15 / 30
15
しおりを挟む
「殿下、次の公務の予定でございます」
側近が厚い書類を差し出すが、ハロルドの表情は浮かない。ここ数日、彼は何をしていても気持ちが晴れないままだ。
「わかった。机に置いておいてくれ」
低い声でそう言うと、側近は深く一礼して執務室を後にする。広々とした室内に戻った静寂。ハロルドは眉間にシワを寄せながら、自分の胸に手を当てる。
「……やはり気になる。あれだけ大きな騒ぎになったグレイスが、今どこで何をしているのか」
彼が感じるのは罪悪感だ。あの日、公の場で婚約破棄を言い渡したときのグレイスの表情が何度も蘇る。自分は本当に正しいことをしたのだろうか。その問いが頭から離れない。
「殿下、少々お時間をいただけますか」
執務室の扉が再び開き、今度は伯爵家の令嬢ソフィアが現れる。彼女は優雅に歩み寄り、ハロルドにさりげなく微笑みかけた。
「先ほど殿下のお部屋にご挨拶に伺ったのですが、お疲れのご様子だったので気になりまして」
ソフィアは気遣うような口調だが、その瞳には一瞬の揺らぎもない。王太子妃の座を狙う一人として、ハロルドへの接近を怠らない。
「……仕事が忙しいだけだ。心配には及ばない」
ハロルドは視線を外すように答える。ソフィアが申し分ない才色兼備だと知りつつも、どうしても心が動かない自分をもどかしく思っていた。
「そうですか。殿下のためにできることがあれば、いつでもお申し付けくださいね」
ソフィアは優雅に微笑むと、まるで自分の居場所を確保するようにハロルドの机のそばへ歩み寄る。その動きを見ながら、ハロルドは内心で複雑な思いを噛み締める。
「わかった。お気遣い感謝する」
曖昧な返事で終わらせると、ソフィアは一礼して執務室を出ていく。その際、彼女の瞳にはわずかな不満が滲んでいたが、ハロルドは気づかないふりをした。
「……ああ、グレイス」
心の中でその名を呼びながら、ハロルドは拳を固める。冷たく突き放したのは自分自身。だが、いつしか彼女が笑顔で支えてくれていた日々を思い返すたび、胸が締め付けられるのだ。
「私が見誤ったのか。それとも、彼女は本当に……」
確かに、グレイスに対する悪い噂は絶えなかった。けれど、彼女自身が直接誰かを陥れた証拠を見たわけではない。周囲の声に流されて、自分は安易に婚約破棄を決行してしまったのではないか。そう考えるほど、ハロルドは後悔が募る。
「もし、もう一度会えたならば、何か言葉をかけられるのだろうか」
その問いかけに答える者は誰もいない。エルメラルド家は混乱し、グレイスの妹シャーロットが何か行動を起こしていると噂される。だが、王太子として簡単に動くことはできない。宮廷の圧力と、ソフィアをはじめとする令嬢たちの存在を考えれば、自分から事を荒立てるのは難しいというのが現実だった。
ハロルドは深いため息をつく。デスクの上の書類に目を通そうとしても集中できず、頭を抱えるようにうなだれる。婚約破棄を告げたときの彼女の瞳が、まざまざと浮かぶ。後悔と迷いに苛まれ続ける王太子。その姿は、王宮の華やかさとは裏腹に、どうしようもなく孤独だった。
側近が厚い書類を差し出すが、ハロルドの表情は浮かない。ここ数日、彼は何をしていても気持ちが晴れないままだ。
「わかった。机に置いておいてくれ」
低い声でそう言うと、側近は深く一礼して執務室を後にする。広々とした室内に戻った静寂。ハロルドは眉間にシワを寄せながら、自分の胸に手を当てる。
「……やはり気になる。あれだけ大きな騒ぎになったグレイスが、今どこで何をしているのか」
彼が感じるのは罪悪感だ。あの日、公の場で婚約破棄を言い渡したときのグレイスの表情が何度も蘇る。自分は本当に正しいことをしたのだろうか。その問いが頭から離れない。
「殿下、少々お時間をいただけますか」
執務室の扉が再び開き、今度は伯爵家の令嬢ソフィアが現れる。彼女は優雅に歩み寄り、ハロルドにさりげなく微笑みかけた。
「先ほど殿下のお部屋にご挨拶に伺ったのですが、お疲れのご様子だったので気になりまして」
ソフィアは気遣うような口調だが、その瞳には一瞬の揺らぎもない。王太子妃の座を狙う一人として、ハロルドへの接近を怠らない。
「……仕事が忙しいだけだ。心配には及ばない」
ハロルドは視線を外すように答える。ソフィアが申し分ない才色兼備だと知りつつも、どうしても心が動かない自分をもどかしく思っていた。
「そうですか。殿下のためにできることがあれば、いつでもお申し付けくださいね」
ソフィアは優雅に微笑むと、まるで自分の居場所を確保するようにハロルドの机のそばへ歩み寄る。その動きを見ながら、ハロルドは内心で複雑な思いを噛み締める。
「わかった。お気遣い感謝する」
曖昧な返事で終わらせると、ソフィアは一礼して執務室を出ていく。その際、彼女の瞳にはわずかな不満が滲んでいたが、ハロルドは気づかないふりをした。
