ひとつの恋、いくつもの物語【学生純愛短編集】

山田森湖

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匿名で届く“テスト対策プリント”の送り主

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匿名で届く“テスト対策プリント”の送り主


テスト前になると、決まってそれは現れる。

自室のポスト。
無地の封筒。
中には、丁寧な字でまとめられた対策プリント。

「……まただ」

微分の要点、過去問の傾向、引っかけポイント。
市販の参考書より分かりやすい。
それが、もう三回目だった。

差出人は書いていない。
でも、字が綺麗で、ところどころ私の癖――ノートの端に星を描くことや、苦手分野――まで知っている。

「誰なの……」

少し怖い。
でも、それ以上に、救われていた。

テスト当日。
プリントのおかげで、手が止まらない。
終わった瞬間、胸の奥に温かいものが残った。

三日後。
また封筒が入っていた。

〈お疲れさま。よく頑張ったね〉

短い一文。
それだけなのに、心臓が跳ねる。

――見てた?

私は、返信を書いた。
同じ無地の紙に、同じくらい小さな字で。

〈ありがとう。あなたは誰?〉

翌日、講義後の廊下。
人の波が引いたところで、呼び止められた。

「あの……」

振り向くと、彼が立っていた。
同じゼミだけど、発言も少なく、存在感は薄い。
でも、ノートはいつも整っている人。

「もしかして……プリントの」

彼は、観念したように頷いた。

「驚かせて、ごめん」

顔が赤い。
視線は床。

「どうして、私に?」

「……前に、図書室で困ってたでしょ。
 公式、どこで使うか分からないって」

覚えている。
誰にも聞けなくて、独り言みたいに呟いた。

「たまたま、聞こえて。
 それから……」

それから、彼は少しずつ、私の苦手を拾っていた。

「直接教える勇気はなかった。
 でも、役に立ちたくて」

胸が、ぎゅっとなる。

「怖くなかった?」

「正直、少し。
 でも……喜んでくれたら、それでいいって」

私は、息を整えて言った。

「……喜んだよ。すごく」

彼が、顔を上げる。

「本当に?」

「うん。
 だから、これからはさ」

一歩、近づく。
彼の指先が、わずかに震えている。

「匿名じゃなくていい。
 隣で、教えてほしい」

沈黙。
それから、彼は小さく笑った。

「……いいの?」

「いい」

距離が縮まる。
触れないのに、温度が伝わる。

次のテスト前。
私たちは並んで座った。

「ここはね」

彼の声は、低くて落ち着く。
肩が触れそうで、触れない。

「分かる?」

「うん……でも、もう一回」

「欲張りだね」

冗談めかした声。
その“欲張り”が、胸に甘く刺さる。

勉強が終わった帰り道。
夜風が涼しい。

「匿名の方が、楽だった?」

私が聞くと、彼は首を振った。

「今の方がいい。
 君の顔が見えるから」

立ち止まる。
視線が絡む。

「……じゃあ」

私が言う前に、彼が続けた。

「次は、勉強じゃない約束を」

「それ、告白?」

「……半分。
 残り半分は、返事待ち」

私は、笑って頷いた。

「満点取れたら、デート」

「厳しい条件だ」

「でも、あなたなら大丈夫」

夜のキャンパスで、私たちは並んで歩く。
影が、自然に重なった。

匿名の優しさは、もう必要ない。
隣にいる温度が、答えだった。
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