英雄じゃなくて声優です!

榛名

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第50話 港町にお別れです

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侯爵領への帰還・・・
馬車や護衛の手配などの準備はエレスナーデに任せ、マユミはマユミで動き回ることにした。

まずは診療所だ、ミーアの傷はしっかり回復したか・・・医者の判断を仰がなければならない。

「ふむ・・・ここ数日の彼女を見ていて特におかしな様子もなかったのですね?」
「はい、私にはもうすっかり元気になったように見えます」

すっかり塞がったミーアの傷口を触診しながら、医者はマユミからミーアの様子を聞き出す。
・・・日々の食事量や排泄など細かい質問が続いた後、医者は深く頷いた。

「さすがに完治・・・と言うにはまだ早いですが、もう大丈夫でしょう」
「それは旅に出しても良いってことですか?」
「ええ、ですが無理はさせないようにお願いします、痕が残ってしまいますからね」
「わかりました・・・私達はもうすぐ出立すると思います、それで治療費の方を・・・」
「そうですね、銀貨で20枚になりますが・・・」
「はい、大丈夫です」

数日の入院とこれまでの通院を思えばかなり良心的な価格だ、まけてくれたのだろうか・・・
おかげでマユミの稼ぎでなんとか払うことが出来た。

「ありがとうございました!」
「・・・ありがとうございました」

マユミの真似をするようにミーアも医者に頭を下げた。

「こうして見ると本当に姉妹のようですね・・・どうかお大事に」

医者は満足そうな表情を浮かべ、二人を見送っていた。

・・・・・・


マユミ達が次にやって来たのは『海猫亭』だ。
入り口で迎える木彫りの海猫もこれで見納めかと思うと感慨深い。

「そうか、お嬢ちゃんがいなくなると少し寂しくなるな・・・」
「良かったらあの絨毯はこのまま使ってください」
「そいつはすまねえな、じゃあ俺からは・・・こいつを持っていきな」
「これは・・・眠り猫?」

バクストンが手渡したのは、手のひらサイズの木彫りの海猫・・・
港で日向ぼっこしながら気持ちよさそうに眠っている姿を模して彼が彫った物だった。
・・・どことなく日本の名所を思い出す姿だった。

「なかなか可愛いだろう?この街の土産に良いかと思ってな」
「ありがとうございます、大事にしますね」
「もしヴィーゲルのやつがまたここに来たらちゃんと伝えておいてやるよ、お前の可愛い弟子はしっかりやってるってな」
「あはは・・・あんまり大げさな事は言わないでくださいね」

・・・・・・


バクストンに別れを告げ、最後に訪れるのは『エプレ』だ。
いつも通り元気に出迎えるエプレに、マユミが別れを告げる・・・

「そっかぁ・・・出来ればずっと居てほしかったけど、仕方ないわね」
「このお店にももっと貢献出来たらよかったんだけど・・・」
「お店の事なら大丈夫、またお父さんと二人で守っていくわ・・・ああそうだ、お父さん」

何事か思いついたようにエプレが厨房の方へ駆けていく・・・
エウロンと共に戻ってきた彼女はマユミに瓶を一つ差し出した。

「これは?」
「うちで使ってる特製ジャムよ、お土産に持ってって」
「いいの?ありがとう」
「君達にはずいぶんと助けられたからね・・・一つと言わず3つ4つ持って行ってくれても良いんだが・・・」
「いやいや、充分ですよ、大事にいただきますね」

マユミ達のそんなやり取りは客席の常連客にも聞こえていた。

「なんだ、マユミちゃんは今日で最後かい?」
「あ、はい・・・侯爵領の方に帰る事になりまして・・・」
「じゃあ最後に一曲頼むよ」
「ええと・・・まぁいっか、じゃあ店長さん、ちょっと歌いますね」
「じゃあ最後くらいは僕達もゆっくり聞かせてもらおうかな・・・」

そう言ってエウロンは店先の看板を畳む・・・今だけは臨時休業だ。

「さぁエプレも座りなさい」
「ふふっちゃんと聞くのは初めてだから楽しみね」
「うわ・・・緊張するなー」
「でもマユミ、楽しそうな顔してる」
「えへへ・・・まぁね、じゃあ始めます」

はにかみながらマユミは手袋を外す・・・これがこの街での最後の仕事だ、全力を尽くそう。

ポロロン・・・マユミの指が弦を弾く・・・そして物語を語り始めるのだった。

・・・・・・

・・・


「・・・ありがとうございました」

語り終えたマユミに拍手が応える・・・エウロンとエプレと居合わせた常連客だけの贅沢な時間。
マユミの最後の仕事が今、終わりを告げたのだった。

「面白かったよ、マユミちゃん」
「お客さんが殺到するのも納得ね・・・これで最後なのが本当に残念だわ」
「う・・・ごめんなさい」

二人が楽しんでくれたのがわかるだけに、申し訳なくなるマユミだった。

「マユミちゃん、どうかお元気で・・・また会える日が来るのを祈ってるよ」
「はい、そのうちまた来ますね」
「絶対また来てね、きっとその頃にはお店ももっと立派になってるから!」
「うん、またね」

