車を降りて彼らに配りに行く事にした。
草の上に腰を下ろして休憩をしていた傭兵達に干し肉を手渡していく。

「お疲れ様です、どうぞ」
「わざわざすまないな、言ってくれれば取りに行ったんだが・・・」
「いえいえ、護衛してもらっているんで・・・これくらいはさせてください」
「・・・ありがとう」
「はい、どういたしまして」
「いやー、マユミちゃんは気が利くね、良いお嫁さんになるぜ、俺とかどうよ?」
「あはは・・・遠慮しときます」
「レスター、お嬢様相手に失礼な事を言うんじゃない」
「いや俺らだって、どっかで手柄を立てればこう・・・爵位の一つも貰えるかもしれないじゃないっすか、そうすれば・・・」
「ないない」
「変な夢見てないでさっさと食え・・・おや、こいつは・・・」

マユミはパンに何か塗ってから彼らに手渡していた。
甘い果実の香りがする。

「港街を出る時に友達にもらったジャムです、このパンあんまり美味しくないんで・・・これを塗れば食べやすいかなって・・・」
「いいのかい?そんな大事な物を使っちまって」
「いいんです、私も使いたかったし・・・皆に喜んでもらえるなら、友達も喜ぶんじゃないかな」

「お前ら聞いたな?彼女に感謝してしっかり食べるんだぞ」
「はーい、マユミちゃん、そのお友達もかわいかったりするのかな?」
「・・・お前は食べなくてもいいぞ」
「そうですね、返してもらおうかな?」
「そんなー、そりゃないっすよー」

こうして、和気あいあいと食事が進むのだった。

やがて馬車は侯爵領へと辿り着く。
遠くを見ればうっすらと森が見える・・・グリューエンの街はもうすぐだ。

「帰って来たわね・・・」
「はい、侯爵も首を長くしてお待ちでしょう」

そろそろ見覚えのある風景が見えてきたらしい、エレスナーデは感慨深そうだ。
そういえば港町に行く時に通った川が見える・・・あちらに見える小屋はマユミが船酔いで運び込まれた休憩所だろうか。

「帰って来た・・・か・・・うん」

やがて見覚えのある街並みが見えてくる・・・
『帰って来た』・・・ここが自分の居場所、自分の街・・・そんな実感が湧いてくるマユミだった。

「ここが・・・侯爵領・・・マユミの家があるの?」
「え・・・ええと・・・」
「そうよ、これから私達3人はあそこで一緒に暮らすの」

ミーアにそう尋ねられたマユミだが
居候の身としてはあの屋敷を自分の家とは素直に言えないものがあった・・・
・・・だがエレスナーデは断言する。

「だから、一緒にただいまって言いましょうね?」
「うん・・・そうだね、ありがとう」
「マユミ?泣いてるの?どこか痛い?」
「な、泣いてなんていないよ!大丈夫大丈夫」

心配そうに見てくるミーアに必死に元気だとアピールするマユミ。
・・・少しだけ、目頭に熱を感じたのであった。


「よし、これで俺たちの仕事は完了だ」
「ありがとうございました」
「また何かあったら、この俺を指名してくれよな」
「・・・」

馬車は無事に屋敷へと到着した、慌てて使用人たちが出てきて荷物を運んでいく・・・
護衛の傭兵達とはこれでお別れだ。

「あの、職人通りの方に『女神の酒樽亭』というお店があって・・・私、そこで吟遊詩人のお仕事をさせてもらっているので・・・もしよかったら行ってみてください」
「ああ、この街には何日か滞在するだろうから、時間のある時にでも行ってみよう」
「何、その店にいけばマユミちゃんとまた会えるの?」
「レスター、お前は来なくていいぞ」
「・・・むしろ来るな」
「いや、俺は行く、絶対行くからね~」

最期まで賑やかな連中だった。

傭兵達を見送った後、マユミ達は屋敷へと向かった。
相変わらずの立派な屋敷だ。

「ほらマユミ、ミーアちゃん」
「うん、おいでミーアちゃん、一緒に言おう」


エレスナーデ、マユミ、ミーア・・・三人で仲良く屋敷の扉をくぐった。


______ただいま。
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