英雄じゃなくて声優です!

榛名

文字の大きさ
51 / 90

第51話 二人の歌姫です

しおりを挟む
広大な緑の中に一本の線を引いたかのように、その道は伸びていた・・・

オルトレマーナとグリューエンを繋ぐこの南西街道は、王国西側の諸領を巡るように伸びている。
平野が広がるこの南西部は、王国の食料生産を担う一大穀倉地帯だ。
初夏の温かさの中、青々と育った農作物が田畑を賑わす・・・そんな牧歌的な風景の中を、一台の馬車が進んでいく。

マユミはミーアと二人で馬車の後部から遠ざかっていく景色を眺めていた。
港町オルトレマーナはもう見えなくなっていた・・・今はただ農地ばかりの、変わり映えのしない風景が続いている。

(そろそろかな・・・)

この馬車に乗った時からマユミは警戒していた・・・もちろん乗り物酔いに、である。
一度船でひどい目にあったマユミだ、馬車だからといって安心できるものではなかった。
乗り物酔いの不安があるのはマユミだけではない・・・もうほとんど回復しているとはいえ、怪我人であるミーアも危ないとマユミは考えていた。

(たしか、『ずっと同じ風景はよくない』って聞いたことがある・・・何か、別の事を・・・)

マユミはうろ覚えの現代知識から・・・乗り物酔い対策を実行する。
揺れに意識がいかないように、何か別の事に集中するのだ。

「ミーアちゃん、一緒に本を読もう」
「本?」
「うん、街を出る前に本屋さんで買った本」
「お仕事の本?」
「そう・・・と言っても実際にやるかどうかはこれから決めるんだけどね」

マユミは本屋で買った数冊の本の中から適当に一冊取り出す・・・その本の表紙には『二人の歌姫』と書かれていた。

「ナーデ、ゲオルグさん、ちょっとうるさくしていいかな?せっかくだから声に出して読みたいんだ」
「ええ、構わないわ」
「むしろ聞かせてもらえた方が嬉しいくらいです」

二人の了承を得たところで、マユミは一緒に本が読めるようにミーアと隣り合って座る。
かくして、小さな朗読会が始まるのだった。

「『二人の歌姫』・・・昔、とある村に二人の姉妹がいました。姉妹は幼いながらも歌が得意で、村の人気者だったのです。
いつも仲良く一緒に歌を歌っていた姉妹でしたが、村が戦争に巻き込まれ、離れ離れになってしまいます。
姉は東の国へ、妹は西の国へ・・・互いに互いを戦火で死んでしまったと思い、深い悲しみにくれました。
・・・はい、ここから先はミーアちゃんが読んでみて」

とりあえず二人で交代しながら読む事にした、ミーアが読みやすいように彼女の方へ本を寄せる。

「・・・東の国へ逃れた姉は歌いました、歌だけが妹を失った悲しみを忘れさせてくれたのです。
やがてその歌声は評判となり、大勢の人々が集まってきました。
姉の歌声は、戦いに疲れた人々の心を優しく包み込んだのです。」

ミーアはページをめくると、本をマユミの方へと返す。
どうやらここでシーンが切り替わるようだ・・・再びマユミが読み始めた。

「・・・西の国に逃れた妹は歌いました、幼い彼女には歌う事しか出来なかったのです。
やがてその歌声は評判となり、貴族達の耳に届きました。
妹の歌声は、権力に固執する貴族達の歪んだ心を洗い流していったのです。」

いつしか二人は、話の流れで交代のタイミングがわかるようになっていた。
まるで最初から決めていたかのようにスムーズに切り替わって読んでいく。

「やがて二人は美しく成長し、それぞれの国を代表する歌姫となりました。
しかしどちらの国の人々も、自分の国の歌姫こそが最高の歌姫だと信じて疑いません。
いつしか人々は互いの歌姫を貶し合い、いがみ合うようになっていきました。」

ミーアがページをめくる・・・次のページを見た二人は同じ事を考えたようだ。
互いの息を吸う音に意識を集中させ、タイミングを合わせる・・・

「ガキの歌なんて聞けたものじゃない!」
「年増女の歌なんて聞いてられるか!」
「「なんだって!!」」
「下賤な育ちの歌姫はその歌声まで下品だ!」
「貴族のお人形の歌が人の心に届くものか!」

綺麗にタイミングを合わせて罵り合う二人・・・まるで二人が本当に喧嘩しているかのようなそれは、二つの国の民の争いがうまく表現されていた。

「いがみ合う人々は争うようになり・・・小さな争いは大きな争いへと、人々の憎しみの連鎖が始まったのです。
かつて二人の歌によって収まった戦争は、皮肉なことに二人の歌を巡って再開されたのでした。」