マユミ達を見送った後・・・二人は入り口の看板を元に戻す・・・ここからは通常営業だ。
感傷に浸っている場合ではない・・・早くも新しい客が店にやって来た。

「いらっしゃいませ!」
「相変わらず元気そうだね、エプレちゃん」
「おやマードックさん、帰ってきたんですね」

常連客のマードック・・・行商人をやっているらしい。
彼は旅先からこの街に戻るたびに毎回『エプレ』に顔を出しにきていた。
席に腰を下ろすと彼は旅の土産話を始める・・・

「それで、今回は侯爵領まで行ってきたんだが・・・」
「おや、あの子達の居た所ですか」
「あの子達?」
「さっきまで吟遊詩人の子がいましてね・・・侯爵領へ帰ると言ってました」
「ほう・・・偶然もあるものだ・・・それで侯爵領だが、予定より街に着くのが遅れてしまってな・・・門が閉まって入れなかったんだよ」
「それは・・・大変でしたね」
「いや、あれは焦った・・・夜の街の外で立ち往生よ、いつ獣が出てくるかわかったものじゃない・・・だが後になって、その事で領主様から謝罪にとこいつを頂けてな・・・」

そう言って彼は荷物から一枚のキャンバスを取り出す・・・何かの絵画のようだ。

「見てくれ、なかなかすごいだろう?」
「!!」

得意げにその肖像画を見せびらかすマードック。
たちまち親娘の目が絵画に釘付けになった。

「なんでも異世界より現れた少女を描いたものだとか・・・次代の英雄かも知れないという触れ込みだ・・・って、二人ともどうしたんだ?」

自慢げに絵の説明をしていたマードックだったが・・・どうも二人の様子がおかしい。

「お父さん、これって・・・」
「どう見ても、マユミちゃん・・・だよな?」
「マユミちゃんだって?」

・・・二人の声を聞きつけて常連客も集まって来る。

『異世界の少女の肖像』と題されたその肖像画には、見覚えのある・・・さっきまで店にいた、黒髪の美少女が描かれていた。

・・・・・・

・・・


マユミ達が挨拶回りをしていた頃、エレスナーデはアビダス商会へとやって来ていた。

「あのアビダスという商人ですが・・・どうやら噂程の悪人ではないようです」

・・・彼とその商会について調べていたゲオルグはそう結論付けた。

「不正を働く者や借金の返済が滞った者達には容赦がないそうですが、対価を払った者に関しては責任を果たすようで・・・伯爵や富裕層には信頼が置かれているらしいです」
「そう・・・なら帰りの馬車は彼の商会を頼ってみようかしら」

そういう理由でアビダス商会へとやって来ていたのだ。

「いらっしゃいませ・・・おや、あなたはたしか・・・」
「馬車を一台探しているのだけど・・・護衛付きで侯爵領グリューエンまで・・・都合がつくかしら?」
「ほほう・・・して、ご予算はどの程度でしょうか?」
「銀貨で70枚・・・でどうかしら?」

商売の話になったその瞬間、アビダスの表情が変わる・・・

「無茶は言わないでほしいですね、銀貨100はいただかないと・・・」
「御冗談でしょう?銀貨75枚までなら、出してもいいのだけれど」
「いやいや、うちはちゃんと料金分の安心をお届けしますので・・・銀貨95枚でいかがですか?」
「銀貨80枚・・・言い忘れてましたけど、これはグリュモール侯爵家からの依頼よ」
「グリュモール侯爵家の方でしたか・・・しかし・・・80枚はさすがに・・・せめて85枚でどうでしょうか?」
「それでいいわ・・・値段分の働きは期待してるわよ?」
「もちろん、お値段以上の働きをお約束しますとも・・・」

にやりと笑みを浮かべる二人・・・どうやら商談は成立したようだ。

「では明日の朝、伯爵の城まで馬車をよこしてくださるかしら」
「はい、畏まりましたおきゃ・・・お嬢様」

お客様をお嬢様に言い直す・・・これを機に侯爵家との繋がりが出来れば、銀貨数百枚の利益を出して見せる自信が彼にはあった。
故に彼は、その金額よりもワンランク上の馬車を用立てたのだった。

・・・・・・


そしてやって来た出発の朝。

「お世話になりました!」
「僕の方こそ侯爵にはお世話になっていたからね、帰ったらお父上にぜひよろしく伝えておいてください」

当初の予定よりもだいぶ長く、しかも一名増えて、伯爵にはかなり世話になってしまった・・・頭を下げるマユミ達に伯爵は笑顔で答える。

「はい、ありがとうございました」
「どういたしまして、また何かあった時はいつでも当家を頼ってください」
「それでは失礼いたします・・・マユミ、ミーアちゃん、忘れ物はない?」
「うん大丈夫、行こうミーアちゃん」
「ゲオルグ殿も侯爵によろしく伝えてください・・・当家はいつでも侯爵家と共にあると・・・」
「はっ、必ずや」

一足先に馬車に乗り込むエレスナーデ・・・マユミとミーアが後に続く・・・
最後にゲオルグが伯爵に一礼してから馬車に乗り込むと、御者台の男が鞭をふるった。

「・・・」

・・・遠ざかる馬車を伯爵は無言で見送る。

(あれが・・・異世界の・・・新たな英雄ですか・・・侯爵よ・・・)

・・・いったい、これからどんな運命が彼女を待ち受けるのか。

今はただ、その旅の無事を祈るレマーナ伯だった。
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