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出張先の駅で、地元の幼なじみに再会した
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出張先の駅で、地元の幼なじみに再会した
地方出張の帰り、夕方の駅前は、ゆるやかな風と焼き鳥の匂いが混ざっていた。
仕事を終えて、新幹線までの時間を潰そうと駅前のベンチに腰を下ろしたときだった。
通りの向こうで、見覚えのある横顔がふと視界をかすめた。
小柄で、肩までの髪を無造作に結んでいて、
笑うと少し頬にえくぼができる——。
間違いなかった。中学まで同じクラスだった幼なじみ、沙月(さつき)だった。
「……沙月?」
思わず立ち上がると、彼女もこちらを見て、目を見開いた。
一瞬の静寂。次の瞬間、懐かしい笑顔が戻ってくる。
「え、嘘……? タクミ? 本物? やだ、久しぶり!」
俺の名前を呼ぶ声が、十年前とまったく同じ響きで胸に落ちた。
あの頃、何度も聞いた声だ。
でももう、聞くことはないと思っていた。
「すごい偶然だな。地元帰ってたのか?」
「ううん。私、こっちで働いてるの。小さい設計事務所だけどね。
そっちは? まさか出張?」
「そう。今日たまたま取引先がこの辺で。
まさか、沙月がここにいるなんて思わなかったよ」
彼女は照れたように笑って、髪を耳にかけた。
その仕草が、昔と変わっていない。
でも、少しだけ大人びていて、胸がざわついた。
「ねえ、せっかくだし、ちょっとお茶しない? 時間ある?」
時計を見る。新幹線まで一時間。
——足りないようで、十分だった。
◇
入ったのは、駅前の喫茶店。
木のテーブルと古いジャズの音。
平日の夕方なのに、ほとんど客がいない。
「懐かしいね、こういう店。高校のときも、駅前のカフェでよく喋ってたよね」
「覚えてる。勉強しに行くって言いながら、ほとんど喋ってただけだったけどな」
沙月はカフェラテを両手で包みながら、少し目を伏せた。
「……あの頃、タクミのこと、結構好きだったんだよ」
不意に言われて、息が止まる。
冗談みたいに軽く言ったのに、目は真剣だった。
「でも言えなかった。
だって、タクミ、いつも他の子と話してたから」
「そんなこと、あったか?」
「あったよ。あの頃の私は、ただの地味な女子で……。
でも今こうして会ってるの、不思議だね」
彼女の笑みは少し寂しげで、それが余計に綺麗に見えた。
俺も気づけば、十年前の感情が蘇っていた。
あの時、何も始められなかった後悔が、胸の奥でずっと燻っていたのだ。
「沙月……変わったな」
「そうかな? 自分ではあんまりわかんないけど」
「昔より、ずっと綺麗になったよ」
その言葉に、彼女の頬がほんのり赤く染まった。
カップを持つ手がわずかに震えているのが見えた。
「ねえ……もう少し、歩かない?」
◇
店を出ると、駅前の通りは夕暮れの光に包まれていた。
赤く染まるビルのガラスに、二人の影が重なって映る。
歩きながら、彼女はぽつりと呟いた。
「この街、好きなの。のんびりしてて。
地元に似てる気がして、落ち着くの」
「俺も少し、帰りたくなったよ」
「……帰っておいでよ。地元に。みんな待ってると思う」
彼女の言葉に、胸の奥が温かくなった。
それは“懐かしさ”と“今の想い”が交わる場所のようで、
俺たちは立ち止まり、自然と顔を見合わせた。
彼女の瞳が、ゆっくりと近づく。
呼吸が重なった。
次の瞬間、唇が触れた。
ほんの一瞬のキス。
でも、それだけで、十年分の時間が溶けた気がした。
彼女が小さく笑って言う。
「これ、昔できなかった分。……今さらだけど」
俺は彼女の手を握り返した。
その手は少し冷たくて、でも確かに生きていた。
あの頃の“もしも”が、今になって“少しだけ叶った”気がした。
◇
新幹線のホームに着くと、アナウンスが流れた。
もうすぐ発車の時間だ。
「また、会える?」
彼女がそう聞いた。
「もちろん。……今度は仕事じゃなく、会いに来る」
「ほんとに?」
「ああ、本当だ」
彼女は微笑みながら、スマホを差し出した。
「じゃあ、連絡先、教えて」
画面に彼女の名前が表示されたとき、心の中で何かが確かに変わった。
十年越しに、やっと一歩を踏み出せた気がした。
列車のドアが閉まる瞬間、
ホームの端で彼女が小さく手を振った。
その姿が遠ざかる中で、俺はそっと呟いた。
「変わったのは、俺のほうかもしれないな……」
窓の外、オレンジ色に染まる街がゆっくりと流れていく。
