【完結】恋人代行サービス

山田森湖

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第20話「過去との最後の対峙」

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第20話「過去との最後の対峙」

翻訳の仕事が佳境に入った頃、思いもよらない人物から連絡があった。

「美月さん、お久しぶりです」

電話の向こうから聞こえてきたのは、恋人代行時代のマネージャー、佐藤の声だった。

「佐藤さん、お久しぶりです」

「元気にしてますか?翻訳のお仕事、順調だと聞きました」

「はい、おかげさまで」

「実は、ご相談があるんです」

不安がよぎった。

「どのようなご相談でしょうか?」

「面談でお話したいのですが、お時間いただけませんか?」

断りたかったが、完全に無視するわけにもいかなかった。

「分かりました」

数日後、久しぶりに都心のオフィスを訪れた。三年間通った場所だったが、今は違和感しか感じなかった。

「美月さん、本当にお疲れさまでした」

佐藤マネージャーは以前と変わらず、ビジネスライクな笑顔を浮かべていた。

「それで、ご相談というのは?」

「実は、VIPクライアントからの特別な依頼なんです」

心臓が止まりそうになった。

「私はもう、あの仕事はやめたと」

「分かってます。でも今回は特別で」

佐藤は資料を取り出した。

「期間は一週間。報酬は通常の十倍です」

「お断りします」

即座に答えた。

「美月さん、まだ詳細を聞いてないでしょう?」

「詳細に関係なく、お断りします」

佐藤の表情が少し変わった。

「美月さん、恋人ができたからって、急に態度を変えるのはどうかと思いますよ」

「態度を変えているつもりはありません」

「でも以前の美月さんなら、少なくとも話は聞いてくれた」

その指摘に、少しムッとした。

「以前と今は違います」

「何が違うんですか?」

私は立ち上がった。

「私は変わったんです。もう昔の私じゃありません」

「変わった?」

「はい。本当の愛を知って、本当の自分を見つけました」

佐藤は冷笑した。

「本当の愛?恋人代行から始まった関係でしょう?」

その言葉に、血が凍った。

「何のことですか?」

「高橋健一さんでしたよね。最初は彼も依頼者の一人だった」

佐藤はファイルを開いた。

「六十日間限定の契約。元恋人の結婚式に同伴するための恋人代行」

「それは...」

「美月さん、彼には本当のことを話したんですか?」

動揺を隠せなかった。

「話してます」

「全部?」

「はい」

「じゃあ、彼も理解してるんですね。美月さんが元恋人代行だったことを」

「はい」

佐藤は微笑んだ。

「それなら問題ありませんね。今回の依頼も、きっと理解してくれるでしょう」

「お断りします」

「でも美月さん、翻訳の仕事だけで生活するのは大変でしょう?」

「それは私の問題です」

「高橋さんに経済的な負担をかけるのは、申し訳なくないですか?」

その言葉が胸に刺さった。

「それに」佐藤は続けた。「今回断ったとしても、美月さんの過去は変わりません」

「どういう意味ですか?」

「いつまでも隠し続けられると思いますか?」

脅しだった。

「佐藤さん、私の過去を誰かに話すつもりですか?」

「そんなことはしません。でも世の中は狭いですから」

私は椅子に座り込んだ。

「美月さん、最後の仕事だと思って、引き受けませんか?」

「最後の仕事?」

「はい。これを最後に、完全に縁を切りましょう」

長い沈黙があった。

「考えさせてください」

「分かりました。明日までに返事をください」

オフィスを出てから、私は公園のベンチに座り込んだ。

どうしよう。健一には何と言えばいいのか。

夕方、健一から電話があった。

「美月、今日は疲れてる?声が変だけど」

「少し疲れてるかもしれません」

「何かあった?」

「いえ、翻訳の仕事がちょっと行き詰まって」

また嘘をついてしまった。

「そうか。今夜はゆっくり休んで」

「ありがとう」

電話を切った後、涙が出た。

その夜、一人でずっと考えていた。

佐藤の提案を受けるべきか。それとも断るべきか。

受ければ、健一に嘘をつくことになる。でも断れば、いつ過去がばれるか分からない。

翌朝、決心した。

健一に全てを話そう。

「健一、会えますか?大事な話があります」

「もちろん。どうしたんだ?」

「電話ではなく、直接話したいんです」

昼休み、健一のオフィス近くのカフェで会った。

「美月、どうしたんだ?顔色が悪いけど」

「実は、昨日恋人代行の元マネージャーから連絡がありました」

健一の表情が変わった。

「何の用事で?」

「新しい依頼です」

「新しい依頼?」

私は佐藤との会話を、すべて話した。

「つまり、断れば過去がばれるリスクがあるということか」

「そうです」

健一は長い間黙っていた。

「美月、君はどうしたい?」

「断りたいです。でも健一に迷惑をかけるかもしれません」

「迷惑なんて考えなくていい」

健一は私の手を取った。

「君の気持ちが一番大切だ」

「でも」

「美月、僕は君を信じてる。過去がどうであれ、今の君を愛してる」

涙が溢れた。

「ありがとう、健一」

「一緒に佐藤さんのところに行こう」

「一緒に?」

「うん。僕からもはっきり言いたいことがある」

その日の夕方、健一と一緒に佐藤のオフィスを訪れた。

「高橋さんもいらしたんですね」

佐藤は少し驚いていた。

「佐藤さん、美月から話を聞きました」

健一は毅然とした態度だった。

「依頼の件は、完全にお断りします」

「でも高橋さん、美月さんの過去を考えると」

「過去は過去です」健一は断言した。「今の美月に、恋人代行の仕事をする理由はありません」

「しかし経済的な面で」

「それは僕たちの問題です」

健一は立ち上がった。

「今後、美月に仕事の依頼をするのはやめてください」

「でも契約上」

「どんな契約があろうと、本人が嫌がってることを強制することはできないはずです」

佐藤は諦めたような表情を見せた。

「分かりました。美月さんとは、これで縁を切らせていただきます」

オフィスを出てから、健一が言った。

「これで本当に、過去とは決別だね」

「健一、ありがとう」

「当然のことをしただけだ」

その夜、健一の腕の中で、私は心からの安心を感じていた。

「健一、私を守ってくれてありがとう」

「美月を守るのは僕の役目だ」

「でも私の過去が原因で」

「もうその話はやめよう」健一は私の唇にキスをした。「大切なのは未来だ」

恋人代行という過去との最後の対峙が終わった。

これでようやく、完全に新しい人生を始めることができる。

健一と一緒に。

第20話 完
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