【完結】恋人代行サービス

山田森湖

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第13話「思わぬ再会」

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第13話「思わぬ再会」

結婚準備が本格的に始まった。式場の見学、ドレスの試着、招待状のデザイン選び。忙しいながらも幸せな日々だった。

「美月、このドレス似合うね」

ブライダルサロンで、健一が嬉しそうに言った。

「本当ですか?」

純白のウェディングドレスに身を包んだ私を見て、健一の目に涙が浮かんでいた。

「君が花嫁になる日が楽しみだ」

「私も楽しみです」

でも内心では、まだ少しの不安があった。本当に私は、健一の妻になるのにふさわしいのだろうか。

式場も決まり、招待客のリストアップを始めていた時のことだった。

「美月、君の友人で招待したい人はいる?」

「由香と、あとは大学時代の友人を何人か」

「職場関係の人は?」

「翻訳関係の知り合いが数人」

私は嘘をついていた。実際には、恋人代行時代の知り合いしかいなかった。でも彼らを結婚式に呼ぶわけにはいかない。

「あまり多くなくて申し訳ありません」

「気にしなくていいよ。大切な人だけで十分だ」

健一の優しさが、かえって胸に痛かった。

ある日、街で買い物をしている時、思わぬ人に出会った。

「美月?」

振り返ると、恋人代行時代の依頼者の一人、山田が立っていた。

「山田さん」

山田は四十代の商社マンで、半年間ほど恋人代行を利用していた。離婚直後で寂しがっていた人だった。

「久しぶりだね。元気にしてた?」

「はい、おかげさまで」

「結婚指輪してるじゃない。おめでとう」

私はまだ婚約指輪をしているだけだったが、山田にはそう見えたのだろう。

「ありがとうございます」

「旦那さんは、美月の前の仕事のこと知ってるの?」

その質問に、血の気が引いた。

「それは...」

「まあ、言わない方がいいかもね。男は嫉妬深いから」

山田は笑いながら言った。でもその笑いに、悪意が混じっているように感じた。

「山田さん、失礼します」

私は急いでその場を離れた。

心臓が激しく鼓動していた。もし山田が健一に会って、私の過去を話したらどうしよう。

その夜、健一に相談しようかと思ったが、結局言えなかった。

翌週、さらに困ったことが起こった。

会社の懇親会で、健一の同僚の一人が私に近づいてきた。

「美月さん、初めまして。田所と申します」

「よろしくお願いします」

「実は、美月さんにお会いしたことがあるような気がして」

心臓が止まりそうになった。

「そうでしょうか」

「うーん、どこだったかな。思い出せないんですが」

田所は首をかしげていた。

もしかして、彼も恋人代行を利用したことがあるのだろうか。もしくは、私が他の依頼者と一緒にいるところを見たのかもしれない。

「お顔に覚えがなくて、申し訳ありません」

「いえいえ、こちらの勘違いかもしれません」

でも田所の表情には、まだ疑問が残っているようだった。

帰り道、健一が言った。

「田所さんと話してたね。何か言ってた?」

「どこかで会ったことがあるような気がするって」

「そうか。田所さんは人付き合いが広いからね」

健一は気にしていないようだったが、私は不安だった。

数日後、決定的な出来事が起こった。

健一と一緒にレストランで食事をしていると、ウェイターの一人が私を見て驚いた表情を見せた。

「あの、美月さんですよね?」

振り返ると、恋人代行時代によく利用していたレストランのウェイターだった。

「え、あの...」

「以前、よくいらしてましたよね。いつも違う男性と」

その言葉に、健一の表情が変わった。

「すみません、人違いだと思います」

私は慌てて否定した。

「あ、そうでしたか。失礼しました」

ウェイターは去ったが、健一は私を見つめていた。

「美月、今の話...」

「人違いです」

「でも君の名前を知ってた」

「たまたま同じ名前の人がいたんでしょう」

健一は疑っているようだったが、それ以上は聞かなかった。

その夜、私は眠れなかった。

このままでは、いずれ健一に知られてしまう。恋人代行をしていた過去が、様々な形で現在に影響を与えている。

由香の言葉を思い出した。「いっそのこと、結婚前に全部話しちゃった方がいい」

でも話す勇気が出なかった。健一を失うのが怖かった。

翌日、健一から電話があった。

「美月、今夜時間ある?話したいことがある」

その声の調子が、いつもと違っていた。

「はい、大丈夫です」

「僕のマンションに来てくれる?」

不安な気持ちで、健一のマンションを訪れた。

健一は深刻な表情で私を迎えた。

「美月、座って」

「何ですか?」

「昨夜のことなんだけど」

やはりそのことだった。

「あのウェイター、本当に君を知らなかったのかな」

「知らないと思います」

「でも君の名前を正確に言った」

健一は私の目を見つめた。

「美月、僕に隠してることがあるなら、今のうちに話してほしい」

この瞬間、私は決断を迫られていた。

真実を話すか、それとも嘘をつき続けるか。

「健一...」

私は震え声で答えた。

「実は、話したいことがあります」

健一の表情が緊張した。

「何を?」

深呼吸をしてから、私は口を開いた。

「私たちの最初の出会いのこと、もう一度詳しくお話します」

第13話 完
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