「……ああ、グレイス」
心の中でその名を呼びながら、ハロルドは拳を固める。冷たく突き放したのは自分自身。だが、いつしか彼女が笑顔で支えてくれていた日々を思い返すたび、胸が締め付けられるのだ。
「私が見誤ったのか。それとも、彼女は本当に……」
確かに、グレイスに対する悪い噂は絶えなかった。けれど、彼女自身が直接誰かを陥れた証拠を見たわけではない。周囲の声に流されて、自分は安易に婚約破棄を決行してしまったのではないか。そう考えるほど、ハロルドは後悔が募る。
「もし、もう一度会えたならば、何か言葉をかけられるのだろうか」
その問いかけに答える者は誰もいない。エルメラルド家は混乱し、グレイスの妹シャーロットが何か行動を起こしていると噂される。だが、王太子として簡単に動くことはできない。宮廷の圧力と、ソフィアをはじめとする令嬢たちの存在を考えれば、自分から事を荒立てるのは難しいというのが現実だった。
ハロルドは深いため息をつく。デスクの上の書類に目を通そうとしても集中できず、頭を抱えるようにうなだれる。婚約破棄を告げたときの彼女の瞳が、まざまざと浮かぶ。後悔と迷いに苛まれ続ける王太子。その姿は、王宮の華やかさとは裏腹に、どうしようもなく孤独だった。
46
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
キズモノ令嬢絶賛発情中♡~乙女ゲームのモブ、ヒロイン・悪役令嬢を押しのけ主役になりあがる
青の雀
恋愛
侯爵令嬢ミッシェル・アインシュタインには、れっきとした婚約者がいるにもかかわらず、ある日、突然、婚約破棄されてしまう
そのショックで、発熱の上、寝込んでしまったのだが、その間に夢の中でこの世界は前世遊んでいた乙女ゲームの世界だときづいてしまう
ただ、残念ながら、乙女ゲームのヒロインでもなく、悪役令嬢でもないセリフもなければ、端役でもない記憶の片隅にもとどめ置かれない完全なるモブとして転生したことに気づいてしまう
婚約者だった相手は、ヒロインに恋をし、それも攻略対象者でもないのに、勝手にヒロインに恋をして、そのためにミッシェルが邪魔になり、捨てたのだ
悲しみのあまり、ミッシェルは神に祈る「どうか、神様、モブでも女の幸せを下さい」
ミッシェルのカラダが一瞬、光に包まれ、以来、いつでもどこでも発情しっぱなしになり攻略対象者はミッシェルのフェロモンにイチコロになるという話になる予定
番外編は、前世記憶持ちの悪役令嬢とコラボしました
結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。
しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。
友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。
『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。
取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。
彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
悪役令嬢まさかの『家出』
にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。
一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。
ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。
帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
※完結しました。
離婚約――それは離婚を約束した結婚のこと。
王太子アルバートの婚約披露パーティーで目にあまる行動をした、社交界でも噂の毒女クラリスは、辺境伯ユージーンと結婚するようにと国王から命じられる。
アルバートの側にいたかったクラリスであるが、国王からの命令である以上、この結婚は断れない。
断れないのはユージーンも同じだったようで、二人は二年後の離婚を前提として結婚を受け入れた――はずなのだが。
毒女令嬢クラリスと女に縁のない辺境伯ユージーンの、離婚前提の結婚による空回り恋愛物語。
※以前、短編で書いたものを長編にしたものです。
※蛇が出てきますので、苦手な方はお気をつけください。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる