森へ消えた悪役令嬢

ともえなこ

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「ごきげんよう、殿下。先日の件ですが、私の耳に新しい噂が入ってきましたの」

華やかなドレスを身にまとったソフィアが、執務室のハロルドに優雅に声をかける。彼女はまるで自分が王太子妃であるかのように、堂々とした振る舞いを見せていた。

「噂?」

ハロルドは眉をひそめる。最近はグレイスに関する嫌な噂しか耳に入らず、気が滅入るばかりだった。

「ええ、どうやらあのグレイス様が、王家にとって危険な存在と繋がりがあったという話ですよ。森で反乱分子と接触しているとか」

ソフィアの言葉に、ハロルドの表情が険しくなる。反乱分子など聞いたことはないが、それでも王家にとって危険な勢力が存在しないとは言い切れない。

「そもそも、どうしてそんな噂が出てくるのだ。グレイスが反乱なんて考えられない」

「さあ、私にはわかりませんわ。ただ、公爵家の令嬢が婚約破棄されて姿を消したとなれば、あらぬ憶測が飛ぶもの。噂が真実かどうかはさておき、王都の民の間ではグレイス様を疑う声が増えているとか」

ソフィアはまるで他人事のように言葉を重ねる。しかし、その瞳には冷ややかな光が宿っていた。ハロルドは思わず拳を握り締める。

「グレイスがそんな危険な考えを持っているはずが……」

ハロルドは声を荒らげそうになるが、ソフィアは涼やかな表情のまま続ける。

「殿下がそうおっしゃるのもわかりますわ。ですが、一度悪役だと噂されてしまうと、あれほどの令嬢でも簡単には信用を取り戻せない。これが現実です」

ハロルドの胸に苛立ちがこみ上げる。同時に、自分が引き金を引いたのだという後悔が再び押し寄せる。もしあのとき、もっとグレイスを信じていれば――そう思うほど苦く、取り返しのつかない気持ちが膨れ上がる。

「ソフィア、これ以上この件を広める必要はない。放っておけ」

「ええ、もちろん。そのようにいたしますわ。ただ、殿下のお耳に入れておこうと思いまして」

ソフィアはハロルドに会釈をすると、再び余裕のある笑みを浮かべて去っていく。その後ろ姿を見て、ハロルドは机を軽く叩く。何もかもが歯がゆい。

「反乱分子と接触だと? 馬鹿らしい」

呟きながらも、胸の奥ではどうしようもない不安が掻き立てられる。自分の浅はかな判断が、グレイスをさらに危険な立場に追いやっているのではないかと考えると、いても立ってもいられない思いだった。

同じ頃、王宮の廊下ではソフィアが優雅に歩みながら、ほくそ笑んでいた。彼女がばら撒いた噂がどんどん広がっているのを感じているのだ。噂だけであれば、たとえグレイスが無実でも簡単に信用を回復できない。彼女の目的はまさにそこにあった。

「悪役令嬢の名を完全に定着させ、宮廷には戻れぬようにする。それができれば、私が殿下の隣に立つのは時間の問題ですわ」

ソフィアの心には、一片の情けも存在しない。すべては自身の栄光のため。そう決めたからには、容赦なくグレイスを追い詰める。宮廷の空気は徐々にソフィアへと傾き始め、ハロルドですら逆らいにくい雰囲気になりつつあった。

悪役令嬢としての汚名がさらに広がる中、グレイスはまだ森で静かに日々を送っていた。だが、その嵐がいずれ彼女のもとにも及ぶことになるのは、時間の問題かもしれない。
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