私との婚約、今日で終わりですか?

ともえなこ

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その晩、リシュモンド伯爵はいつになく静かな面持ちでココナを呼び出した。夕食後の小さな書斎で、ランプの温かな光が二人を照らしている。

「ココナ、少し時間を取ってくれないか」

「はい。お父様、どうかなさいました?」

 ココナが机に向かい合って腰を下ろすと、伯爵は苦い笑みを浮かべた。

「お前には本当に苦労をかけているな。婚約破棄の件もそうだが、このケーキ事件で更なる苦しみを背負わせてしまった」

「私が勝手に動いているだけです。お父様は悪くありません」

 伯爵は首を横に振る。そして、机の奥から一通の書簡を取り出した。それは王宮から届いた正式な夜会の招待状だった。

「王妃陛下主催の夜会……ココナ、お前にも出席要請が来ている。もちろん、出る義務はない。婚約破棄されたばかりのお前が王宮に行くのは辛いだろう」

「……でも、行きます。行かないほうが、かえって悪い噂が広がるかもしれないし、何より事件の真相を知る機会でもあります」

 ココナは迷いのない目で父を見つめる。伯爵はわずかに目を細めて、娘の成長を感じ取ったような表情をする。

「そうか。お前がそう決めたのなら、私も止めはしない。しかし、くれぐれも気をつけろ。中には、お前を陥れようとする者がいるかもしれない」

「はい、心得ています。守りに徹していては何も変わらないことは、もう十分わかりましたから」

 その言葉に、伯爵は満足そうに頷き、そっとココナの手を握る。娘が自らの意志で困難に立ち向かおうとする姿に、胸打たれるものがあるのだろう。

「お前は強くなったな。昔は泣き虫で、すぐにくじけそうになっていたというのに」

「お父様……ありがとうございます」

 二人はしばし無言で手を取り合う。親子という絆が温かい空気を生み、ココナは涙が出そうになるのを抑えた。悪役令嬢と呼ばれながらも、自分には支えてくれる家族がいる。それだけで、どれほど心が救われるか知れない。

「夜会には私も同行するが、王妃陛下に直接会うかはわからない。もし何かあればすぐに知らせるんだぞ」

「わかりました。お気遣いに感謝します」

 ココナは深く礼をして部屋を出る。その足取りは、以前の自分よりも確実に力強い。かつては王太子との結婚生活だけを夢見ていたが、今は自分の意思で運命を切り開こうと決めているのだ。

 廊下を歩いて自室に戻ると、窓際に腰を下ろして外を眺める。夜風がカーテンを揺らし、静かな星空が広がっていた。婚約破棄、毒の疑惑、王家の陰謀——心が折れそうになるほどの出来事ばかり。それでも諦めないでいる自分に、少し誇らしさすら感じる。

「あと少し……もう少しで何かが動き出しそうな気がする」

 ココナはそう自分を励まし、夜会に備える決心を固める。父からの励ましが、これ以上ないほど強い後押しになっていた。
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