14 / 60
第14話「すべての真実」
しおりを挟む
第14話「すべての真実」
私は健一の向かいに座り、手を膝の上で握りしめた。心臓が激しく鼓動している。
「健一、覚えてますか?私たちが初めて会った時のこと」
「もちろん覚えてる。カフェで」
「その時、健一は何と言いましたか?」
健一は少し考えてから答えた。
「六十日間限定の契約で、恋人代行を依頼したいと」
「そうです。六十日間限定」
私は深呼吸をした。
「実は、その時から今まで、ちょうど六十日が経ちました」
健一の表情が変わった。
「六十日?」
「はい。今日で、最初の契約期間が終了します」
「美月、何が言いたいんだ?」
「つまり、私と健一の関係は、もともと期限付きの契約だったということです」
健一は立ち上がった。
「でも僕たちは、とっくにその関係を越えてるじゃないか」
「そうです。でも最初は、確実に契約関係でした」
私は涙をこらえながら続けた。
「そして今まで隠していたことがあります」
「何を隠していた?」
「恋人代行の仕事で、私が具体的に何をしていたか」
健一の顔が青ざめた。
「美月...」
「私は三年間、様々な男性の恋人を演じました。デートをして、手を繋いで、キスをして」
声が震えた。
「そして時には、一緒に夜を過ごすことも多々ありました」
健一は窓の方を向いた。
「どのくらいの男性と?」
「正確な数は...覚えていません」
「覚えていないほど多いのか」
その言葉が、胸に刺さった。
「健一、でも」
「美月、君は僕との関係も、最初は仕事として演じていたのか?」
「最初は...はい」
健一は振り返った。その表情は、これまで見たことがないほど冷たかった。
「僕が君に恋をしていた時、君はまだ演技をしていたのか?」
「健一、違います」
「何が違う?」
「途中から本気になりました。健一との時間は、本当に幸せで」
「途中から?いつから?」
「はっきりとは言えませんが、健一のお友達のパーティーの頃には、もう演技じゃありませんでした」
健一は苦笑いを浮かべた。
「つまり僕は、君の演技に騙されていたということか」
「騙すつもりはありませんでした」
「でも結果的には騙していた」
私は何も言えなかった。
「美月、他にまだ隠していることはあるのか?」
「あります」
健一の表情がさらに暗くなった。
「昨夜のレストランのウェイターは、本当に私を知っていました」
「やはりそうか」
「あのレストランは、恋人代行の仕事でよく利用していた場所です。たくさんの男性と行きました」
健一は椅子に深く腰掛けた。
「街で会った山田という男性も、元依頼者です」
「山田?」
「健一の会社の田所さんも、もしかしたら私のことを知っているかもしれません」
「田所も?」
健一は頭を抱えた。
「つまり、僕の周りの人たちが、君の過去を知る可能性があるということか」
「はい」
長い沈黙があった。
「健一、私...」
「美月、今夜は帰ってくれ」
その冷たい言葉に、心が凍った。
「話し合いませんか?」
「今は無理だ。考える時間が欲しい」
私は立ち上がった。
「健一、私の気持ちは本物です」
「本物かどうか、もう分からない」
健一は私を見ずに言った。
「君のどの言葉が真実で、どの言葉が演技だったのか、分からなくなった」
涙がこぼれた。
「すべて真実です。恋人代行をしていたことも、健一を愛していることも」
「矛盾してるじゃないか」
「矛盾していません。過去は過去、今は今です」
「でも過去が現在に影響を与えている」
健一は立ち上がって、ドアの方を向いた。
「美月、今夜は帰ってくれ。僕は一人で考えたい」
「健一...」
「お願いだ」
私は仕方なく、マンションを後にした。
帰り道、涙が止まらなかった。ついに来てしまった。恐れていた瞬間が。
マンションに戻って、一人でソファに座っていた。スマートフォンを見ても、健一からの連絡はない。
由香に電話した。
「美月?どうしたの、こんな夜中に」
「由香、健一に全部話した」
「全部って?」
「恋人代行のこと、六十日の契約のこと、すべて」
「それで?」
「最悪よ。健一、すごく怒ってた」
「そんなに?」
「私が演技をしていたって、騙していたって」
由香はため息をついた。
「美月、それは仕方ないよ。男の人は、そういうことに敏感だから」
「どうしよう、由香」
