ひとつの恋、いくつもの物語【学生純愛短編集】

山田森湖

文字の大きさ
140 / 151

嫌いって言葉の奥に

しおりを挟む
嫌いって言葉の奥に


「なあ、これ、やばくない?」

昼休みの教室で、クラスメイトのミナが笑いながら言った。
机の上には、誰が作ったのかも分からない「嫌いな人アンケート」が広がっている。
くだらない遊び。
でも、こういうのが地味に盛り上がるのが、うちのクラスの悪い癖だった。

「一応、匿名で書こうぜってさ。まぁ、遊びだよ遊び」

そう言われても、胸がざわつく。
私はペンを握りながら、誰の名前を書こうか悩んでいた。
嫌いな人なんて、特にいない。
……でも、どうしても頭に浮かぶのは——タカヒロの顔だった。

同じクラスで、いつも目立つタイプ。
運動もできるし、女子ともよく喋る。
なのに、私と目が合うと、なぜかいつもあっちが先にそらす。
それが、なんとなく、ムカつく。
話しかけても、ぶっきらぼうに返される。
「なんなの?」って思うことが何度もあった。

ペン先を紙に落としながら、ため息をついた。

──嫌いな人:タカヒロ。

書いてから、自分でも苦笑いした。
ほんとは「嫌い」じゃない。
むしろ、気になってる。
でも、素直になれない。
多分、あの人も同じだ。そんな気がしてた。

数日後、担任がそれを見つけて、遊びは禁止になった。
だけど、誰かがこっそり結果を回してきた。

「ねえ、見て。タカヒロが、アンタの名前書いてたって」

その一言で、心臓が止まりそうになった。

「……え?」

「ほらこれ。タカヒロ→ユナ。マジだよ」

みんなは笑ってた。
けど私は笑えなかった。
紙の文字を見た瞬間、胸が痛くて仕方なかった。

——お互い“嫌いな人”として名前を書いてる。

……そんな偶然、ある?

放課後。
誰もいない教室。
夕陽が差し込んで、机の上にオレンジ色の影が伸びていた。

タカヒロがドアの前に立ってた。
私を見るなり、ちょっと気まずそうに笑う。

「……お前も、俺の名前、書いてたんだろ」

「……うん。あんたも、でしょ」

「……ああ」

数秒の沈黙。
カーテンが、風に揺れた。

「なんで、書いたの?」

「……知らねぇよ」

その声が、少し震えてた。
私は小さく笑った。

「私はね、“気になってるのに素直になれない人”って意味で書いた」

「……は?」

「つまり、嫌いじゃなくて、好きの裏返し」

タカヒロが、目を丸くした。
顔が赤くなるのが、夕陽でも分かる。

「じゃあ……俺も同じだわ」

「え?」

「お前のこと、見てるとムカつく。けど、見ずにいられない。
 ……好きなんだよ、たぶん、ずっと前から」

心臓が、跳ねた。
照れくさくて、言葉が出ない。
こんな会話、教室でしてるのが信じられなかった。

「ねえ」

「ん?」

「今度、“好きな人アンケート”あったらさ。お互いの名前、書こうね」

「……バカか、お前」

「バカじゃないよ」

笑いながら言うと、タカヒロもつられて笑った。
でもその笑顔が、いつもの“ふざけた顔”じゃなくて、
どこか優しくて、本気で——ドキッとした。

それから、私たちは少しずつ話すようになった。
授業の合間、掃除の時間、帰り道。
他の人には見せない顔で、タカヒロが私にだけ笑う瞬間が増えていった。

ある日、放課後の体育館裏。
部活終わりの汗がまだ残る彼が、真剣な顔で言った。

「なあ、ユナ。あのアンケート、もう一回やる?」

「え?」

「“好きな人アンケート”。……書く前に、直接言うわ」

彼は一歩、近づいてきた。
目が合った瞬間、息が止まる。
距離が近すぎて、逃げられない。

「ユナが、好きだ」

その一言が、まっすぐ胸に落ちた。

言葉の余韻が消えるより早く、
タカヒロが私の手を、そっと握った。
指先が熱い。
心臓が暴れてる。
頭が真っ白になって、気づけば私も握り返していた。

「……じゃあ、私も書くね。好きな人、“タカヒロ”って」

「……お揃いだな」

そのあと、ほんの一瞬だけ——
彼が、私の頬にキスをした。

風が吹き抜ける体育館裏。
夕焼けの空が滲んで、世界が少しスローモーションになったようだった。

それから数年。
卒業しても、私たちは付き合い続けている。

時々、ふざけて話す。

「なあ、あの“嫌いな人アンケート”なかったら、俺らどうなってたんだろ」

「たぶん、ずっと“嫌い”って言い合ってたと思う」

「それ、地味にこわいな」

「うん。でも——」

私は笑って、彼の手を握る。

「“嫌い”の下に、“好き”が隠れてたんだよね。最初から」

彼は照れくさそうに頭をかいた。

「……やっぱお前、ズルいわ」

「何が?」

「言葉ひとつで、全部ひっくり返すとこ」

「だって、恋ってそういうもんでしょ」

笑い合いながら、手を離さずに歩く。
あの日のアンケートがきっかけで始まった恋は、
今もちゃんと続いている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

夫婦交錯

山田森湖
恋愛
同じマンションの隣の部屋の同い年の夫婦。思いの交錯、運命かそれとも・・・・。 少しアダルトなラブコメ

処理中です...