ひとつの恋、いくつもの物語【学生純愛短編集】

山田森湖

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球技大会の応援席で、君が私だけを見ていた

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球技大会の応援席で、君が私だけを見ていた


 今日は球技大会。
 朝からテンション高めのクラスメイトたちと違って、私はどちらかというと観戦側のほうが気楽だった。運動神経がいい方じゃないし、応援席でペットボトル片手にのんびりしているほうが落ち着く。

 けれど、私にはひとつだけ、今日が少し特別な日になるかもしれない理由があった。

 ——タケルくんが、バスケに出る。

 クラスで一番人気のある男子。明るくて、運動できて、笑うと目尻がきゅっと下がる。
 私はずっと、こっそり見てきた。
 もちろん本人には知られていないし、知ってもらうつもりもなかった。

 だって、こういう「光の人」は、陰にいる私とは世界が違いすぎる。
 そう思いこんでいた。

「次、2年3組のバスケ、コートBへ!」

 アナウンスが響いた瞬間、応援席の空気が一段階熱を帯びる。
 私の心臓も、同じように熱を持つ。

 走ってコートに現れたタケルくんは、遠目でもわかるほど眩しかった。
 軽くストレッチして、チームメイトの肩を叩いて、笑って。
 ただそれだけで、胸がきゅっと締めつけられる。

「……がんばって」

 小さく呟いた声は、もちろん彼には届かない。

 試合が始まって、タケルくんはやっぱり上手かった。
 運動神経が悪い私が見てもわかる。動きが軽い。
 シュートが決まるたび、応援席の女子たちが歓声をあげる。

 私はただ、胸の奥を熱くしたまま静かに見つめ続ける。

 ——そのときだった。

 タケルくんの視線が、一瞬、こちらを向いた。
 いや、向いたような気がした…そんな弱気な言葉で片づけようとした瞬間、

 視線が、完全に 私だけ を射抜いた。

 …え、嘘。
 応援席にはクラスの女子がたくさんいる。
 なのに、まっすぐ、まっすぐ、私を見て——そして笑った。

 私の胸が一気に跳ねる。

(なんで……?)

 動揺で視界が揺れる。
 頬が熱くなって、手のひらが汗ばむ。

 その後も何回か、彼は振り返るたびに私を見た。
 誰かと間違えてる?
 いや、私の席は端で、隣にも誰もいない。

 どう考えても、あれは私を——。

 試合が終了し、タケルくんのチームは勝った。
 歓声の中、彼はコートを抜けて、真っ直ぐこちらへ向かってくる。

 心臓の音が、耳のすぐ横で鳴っているみたいだった。

「……見つけにくい場所にいるんだね、いつも」

 応援席の端にいる私の前で、タケルくんが笑った。
 汗で髪が張りついているのに、その姿すら絵になる。

「え、あ……見て、たの?」

「ずっと。気づいてなかった?」

「き、気づいてないよ……!」

「そっか。じゃあ、今日やっと気づいたんだ」

 彼の目は優しくて、でもどこか熱を含んでいた。

「俺さ、勝つとこ見てほしくて。だから、正直、ちょっと張り切った」

「……え?」

「だって、君が見てくれてるってわかったら……頑張れるだろ?」

 そんな言葉、想像したこともなかった。
 頭が真っ白になる。

 私はずっと遠くから見ていただけなのに。
 まさか、見返されていたなんて。

「……あの、タケルくんって、もっと人気の子とか——」

「関係ないよ」

 言葉を遮るように彼が近づく。
 距離が近い。
 汗の匂い、体温、呼吸。全部が近い。

「俺、君のこと気になってた」

「……っ」

「でも全然話せなくてさ。今日、応援席で見つけたとき……やっとチャンス来たって思った」

 タケルくんは、私の手にそっと触れた。

 手の甲を指で撫でるだけなのに、電気が走るみたいに熱くなる。

「……びっくりした?」

「かなり……」

「でも、嫌じゃない?」

 私は首を横に振るしかなかった。

 その瞬間、タケルくんの表情がふっとほどける。
 汗で濡れた前髪の向こうで、彼の瞳が少し潤んで見えたのは気のせいだろうか。

「ねぇ、少しだけ来て」

 彼に手を引かれ、体育館の裏へと連れて行かれる。
 風が通らない静かな場所。
 授業の合間、誰も使わない薄暗い空間。

「ここなら、人来ない」

 背中が壁に触れた瞬間、息が止まった。

 タケルくんは、私の顔を覗き込むように近づいてくる。

「さっきの試合中さ……ずっとドキドキしてた」

「運動してたからじゃないの……?」

「違うよ。君見てたから」

 低い声が耳元に落ちる。
 それだけで膝が震えた。

「触れても、いい?」

 こくりと頷いた瞬間、タケルくんの手が私の頬に触れた。
 指先が熱くて、じわっと痺れる。

 そして——唇が触れた。

 軽く、でも確かに。
 離れて、また触れて。
 だんだん深くなっていくキス。

 体育館の薄暗い裏側で、彼の体温が私を包み込む。

 胸のあたりに彼の手が滑ってきたとき、思わず肩が震えた。

「……大丈夫?」

「……うん」

 タケルくんは喉を鳴らすように息を吸い、私の首筋にそっと口づけた。
 柔らかい音がして、身体が熱に溶けていく。

「こんな……好きになると思ってなかった」

 耳元で囁く声が震えていて、私も同じくらい震えていた。

 しばらくして、彼が額を私の肩に預けるようにして息を整えた。

「ごめん、急に……でも、止まらなくて」

「……嫌じゃなかったよ」

 そう答えると、タケルくんは子どもみたいに嬉しそうに笑った。

「試合よりドキドキした。……来年の大会も、また見てて」

「……うん」

「でも、その前に」

 顔をあげて、まっすぐ私を見つめる。

「今日から、俺と付き合って?」

 その言葉に、胸の奥が熱く溶けていく。

「……はい」

 そう答えた瞬間、タケルくんはもう一度、私をそっと抱きしめた。

 体育館へ戻ると、周りのざわざわした音が急に現実へ引き戻す。
 だけど、私の手はもうタケルくんの手に自然に重なっていた。

「次の試合も見ててね」

「うん……でも、負けたら?」

「そのときは……慰めて?」

 それはイタズラみたいな笑顔で。
 でも私だけが知っている、少しだけ熱を含んだ声だった。

 私はその手をぎゅっと握った。

「……勝っても負けても、私が見るから」

「最高かよ、それ」

 タケルくんは照れたように笑い、私の手に指を絡めた。

 球技大会の熱気とは違う、もっと甘くて、密やかな熱が、私の胸の奥に静かに灯り続けていた。
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