「とりあえず、今夜は休みなさい。明日、また話し合えばいい」
電話を切った後、私はベッドに横になったが、眠れなかった。
健一の冷たい表情が、頭から離れない。
「君のどの言葉が真実で、どの言葉が演技だったのか、分からない」
その言葉が、胸に刺さり続けている。
翌朝、健一からメッセージが来た。
『少し時間をください。冷静に考えたいので』
短いメッセージだった。でも「別れよう」とは書いてない。まだ希望はある。
でも午後になって、さらに辛いメッセージが来た。
『結婚の準備は、一旦停止しましょう』
血の気が引いた。結婚式の準備停止。それはつまり、最悪のシナリオを意味していた。
私は健一に電話したが、繋がらなかった。
夕方、健一のマンションを訪れた。しかし、インターホンを押しても応答がない。
「健一!」
廊下で名前を呼んだが、返事はなかった。
翌日も、翌々日も、健一からの連絡はなかった。
一週間が過ぎた。
私は毎日、健一のマンションに通ったが、会うことはできなかった。会社にも電話したが、「会議中」「外出中」と言われるばかり。
明らかに、避けられていた。
ある日、健一の友人の一人に偶然会った。
「美月さん?」
以前、パーティーで会った人だった。
「お久しぶりです」
「健一と喧嘩でもしたんですか?最近、すごく落ち込んでるみたいで」
健一も辛い思いをしていることが分かった。
「少し、誤解があって」
「早く仲直りしてください。健一、美月さんなしではダメみたいですから」
その言葉に、わずかな希望を感じた。
でも結局、健一とは会えないまま、さらに一週間が過ぎた。
二週間の沈黙。
私は決断した。
もう一度、正面から向き合うしかない。
第14話 完
私は健一の向かいに座り、手を膝の上で握りしめた。心臓が激しく鼓動している。
「健一、覚えてますか?私たちが初めて会った時のこと」
「もちろん覚えてる。カフェで」
「その時、健一は何と言いましたか?」
健一は少し考えてから答えた。
「六十日間限定の契約で、恋人代行を依頼したいと」
「そうです。六十日間限定」
私は深呼吸をした。
「実は、その時から今まで、ちょうど六十日が経ちました」
健一の表情が変わった。
「六十日?」
「はい。今日で、最初の契約期間が終了します」
「美月、何が言いたいんだ?」
「つまり、私と健一の関係は、もともと期限付きの契約だったということです」
健一は立ち上がった。
「でも僕たちは、とっくにその関係を越えてるじゃないか」
「そうです。でも最初は、確実に契約関係でした」
私は涙をこらえながら続けた。
「そして今まで隠していたことがあります」
「何を隠していた?」
「恋人代行の仕事で、私が具体的に何をしていたか」
健一の顔が青ざめた。
「美月...」
「私は三年間、様々な男性の恋人を演じました。デートをして、手を繋いで、キスをして」
声が震えた。
「そして時には、一緒に夜を過ごすことも多々ありました」
健一は窓の方を向いた。
「どのくらいの男性と?」
「正確な数は...覚えていません」
「覚えていないほど多いのか」
その言葉が、胸に刺さった。
「健一、でも」
「美月、君は僕との関係も、最初は仕事として演じていたのか?」
「最初は...はい」
健一は振り返った。その表情は、これまで見たことがないほど冷たかった。
「僕が君に恋をしていた時、君はまだ演技をしていたのか?」
「健一、違います」
「何が違う?」
「途中から本気になりました。健一との時間は、本当に幸せで」
「途中から?いつから?」
「はっきりとは言えませんが、健一のお友達のパーティーの頃には、もう演技じゃありませんでした」
健一は苦笑いを浮かべた。
「つまり僕は、君の演技に騙されていたということか」
「騙すつもりはありませんでした」
「でも結果的には騙していた」
私は何も言えなかった。
「美月、他にまだ隠していることはあるのか?」
「あります」
健一の表情がさらに暗くなった。
「昨夜のレストランのウェイターは、本当に私を知っていました」
「やはりそうか」
「あのレストランは、恋人代行の仕事でよく利用していた場所です。たくさんの男性と行きました」
健一は椅子に深く腰掛けた。
「街で会った山田という男性も、元依頼者です」
「山田?」
「健一の会社の田所さんも、もしかしたら私のことを知っているかもしれません」
「田所も?」
健一は頭を抱えた。