「二人の歌姫はこの事態に深く傷つきました。
しかし今の二人は、もうただ泣いているだけの少女ではなかったのです。」

「私の歌でこの戦争を止めよう」
「・・・東の姫は戦場へと駆けました。
彼女の歌を愛する民衆が彼女を守りました、彼女の気持ちは彼らに届いていたのです。」

「私の歌でこの戦争を止めよう」
「・・・西の姫は戦場へと駆けました。
彼女の歌を愛する貴族が彼女を守りました、彼女の気持ちは彼らに届いていたのです。」

ミーアが台詞を言えばマユミが地の文を。
マユミが台詞を言えばミーアが地の文を。
・・・まるで打ち合わせたかのように間断なく読み続ける二人だった。

「そして戦場に二人の歌声が響き渡るのでした。
歌姫達は、ここで初めて互いの歌を聞いたのです。」

「この歌は・・・故郷の村の・・・」
「この歌声は・・・忘れもしない・・・」

「互いの歌声を聞いた姉妹は気付きました。
そして互いの歌声を頼りに歩みを進めます。
徐々に重なっていく二人の歌声に、人々は戦いを忘れて聞き入ってしまうのでした。」

「お姉ちゃん!会いたかった・・・会いたかったよ・・・」
「そして再開を果たした妹を姉は優しく抱きしめたのでした。
その戦場には・・・もう戦いを続ける者はいませんでした。
・・・こうして、長きに渡った二国の戦争は終戦を迎えたのです。」

「その後、姉妹の歌姫は片時も離れる事無く、常に二人で歌い続けたといいます。」
「仲睦まじい二人の姿は、平和の象徴として二国の人々に愛され続けました。」

パタン・・・本が閉じられる。
沈黙に包まれる中、馬車の立てる音だけが響いた・・・


「これで終わりだけど・・・どうかな?」

黙って聞いていた二人に、マユミが意見を求めるが・・・

(充分楽しめる内容だったけれど・・・)
(はたして、それでマユミ殿の参考になるのか・・・)

さすがにマユミの芝居を聞き慣れてきた二人は、何か建設的な意見の一つも言えないものかと考えていた。
すると、思わぬ所から・・・

「面白かったよ、お嬢様方は只者じゃないな」

御者台の男・・・名をトゥーガという、護衛として派遣された傭兵の一人で今回のリーダー格でもある。
・・・マユミ達の声は御者台にいる彼の所まで届いていたのだ。

「あ、ありがとうございます」
「俺も吟遊詩人の歌を聴く事は何度かあったが、今まで聴いた中じゃ一番かも知れない・・・っと、雇われの身で余計な事喋っちまったな・・・どうかご無礼をお許しください」
「いえ、私はそういうの気にしないので、普通に喋ってくれて大丈夫ですよ、感想言ってもらえるのは嬉しいし・・・」

トゥーガにそう答えながら、マユミはエレスナーデの方を見る・・・マユミが何と言おうと雇い主はあくまで彼女なのだ。
・・・エレスナーデをじっと見つめるマユミ、その隣ではミーアも同じように彼女を見つめている。

「はいはい、私語を許可します・・・ただし、護衛の仕事に支障を出さない範囲でお願いするわね」
「それは助かる・・・ここらは平和だから、暇で眠くなりかねないからな」

王国内でも主要な街道の一つであるこの南西街道は、よく整備されているのに加えて、安定した生産力からか比較的治安がいいのだ。
この馬車にはトゥーガを含めて計4名の護衛が同行しているが、余程の事がない限りは彼らの出番はないだろう。

「じゃあこの『二人の歌姫』で仕事がやれるように練習しようかミーアちゃん」
「うん、でもマユミがお姉さんじゃなくていいの?」

そう・・・先程の朗読ではマユミが妹の台詞を担当していたのだ。
年下のミーアがやった方が良いのではないか・・・ミーアがそう思うのも当然の話だが・・・

「それはダメ、お姉さん役はどう考えても私よりミーアちゃんの方が向いてるもの」
「・・・そうなの?」
「そうなの、だから自信を持ってやりなさい」
「うん、わかった」

どこか釈然としない様子のミーアだったが・・・マユミは声優としてのこだわりとして、この配役を譲る気はなかった。
・・・たしかにミーア本人としても、やりやすいのは姉の方だとは思っていたので納得する。

「んじゃ俺はちょっと交代してくるわ、あいつらにも聞かせてやりたいからな」

そう言うとトゥーガはいったん馬車を止め、前方で警戒に当たっている二人の片方と交代する。
代わりにやって来たのはまだ年若い傭兵だ。

「話はリーダーに聞いたよ、何か面白い事をやってるんだって?」
「面白いかどうかは・・・終わったら感想をお願いしますね」

まだ練習中なのにハードルを上げられるのは困る。
しかしマユミ達の朗読は彼にも好評を得る事が出来たようだ。

「こりゃあ面白いなんてもんじゃねーぞ!あの二人にも早く聞かせてやらないとな」
「や、出来たら気になった所とか具体的に・・・」
「全部面白かった!あんたすげーよ!」

彼は興奮した様子で次の仲間と交代しに行ってしまった。

「いや、ああいう反応も素直で良いのではないですか」
「そうね、実際すごく面白いもの」
「それはありがたいんだけど・・・私としてはちょっと物足りないかなって・・・」

これだけの事をやってまだ物足りないのか・・・と言う顔をした二人だが・・・

(うん・・・足りない・・・)

マユミの隣では、ミーアもまた物足りなさを感じていたのだった。


・・・その後もまだ聞いていない傭兵二人の為に2回分、通しで練習するマユミ達だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...