森へ消えた悪役令嬢

ともえなこ

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「これを飲んでください」

イザークが差し出した薬湯を、グレイスは大人しく受け取る。苦い味が口に広がるが、不思議と体の芯が温まるのを感じた。

「ありがとう。シャーロットにも分けてあげてちょうだい」

そばにいる妹の顔色も悪いと感じたグレイスは、気遣うように言う。シャーロットは小さく笑いながら、姉の手を握って首を横に振った。

「私は大丈夫よ。お姉様がゆっくり休んでくれたら、それでいい」

シャーロットの瞳には強い意思が宿っている。姉を見つけ出した以上、自分がすべきことはまだあるのだろう。

「ところで……イザークさん。あなたはどうしてこの森に暮らしているの」

シャーロットが遠慮がちに尋ねる。グレイスが倒れた直後のバタバタで聞けなかった疑問を、今になってぶつける形だ。

「理由は複雑ですが……私の家族がかつて、王家の権力争いに巻き込まれました。それで行き場を失って」

イザークの言葉に、シャーロットは息を呑む。王家の権力争い。まさに王太子であるハロルドを頂点に、貴族社会が動いている現状を思えば、その一端を嫌というほど感じている。

「それで、こんな奥深い森で暮らす道を選んだのですね」

「ああ。私はもう、表に出る気はありませんでした。自分や家族の名誉を回復できる術もない。だったら、遠ざかるしかない、と」

イザークの口調は淡々としているが、その裏には相当の苦しみが滲んでいるとシャーロットは感じる。彼は一度王都を捨てたのだ。グレイスもまた、似たような形で都を追われた。

「そんな中で、グレイスを森で見つけたんですね」

「ええ。彼女が危険な状態だったので、見捨てることはできませんでした」

シャーロットは複雑な思いでイザークを見つめる。姉が救われたのは彼の存在のおかげだ。だが、同時に彼の出自が気になる部分もある。もしかすると、もっと深い関係が王家とあるのではないか……そう直感するものがあった。

「ところで、イザークさんの苗字はグロリアン、と仰いましたね。……それはかなり古い貴族の家名では」

シャーロットの言葉に、イザークの表情が一瞬だけ固くなる。グロリアン家――かつては王家に次ぐ権威を持っていたとも言われる由緒正しい名門。だが、長らく政治の舞台から姿を消している。

「詳しいですね。……そうです、私の父方はグロリアン家の末裔でした。けれど、先代が王家の陰謀に巻き込まれ、処罰されてしまったのです」

静かな告白に、シャーロットもグレイスも言葉を失う。そんな裏事情があったからこそ、イザークは森に隠れ住むしかなかったのだ。

「で、でも、それはもう過去の話よ。今は……」

グレイスが何とか声を絞り出す。彼女もまた、権力争いに翻弄される理不尽さを痛感している。

「お気遣い、ありがとう。けれど、私がこの森を出るとしたら、家の名誉を取り戻す術を見つけたときだけでしょうね」

そう言いながらも、イザークはまるで達観したような表情だった。自分の一族が受けた仕打ちを、簡単に忘れることはできない。それでもグレイスを助けてくれるのは、彼自身が優しさを捨てきれなかったからだろう。

「イザークさん……あなたは」

シャーロットが何か言いかけると、突然窓の外から風のうなり声のような音が聞こえた。まるで森全体が警鐘を鳴らしているかのように、木々がざわついている。

「嵐が近いかもしれません。今夜はここで休んだほうがいい」

イザークがカーテンを閉め、火を焚く準備を始める。グレイスとシャーロットはその光景をただ見守ることしかできない。そんな森の小屋の一幕に、静かに夜が降り始めていた。
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