次に降り立つとき、この街はもう“出張先”じゃなく、“会いに行く場所”になる。
そう思うだけで、胸が少しだけ熱くなった。
地方出張の帰り、夕方の駅前は、ゆるやかな風と焼き鳥の匂いが混ざっていた。
仕事を終えて、新幹線までの時間を潰そうと駅前のベンチに腰を下ろしたときだった。
通りの向こうで、見覚えのある横顔がふと視界をかすめた。
小柄で、肩までの髪を無造作に結んでいて、
笑うと少し頬にえくぼができる——。
間違いなかった。中学まで同じクラスだった幼なじみ、沙月(さつき)だった。
「……沙月?」
思わず立ち上がると、彼女もこちらを見て、目を見開いた。
一瞬の静寂。次の瞬間、懐かしい笑顔が戻ってくる。
「え、嘘……? タクミ? 本物? やだ、久しぶり!」
俺の名前を呼ぶ声が、十年前とまったく同じ響きで胸に落ちた。
あの頃、何度も聞いた声だ。
でももう、聞くことはないと思っていた。
「すごい偶然だな。地元帰ってたのか?」
「ううん。私、こっちで働いてるの。小さい設計事務所だけどね。
そっちは? まさか出張?」
「そう。今日たまたま取引先がこの辺で。
まさか、沙月がここにいるなんて思わなかったよ」
彼女は照れたように笑って、髪を耳にかけた。
その仕草が、昔と変わっていない。
でも、少しだけ大人びていて、胸がざわついた。
「ねえ、せっかくだし、ちょっとお茶しない? 時間ある?」
時計を見る。新幹線まで一時間。
——足りないようで、十分だった。
◇
入ったのは、駅前の喫茶店。
木のテーブルと古いジャズの音。
平日の夕方なのに、ほとんど客がいない。
「懐かしいね、こういう店。高校のときも、駅前のカフェでよく喋ってたよね」
「覚えてる。勉強しに行くって言いながら、ほとんど喋ってただけだったけどな」
沙月はカフェラテを両手で包みながら、少し目を伏せた。
「……あの頃、タクミのこと、結構好きだったんだよ」
不意に言われて、息が止まる。
冗談みたいに軽く言ったのに、目は真剣だった。
「でも言えなかった。
だって、タクミ、いつも他の子と話してたから」
「そんなこと、あったか?」
「あったよ。あの頃の私は、ただの地味な女子で……。
でも今こうして会ってるの、不思議だね」
彼女の笑みは少し寂しげで、それが余計に綺麗に見えた。
俺も気づけば、十年前の感情が蘇っていた。
あの時、何も始められなかった後悔が、胸の奥でずっと燻っていたのだ。
「沙月……変わったな」
「そうかな? 自分ではあんまりわかんないけど」
「昔より、ずっと綺麗になったよ」
その言葉に、彼女の頬がほんのり赤く染まった。
カップを持つ手がわずかに震えているのが見えた。
「ねえ……もう少し、歩かない?」
◇
店を出ると、駅前の通りは夕暮れの光に包まれていた。
赤く染まるビルのガラスに、二人の影が重なって映る。
歩きながら、彼女はぽつりと呟いた。
「この街、好きなの。のんびりしてて。
地元に似てる気がして、落ち着くの」
「俺も少し、帰りたくなったよ」
「……帰っておいでよ。地元に。みんな待ってると思う」
彼女の言葉に、胸の奥が温かくなった。
それは“懐かしさ”と“今の想い”が交わる場所のようで、
俺たちは立ち止まり、自然と顔を見合わせた。
彼女の瞳が、ゆっくりと近づく。
呼吸が重なった。
次の瞬間、唇が触れた。
ほんの一瞬のキス。
でも、それだけで、十年分の時間が溶けた気がした。
彼女が小さく笑って言う。
「これ、昔できなかった分。……今さらだけど」
俺は彼女の手を握り返した。
その手は少し冷たくて、でも確かに生きていた。
あの頃の“もしも”が、今になって“少しだけ叶った”気がした。
◇
新幹線のホームに着くと、アナウンスが流れた。
もうすぐ発車の時間だ。
「また、会える?」
彼女がそう聞いた。
「もちろん。……今度は仕事じゃなく、会いに来る」
「ほんとに?」
「ああ、本当だ」
彼女は微笑みながら、スマホを差し出した。
「じゃあ、連絡先、教えて」
画面に彼女の名前が表示されたとき、心の中で何かが確かに変わった。
十年越しに、やっと一歩を踏み出せた気がした。
列車のドアが閉まる瞬間、
ホームの端で彼女が小さく手を振った。
その姿が遠ざかる中で、俺はそっと呟いた。
「変わったのは、俺のほうかもしれないな……」
窓の外、オレンジ色に染まる街がゆっくりと流れていく。
次に降り立つとき、この街はもう“出張先”じゃなく、“会いに行く場所”になる。
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