「つまり、僕の周りの人たちが、君の過去を知る可能性があるということか」
「はい」
長い沈黙があった。
「健一、私...」
「美月、今夜は帰ってくれ」
その冷たい言葉に、心が凍った。
「話し合いませんか?」
「今は無理だ。考える時間が欲しい」
私は立ち上がった。
「健一、私の気持ちは本物です」
「本物かどうか、もう分からない」
健一は私を見ずに言った。
「君のどの言葉が真実で、どの言葉が演技だったのか、分からなくなった」
涙がこぼれた。
「すべて真実です。恋人代行をしていたことも、健一を愛していることも」
「矛盾してるじゃないか」
「矛盾していません。過去は過去、今は今です」
「でも過去が現在に影響を与えている」
健一は立ち上がって、ドアの方を向いた。
「美月、今夜は帰ってくれ。僕は一人で考えたい」
「健一...」
「お願いだ」
私は仕方なく、マンションを後にした。
帰り道、涙が止まらなかった。ついに来てしまった。恐れていた瞬間が。
マンションに戻って、一人でソファに座っていた。スマートフォンを見ても、健一からの連絡はない。
由香に電話した。
「美月?どうしたの、こんな夜中に」
「由香、健一に全部話した」
「全部って?」
「恋人代行のこと、六十日の契約のこと、すべて」
「それで?」
「最悪よ。健一、すごく怒ってた」
「そんなに?」
「私が演技をしていたって、騙していたって」
由香はため息をついた。
「美月、それは仕方ないよ。男の人は、そういうことに敏感だから」
「どうしよう、由香」
「とりあえず、今夜は休みなさい。明日、また話し合えばいい」
電話を切った後、私はベッドに横になったが、眠れなかった。
健一の冷たい表情が、頭から離れない。
「君のどの言葉が真実で、どの言葉が演技だったのか、分からない」
その言葉が、胸に刺さり続けている。
翌朝、健一からメッセージが来た。
『少し時間をください。冷静に考えたいので』
短いメッセージだった。でも「別れよう」とは書いてない。まだ希望はある。
でも午後になって、さらに辛いメッセージが来た。
『結婚の準備は、一旦停止しましょう』
血の気が引いた。結婚式の準備停止。それはつまり、最悪のシナリオを意味していた。
私は健一に電話したが、繋がらなかった。
夕方、健一のマンションを訪れた。しかし、インターホンを押しても応答がない。
「健一!」
廊下で名前を呼んだが、返事はなかった。
翌日も、翌々日も、健一からの連絡はなかった。
一週間が過ぎた。
私は毎日、健一のマンションに通ったが、会うことはできなかった。会社にも電話したが、「会議中」「外出中」と言われるばかり。
明らかに、避けられていた。
ある日、健一の友人の一人に偶然会った。
「美月さん?」
以前、パーティーで会った人だった。
「お久しぶりです」
「健一と喧嘩でもしたんですか?最近、すごく落ち込んでるみたいで」
健一も辛い思いをしていることが分かった。
「少し、誤解があって」
「早く仲直りしてください。健一、美月さんなしではダメみたいですから」
その言葉に、わずかな希望を感じた。
でも結局、健一とは会えないまま、さらに一週間が過ぎた。
二週間の沈黙。
私は決断した。
もう一度、正面から向き合うしかない。
第14話 完
11
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)その後
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合つまた。
その後、大学を卒業した祐輔(ユウスケ)の新たなストーリーが始まった。
全15話を予定
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
清掃員と僕の密やかな情状
MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。
青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。
肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。
44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる