ひとつの恋、いくつもの物語【学生純愛短編集】

山田森湖

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合唱コンクールの練習で、声が重なった瞬間

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合唱コンクールの練習で、声が重なった瞬間


 体育館の空気は、梅雨の湿気でじっとりしていた。
 合唱コンクールまであと一週間。
 私たちのクラスは焦りも乗って、放課後の自主練が連日続いている。

 私はアルト。
 地味で目立たないパートだけど、合唱の土台を支える役割だ。

 だから——隣に立つ男子が、まさか “彼” になるなんて思いもしなかった。

「今日から、ハルナの隣、俺でいい?」

 そう言いながら譜面を片手に近づいて来たのは、
 クラスで静かに目立つタイプの男子、ユウトくんだった。

 背が高くて、声が低くて、いつも穏やかな表情をしている。
 女子の間でひそかに人気があるらしいけど、近寄りがたい雰囲気もあって、私は話したことがほとんどなかった。

「え、うん……よろしく」

 返事をした時点で、胸が少し高鳴っていた。

 でも——それはまだほんの序章に過ぎなかった。

 指揮担当の子の「じゃあ、アルト、頭からー」の声が響く。

 譜面を開き、息を吸う。
 隣からも同じタイミングで深い呼吸が聞こえる。

 そして——声を出した瞬間。

 ユウトくんの声が、恐ろしいほど私にぴたりと重なった。

 音程が寸分もずれなくて、ハーモニーというより、
 まるでひとつの声みたいに響く。

 その瞬間、身体の芯が震えた。
 鳥肌が腕に走った。

(え、なに、これ……)

 あまりに気持ち良すぎて、呼吸が乱れそうになる。
 歌っているだけなのに、鼓動が速くなる感覚なんて初めてだ。

 ユウトくんがちらりと私を見る。
 気づいている。絶対に。

 彼の視線が熱い。

 休憩に入ると、ユウトくんが水を飲みながらぽつりと言った。

「……綺麗だったよ、ハルナの声。今日、すごく合ってた」

「え、そんな……」

「本当に。びっくりした。気持ち良かった」

 その単語は……ずるい。

 胸の奥がじわっと熱を帯びる。

「もう一回……二人だけで合わせてみない?」

「えっ……二人で?」

「うん。音楽室、鍵借りてきた」

 どきん、と心臓が揺れる。

 なんで彼がこんな積極的なのかはわからない。
 だけど、断れる勇気もなかった。

「……いいよ」

 そう言った瞬間、自分がもう彼に惹かれていることを理解した。

 放課後の音楽室。
 薄暗くて、ピアノだけが静かに置かれている。

 扉を閉めた瞬間、外の喧騒がすっと消えた。

「じゃあ……この部分から」

 ユウトくんが譜面を開き、私の隣へ立つ。
 距離がさっきより近い。

「……いくよ?」

 同時に息を吸う。

 音を重ねた瞬間、またあの感覚に襲われた。
 背中が熱くなるほどの共鳴感。

 ユウトくんも、息が少し乱れている。

「……ハルナ、すご……」

 声がかすれている。

 その隙間に、また声を合わせる。

 何度も何度も。
 音が重なるたび、心臓も重なっていくみたいな錯覚を起こす。

 最後のフレーズを歌い終えた瞬間——

 二人の呼吸が、同じリズムで荒くなっていた。

 静かな音楽室に、息づかいだけが響く。

「……こんな……やばいな……声だけで、こんなに……」

 ユウトくんが吐息混じりに言う。
 その目は完全に、私だけを見ていた。

 そして——指先が触れた。

 指先が触れただけのはずなのに、身体がびくっと跳ねた。

「ごめん……嫌?」

「……嫌じゃない」

 その返事を聞いた瞬間、ユウトくんがそっと私の頬に手を添えた。
 親指が耳の後ろを撫でるように滑る。

「ハルナ……さっきからずっと、止まらないんだ」

 胸が苦しいほど高鳴った。

 そして、唇が触れた。

 優しくて、でも深くて。
 何度も重なるキス。

 彼の指が髪に入り、背中へ滑り、
 腰を引き寄せられた瞬間、密着した体温に全身が震えた。

「……歌ってるときから、ずっと触れたかった」

 囁かれた瞬間、膝が弱くなる。

 ユウトくんの手が、制服の上から私の腰をなぞる。
 それだけで呼吸が乱れ、喉の奥から甘い声が漏れそうになる。

「……声、さ……もっと聞かせて」

 低い声でそう言われ、
 身体の奥がじわっと熱くなった。

 そして、再びキス。

 深くて、長くて、息が続かなくなるほど。

 音楽室の静けさの中、
 私たちの呼吸と甘い音だけが落ち続けた。

 しばらくして、ユウトくんが額を私の肩に押し当てて息を整える。

「……俺、やばいね。こんな……止まらなくなるなんて」

「……私も……」

 正直、足がまだ震えている。

 ユウトくんは顔を上げ、真剣な目で私を見つめた。

「ねぇ、ハルナ」

「うん……?」

「……付き合って。今日じゃなくてもよかったけど……もう、我慢できない」

 胸が締めつけられる。

「……私も、好き。気づいたら……ずっと」

 その瞬間、ユウトくんの表情がやわらかく崩れた。

「ありがとう……大事にする」

 そう言って、またそっと唇を重ねてきた。

 今度のキスは、さっきよりずっと優しかった。

 音楽室を出るころには、外は夕焼けに染まっていた。

「明日の練習、また隣に立つね」

「うん……」

「声、重ねるの……楽しみ」

 そう囁くユウトくんの声が、また私の身体を熱くさせる。

 きっと、これから歌うたびに思い出すだろう。

 ——初めて声と声が重なって、恋になった、今日のことを。
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