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香りに惑う夜
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香りに惑う夜
今日は疲れた。
家事に追われ、パート先では忙しく動き回り、帰り道は重い買い物袋を抱えて肩が痛む。
子どもたちは寝ている。夫は仕事でまだ帰宅していない。
そんな孤独な夜、私はドラッグストアの明かりに吸い寄せられるように足を踏み入れた。
棚を眺めながら、今日の疲れを少しだけ忘れようとしていると、背後から声がした。
「その香り、似合うと思います」
振り返ると、若い男性が香水のサンプルを手に微笑んでいた。
「え?」
思わず問い返す。彼は身長が高く、柔らかい雰囲気を漂わせている。
「この香り、ほんとに…奈々さんに合いそうだなって」
そう言いながら、彼は私の手首にそっとサンプルを差し出す。
距離が近い。心臓が跳ねる。
私は戸惑いながらも、指先で瓶を受け取る。
香水を手首につけると、甘くも清潔感のある香りが広がり、胸の奥がじんわりと熱くなる。
夫には言えない。誰かに褒められることもない日常。
こんな夜、知らない男性に評価される背徳感が、私を震わせた。
「つけ方、知ってますか?」
彼は笑って指をそっと触れ、私の手首を軽く回す。
その温かさに、思わず息が詰まる。
「…あ、はい」
言葉は弱々しい。理性が声を絞り出す。
香りが私の感情を揺さぶる。
子どもたちの寝顔、夫の疲れた背中、今日一日の忙しさ…全部が遠くに消え、今は彼と手首を触れ合わせている時間だけが現実になる。
「奈々さん、こういう瞬間、誰にも知られないっていいですよね」
低く囁く声に、背中がぞくりとする。
「…そうですね」
答える私の声も、少し震えている。
彼はそっと手を離すが、視線は私から離れない。
「もしよければ、夜まで少しだけ、一緒にいませんか?」
心臓が高鳴る。理性は『夫のことを考えて』と警告する。
でも、体が正直に反応してしまう。手首に残る香り、指先の温もり…それが私を抗えない快感で満たしていく。
「…少しだけ」
私は頷く。
店を出ると、彼はそっと腕を差し出す。
「寒くないですか?」
手を重ねると、指が絡む。体温が伝わり、思わず息が詰まる。
駅までの短い距離、歩きながら私は知らず知らずのうちに彼に身体を預けていた。
「ここ、静かでいいですね」
彼は小さく笑う。
その笑顔を見るだけで、今日の疲れが少しずつ溶けていく。
夫には決して話せない、背徳の温もり。
夜が深くなるにつれ、私の心と身体は彼に完全に揺らされる。
そして、駅のホームで彼がそっと囁く。
「また…会えますか?」
言葉に抗えず、私はただ頷いた。
家に帰れば、夫が待っている。
でも、この夜の余韻と、手首に残る香りの記憶は、私をしばらく忘れさせない。
誰にも言えない秘密。背徳の甘さ。
揺れる感情が、私の夜を深く、濃密に染め上げていった。
今日は疲れた。
家事に追われ、パート先では忙しく動き回り、帰り道は重い買い物袋を抱えて肩が痛む。
子どもたちは寝ている。夫は仕事でまだ帰宅していない。
そんな孤独な夜、私はドラッグストアの明かりに吸い寄せられるように足を踏み入れた。
棚を眺めながら、今日の疲れを少しだけ忘れようとしていると、背後から声がした。
「その香り、似合うと思います」
振り返ると、若い男性が香水のサンプルを手に微笑んでいた。
「え?」
思わず問い返す。彼は身長が高く、柔らかい雰囲気を漂わせている。
「この香り、ほんとに…奈々さんに合いそうだなって」
そう言いながら、彼は私の手首にそっとサンプルを差し出す。
距離が近い。心臓が跳ねる。
私は戸惑いながらも、指先で瓶を受け取る。
香水を手首につけると、甘くも清潔感のある香りが広がり、胸の奥がじんわりと熱くなる。
夫には言えない。誰かに褒められることもない日常。
こんな夜、知らない男性に評価される背徳感が、私を震わせた。
「つけ方、知ってますか?」
彼は笑って指をそっと触れ、私の手首を軽く回す。
その温かさに、思わず息が詰まる。
「…あ、はい」
言葉は弱々しい。理性が声を絞り出す。
香りが私の感情を揺さぶる。
子どもたちの寝顔、夫の疲れた背中、今日一日の忙しさ…全部が遠くに消え、今は彼と手首を触れ合わせている時間だけが現実になる。
「奈々さん、こういう瞬間、誰にも知られないっていいですよね」
低く囁く声に、背中がぞくりとする。
「…そうですね」
答える私の声も、少し震えている。
彼はそっと手を離すが、視線は私から離れない。
「もしよければ、夜まで少しだけ、一緒にいませんか?」
心臓が高鳴る。理性は『夫のことを考えて』と警告する。
でも、体が正直に反応してしまう。手首に残る香り、指先の温もり…それが私を抗えない快感で満たしていく。
「…少しだけ」
私は頷く。
店を出ると、彼はそっと腕を差し出す。
「寒くないですか?」
手を重ねると、指が絡む。体温が伝わり、思わず息が詰まる。
駅までの短い距離、歩きながら私は知らず知らずのうちに彼に身体を預けていた。
「ここ、静かでいいですね」
彼は小さく笑う。
その笑顔を見るだけで、今日の疲れが少しずつ溶けていく。
夫には決して話せない、背徳の温もり。
夜が深くなるにつれ、私の心と身体は彼に完全に揺らされる。
そして、駅のホームで彼がそっと囁く。
「また…会えますか?」
言葉に抗えず、私はただ頷いた。
家に帰れば、夫が待っている。
でも、この夜の余韻と、手首に残る香りの記憶は、私をしばらく忘れさせない。
誰にも言えない秘密。背徳の甘さ。
揺れる感情が、私の夜を深く、濃密に染め上げていった。
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