英雄じゃなくて声優です!

榛名

文字の大きさ
7 / 90

第7話 これが声優のお仕事です

しおりを挟む
「何を隠そうこのお方こそ、伝説に語られし異世界よりの来訪者!今上の英雄殿であるぞ」

(うわーはじまっちゃった・・・どうしよう)

まるで自分の事のように得意げに語り出す侯爵・・・もはやマユミに止める気力はなかった。

(まぁどうせ信じないよね・・・こんな馬鹿げた話・・・実際私弱かったし、狼に殺されそうだったし)

見るからに真面目そうな騎士、ゲオルグはきっとこんな話は信じずに主を諫めてくれるだろう。
そんな期待を込めてゲオルグを見つめるマユミ・・・

「お主も見たであろう、この森から立ち上る強大な光を・・・儂はその光を追ってここまで来た、
そして見たのだ!光が集まり、人の姿となる所を・・・」
「それがこの少女・・・いや英雄殿であると?」

(あれ・・・「この少女」から「英雄殿」に訂正したよこの人・・・)

まさか・・・信じてしまったのか・・・マユミはとても嫌な予感がした。

「それだけではないぞゲオルグよ、お前が先ほど追い払った狼だが、お前が駆け付けるまで英雄殿は武器も持たずたった一人で、その気迫だけで、狼の動きを抑え込んでおったのだ」

(えっ・・・あー・・・そう見えたのかー・・・まぁそうだろうなー・・・)

この件に関してもゲオルグは神妙な顔で頷いた。
確かゲオルグが駆け付けた頃には、もう狼に抑え込まれ何も抵抗出来ない無様な姿を見せていたはずだが・・・

「確かに・・・私がここにたどり着けたのも、英雄殿の気迫あふれる声が遥か遠くまで響き渡っていたからです」

(そ、そうきたかー)

自慢の声がここで仇になったらしい。

(まずい、誤解されてる・・・何か弁明を・・・何か言わないと・・・)

「それは私が声優だからであって、気迫とかそういうのじゃないんです!」
「なるほど、英雄としてはごく当たり前のことで、まだまだ本気ではなかったと・・・」

何を言っているのだ、この人は・・・
まともな人だと思ったのに・・・まともな人だと思ったのに・・・

「英雄、じゃなくて、声優、ですっ!」

聞き間違えることのないようにしっかり強調して叫んだ。
だが、中世ヨーロッパ風の世界に生きる彼らが声優などという職業を知る由もなかった。

「せい・・・ゆう・・・?」
「声に優れると書いて声優!声だけであらゆるものを表現し、演じ、人の心を動かし、感動を与える・・・い、異世界の職業です・・・」

最後の方で声が小さくなる・・・しかし自分が異世界の存在である事は認めるしかない。
たとえ英雄ではないとしても、この世界にとっての異物には違いないだろう。

「異世界の職業、声優・・・声だけであらゆるものを表現し、演じ、人の心を動かし、感動を与える・・・それがお前だというのか?」
「え、ええ・・・まぁ・・・まだ未熟で、そこまでじゃないんですけど・・・」

・・・元いた世界の職業「声優」を説明するものとしては適切なつもりだが、自分のこととなると自信を持って言えない。
それはあくまでも尊敬し憧れるベテラン声優の方々の領域だ・・・今のマユミには程遠い。

見ると侯爵は勝手に納得して頷いていた、また何か勘違いしているのだろう。
そしてゲオルグはというと・・・難しい顔でなにやら考えていた。

「むぅ・・・すまないが、それだけではよくわからないな・・・いったいどういうものなのだ?」
「そうですね・・・何か実演でも出来れば良いんですが・・・」

とはいえ台本も何もない・・・アドリブはあまり得意ではなかった。
何かないだろうか・・・必死に考える・・・はっきりと記憶にあるのは散々練習した「ロリ婚」の台本くらいだった。

(ロリ婚・・・そういえば、あれも似たような世界か・・・よし、いけるかもしれない)

何かを思いついたマユミはゲオルグの背後に回り込もうとする。

「どうした?」

ゲオルグが振り返った・・・まぁ当然である。

「あー、その・・・ちょっとあっち向いてて貰えますか?声だけでやるんで、あんまり見られたくないというか・・・その・・・」
「ああそうなのか、すまない」

素直にマユミの言う事を聞いて背中を見せる。
他人に背後に立たれることを極端に嫌う人ではないようだ。

「では・・・始めます、ゴホン」

軽く咳をして喉の調子を整える・・・大丈夫、台本がなくても台詞は完全に覚えている。

「・・・勇者様、その聖剣を抜いてください」
「聖剣?これは街の鍛冶屋で打ってもらったものだが・・・」

そう言いながらもゲオルグは、自分の剣を律儀に抜いてくれた。

「やはり貴方が勇者様なのですね・・・」

「ん?何を・・・」

問い返そうとするゲオルグを無視して、マユミは続けた・・・

「私は聖剣の巫女ミリ・マイア、選ばれし勇者様と聖剣の巫女が共にある時、聖剣は真の姿を取り戻すのです」
「!」

ゲオルグが息を飲むのが伝わる・・・いいぞ・・・「引き込めている」

「ああ・・・感じます、勇者様の力を・・・さぁ今こそ・・・今こそ古よりの契約の時・・・」
「契約・・・私は・・・どうすればいいのだ?」

「なーんてね、こんな感じでどうでしょう?
声優がどういうものか、わかってもらえました?」

ゲオルグは驚愕に目を見開いた、物語から現実へと戻ったのだろう。
恐る恐る、といった感じにゲオルグが口を開いた。

「つ、つまり声優とは・・・」
「うんうん」

マユミはその先を促す・・・この異世界の騎士は自分の演技にどんな感想を抱いたのだろうか・・・
一人の声優として純粋に気になった。

「声優とは・・・聖剣を司る巫女の事であったか!」
「違います!」

・・・どうやら効き過ぎてしまったらしい。

その後・・・マユミは更なる時間を労して説明し、
なんとかゲオルグには声優という職業を理解してもらうのであった。

・・・それでも正しい理解は得られず、なんとなく、といった程度ではあったが・・・
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...