ひとつの恋、いくつもの物語【学生純愛短編集】

山田森湖

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先生、好きになってもいいですか?

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先生、好きになってもいいですか?


放課後の美術室は、いつも静かだ。
絵の具の匂いと、窓から差し込む西日の色。
ここにいると、時間の流れがゆっくりになる気がする。

私がキャンバスに向かう理由はただひとつ。
──先生に、見てほしいから。

美術部の顧問になったのは、まだ二十代の若い先生。
いつも少し眠そうな目をしているのに、絵の話になると一瞬で表情が変わる。
その横顔に、気づいたら目を奪われていた。

「また残ってるのか。……好きだな」

背後から声がして、思わず筆が止まる。
振り向けば、白シャツの袖をまくった先生が立っていた。
その笑い声が、胸の奥をくすぐる。

「……好きですよ、絵を描くの」
そう答えながら、心臓は嘘みたいに速くなる。
だって今の“好き”は、絵じゃなくて……先生に、だったから。

先生は私のキャンバスを覗き込み、顎に手をあててうなずいた。
「へえ……俺のこと、描いてるんだ」

どきり、とした。
無意識に描いた人物画。モデルなんていないのに、気づけば先生のシルエットになっていた。
隠そうとしても、先生は軽く笑うだけ。

「……上手いな。俺、こういう顔してるんだ」

やめてほしい。
そんなふうに褒められたら、もっと先生を描きたくなってしまう。
誰にも言えない想いが、絵筆に滲み出してしまう。

──好きになってはいけない。
それくらい、わかってる。
先生は教師で、私はただの生徒。
でも、気持ちは止まらない。

「卒業するまでに、一枚でいい。君の本気の絵を見せてくれ」
真剣な眼差しでそう言われた瞬間、涙が出そうになる。
“本気”の絵なんて、きっと……先生への気持ちを全部描くことになる。

気づけば私は、勇気を振り絞っていた。

「……先生、もし、その絵に“好き”って気持ちが全部出ちゃったら……どうします?」

沈黙。
先生は驚いたように目を見開き、そして小さく笑った。

「……そのときは、卒業してから答えるよ」

それが、精一杯の返事なんだと思う。
でも、私はそれでいい。
この想いを、キャンバスいっぱいに描けるなら。

絵具の匂いが濃くなる美術室で、私はもう一度筆を握った。
先生に“見せたい絵”を完成させるために。

──先生、好きになってもいいですか?
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